氷点 −それぞれの道−


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【氷点 −それぞれの道−】

−−A.D.2195、地球
:二字熟語 No.29 【氷点】

−−このお話は、宇宙戦艦ヤマトの二次創作小説ではありますが、
当ウェッブのオリジナル設定で進行します。
山本明および登場人物のイメージを壊されたく無いという方は、
お読みにならず、ページを閉じてお帰りください。
戦闘機隊員ファンの方には特にお勧めできません。
この警告を無視してお読みになった場合、責任は取れません。
ご了承ください。
−−なお、原作の著作権を侵害する意図はありませんが、
パロディおよびオリジナルとして掲載された作品
およびデザイン等の著作権は放棄しません。
無断転載・転売・設定の勝手な持ち出しその他はお断り申し上げます。

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水が、凍り始める温度を【氷点】という――。
それは地球の大気圏下――1気圧で摂氏零度。
ただし、条件が変わればそれは、【変化】する。





 
 「兄さん」
もう眠ろうかと思って自室だった部屋へ引き上げると、扉の外に弟の姿があった。
彼はふ、と顔をほころばせる。
「なんだ」――自分は弟妹には甘いのだろう、と思う。
かわいいとかかわいくない、というものではない。請われれば一緒に遊んだし、
相手もしてやったが、特に幼い頃からあまり一緒にいることがなかった所為もある。
年少から音楽の才を発揮した明は、むしろ大人の中にあって、大人たちと過ごすこ
との方が多かった。
また知能も高く、その性向が早熟であったこともあるかもしれない。
その反動のように弟・透夜とおやと妹・和佳わかの仲は深い。
 「レッスン、見てくれる」
 ふと見れば手にヴィオラを抱えていた。16歳の透夜には手ごろといえる楽器で
はなかったