天空 −選ばれし者−


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【天空 −選ばれし者−】

−−A.D.2192、地球
:二字熟語 No.12 【天空】

−−このお話は、宇宙戦艦ヤマトの二次創作小説ではありますが、
当ウェッブのオリジナル設定で進行します。
登場人物はほとんどがオリジナル・キャラクターです。
山本明および登場人物のイメージを壊されたく無いという方は、
お読みにならず、ページを閉じてお帰りください。
戦闘機隊員ファンの方には特にお勧めできません。
この警告を無視してお読みになった場合、責任は取れません。
ご了承ください。
−−なお、原作の著作権を侵害する意図はありませんが、
パロディおよびオリジナルとして掲載された作品
およびデザイン等の著作権は放棄しません。
無断転載・転売・設定の勝手な持ち出しその他はお断り申し上げます。

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天は彼に、何を与えたかったのだろう――。
その道を希求する者なら、誰もが憧れずにいられないようなそれ
【才能】という名のそれは、器の意図に関わらずその時間ときを、開花を急ぐ。
【天空】の果てに飛ぶことを希求した、芸術の神ミューズしもべ――。
彼はそして、己の生きる場所と、求めるものを得たのだろうか。
最期に見たのは、迷いの無い笑顔だったとしても――。


= Prologue =

 ぽん、と丸めた紙で肩を打ったひとがいる。
少しぼぉっとして直前の時間を過ごしていた沢井純一は、
「君か…」と笑顔を見せた。
 「いよいよね…」その言葉には感無量の響きがこもる。
「――あぁ。やっと、此処まできた」沢井も目を上げて、彼女を見た。
「だが、これからだよ。やっと、始められるんだ」
そうね、というように彼女は頷いて、その場に伸び上がり、ステージの隅を向くと
「スタンバイっ! 5分前――」と声をかけた。
 がんばってね。
またポン、とスクリプトが書かれた紙で沢井の肩を叩くようにすると、すたすたとその
場を去っていった。
(そうよ。やっと……始まる。私がこの手で関わることのできる、確かなもの。作ってみせ
る――)
 照明が絞られ、演奏者が舞台の影から姿を見せた。


 
 



    
   

= 1 =

 「ねぇ純。あれ、なんなの?」
いったん中入り休憩となったオーケストラの授業の最中、ざわめいた前の戸口から入っ
てきた少年をみやって、井本華威いもと かいはツンツン、と弓で前に座っている同級生 の肩をつつ
いた。
「――あぁ」コンサートマスターを務める沢井純一は、譜面を検討していた顔を上げると、
珍しくニコりと笑って華威を振り返る。
「あの子だよ、今度からウチの学オケに臨時参加する」
「噂の天才少年、ってわけ?」
ちょっぴり皮肉を込めて華威は言った。
「そうさ」純一は華威の言葉の中のニュアンスを読み取ったように答えた。「あの子は、
本当に、天才なんだ」

 
 井本華威が通う、連邦市立碧南へきなん音楽院は、日本における東の雄である。
特にオーケストラとピアノのレベルは高く、その水準はウィーンやペテルブルク、パリの
音楽院と並び総されるほどである。
全国から競争を勝ち抜き選ばれた俊英たち。その中でAオーケストラは、さらに選ばれ
たメンバーで構成される。おおよそは3〜4年生だが、実力さえあれば入学したての1
年生でも参加できる。現に今期のフルートのトップは1年生だし、オーボエの2番も2年
生だ。ホルンのトップ奏者は4年生だが1年生から不動のソリストを務める。今年彼が
卒業するのを、さぞかしホルン専攻の連中は楽しみにしているだろう。
学院は4月・10月の春秋入学制を採っているため、メンバーの入れ替わりも激しい。力
が落ちたと見做されれば、試験のたびに上下するのも倣いだった。
 コンサートマスターは2人制だが、この沢井純一は2年生からその席に座っている実
力派だ。才能あるヴァイオリニストにありがちの生意気な処があまり無く、もちろんそれ
なりに押し出しは弱くはないが、バランス感覚もあり、人望もある。技術テクニックだけでなく、希
代の名コンマスといわれている。
だが本人にいわせれば、「学オケのコンマス程度に、“名”も何もないさ」ということなの
だから、彼の目標はもっと高いというのだろう。
そういうところは凡人からすれば十分に、いけ好かない。
 その沢井は今期から、プロの楽団であるディ・アース・シンフォニーオーケストラ(通称
:アース管)に研修生という名目で通っていた。
東京メガロポリス管弦楽団ほど著名でも大規模でもないが、大河昇一という天才指揮
者であり音楽家が創設したオーケストラで、私立のものとしては最大級、また海外で
知名度が高い。有能な若手の発掘・育成にも力を入れており、学生たちを、望めば現
場の研修に受け容れるなど、手厚い教育も人気だった。
なにより、大河の指揮で演奏ができる機会が頻繁で、それだけにオーディションも厳し
いが、沢井は昨年、その難関を突破して准団員となっていた。
 そのアース管に天才少年が居る――そう聞いたのはごく最近のことだ。

 「それがね、その子――Akiraくんっていうんだけどさ。ね? 覚えてない? おととし
のジュニアコンクールで、ピアノ部門でさ」
「あ〜っ。まさかその子? ダンテ(*1)かなんか弾いて、あまりに子どもらしくないって
審査員がモメたとかっていう」
「そうそう。その子よ。まだ13歳なんだって」
「え〜っ。じゃなんで、そんな子がヴァイオリンなんか?」
 ざわざわ。

 だいたいにして音楽学生というのは姦しいし、噂話とスキャンダルが大好きだ。
噂の種には事欠かないし、また自分が噂の種になることもあまり気にしない。
学食でそんな話を聞いたのは昨日のこと。だから本日からオーケストラの特別公演に
参加することになる少年がスタジオに姿を現した時には、すでに全員が彼のことを知っ
ていたといっても過言ではない。そんなところへ生贄の子羊よろしくノコノコと現れるの
だから、当の少年にとっては物凄いプレッシャーのはずだった。
 だが。
抜擢されたことだけでも異例――それは大河昇一、著名指揮者である彼を学園が指
揮者としてコンサートツアーの指揮者として招聘するための交換条件なのだろうといわ
れていた。なにせその“天才少年”くんは、当の昇一の長男――。
 「「 親バカよね 」」 「「 天才・大河もタダの親ってとこ? 」」
揶揄する言葉は聞かれたが、それが親であろうが恋人であろうが、コネクションがある
のも実力のうちとされる世界である。
その“運”を利用し実力でのし上がれないなら、それはそこまで――それが実力の世
界といわれる所以であって、誰もが周知していることだった。

 ザワめいたのはその少年が線が細く、ただ13歳という年齢にしては背が高く大人っ
ぽかったこと。そしてその横顔の――あまりの美少年ぶりに、だったかもしれない。
 こそこそ、としたざわめきが女たちを中心に広がっていく。
「え、うそ〜」「いやん、すっごい美形」「かっわい〜」
「え〜、あんな華奢で」「天才美少年とモーツアルト? なんか出来すぎじゃない?」
ざわざわ…。
 手に持っている楽器ケース。
絵になる少年――部屋の隅に楽器を立てかけ、先生たちに挨拶をするのが見えた。

 時間だ――沢井が立ち上がると、一瞬、部屋のざわめきが収まった。
オーボエがaの音を出し(*2)、沢井がa線を調弦する。まずは管楽器……それから弦
楽器へと音は広がっていく。彼が座ると同時に複雑な五度音程、四度音程が部屋中
に広がった。
 それがひととおり静まった処で、指揮をする指導教官のアラン先生ではなく、その
横にいた鈴野教授が指揮台に近付いた。
「開始前に、皆に紹介しておく」
皆は楽器を片手に持ったまま鈴野を見る。鈴野は壁際に立っていた少年を振り向い
た。その少年は少し目を伏せて指揮台に近付く。
「――大河、明くんだ。今回の特別公演でモーツァルトのソリストをお願いした。実力は
一級だがまだ若いからな。皆、面倒みてやってくれ――明くん?」
鈴野が言うと、はい、と言って彼は素直に目をあげ、前に近付き、
「よろしくお願いします」と、言った。
大人しやかな印象。伏目勝ちで、確かに美少年だが、それ以上でも以下でもない。
 ざわざわ…。
音楽家連中というのは自意識の強いやつが多い。要するに一筋縄では言うことなど
聞かない。先生といっても無条件で従うわけではなく、学校でも教師と生徒というより
は一対一、という関係を好む。雰囲気からは受け入れ半分、そうでないの半分。

 (大丈夫なの? あの子)
第一ヴァイオリンの2プルト表(*3)に座っている華威は、その様子に小さくため息をつ
く。交換条件で見栄えのいいだけのぼんぼん押し付けられるのは別に良い。ただし
公演の出来には演奏する彼ら自身の将来もかかっており、失敗は許されない。
(――ま、いっか)
公演の協奏曲は2演目で、もう一方はショスタコーヴィチのチェロ協奏曲だ。チェリスト
は大学院生の林で、これは学院内誰もが認める実力派である。――この林も研修生
としてアース管に参加しており、指揮者の大河もオーディションに立ち会ったらしい。
 モーツァルトの方が指揮者の責任でコケたとしても、交響曲やチェロ協奏曲で聴か
せれば良いか…そう思って慰めるしかない。あとはお坊ちゃまのお守をしていれば、
何か良いこともあるだろう――それが華威だけでなく、楽団メンバーの学生たちの大
半の内心だったろう。
(目の保養にはなるし、ね)
 女は昔から美少年が好きだ。目の前で立っていられるには不細工なのより綺麗な
方が良いに決まっている。
だが、あの線の細さで大丈夫なんだろうか?


 
 
背景画像 by 「幻想素材館Dream Fantazy」様 

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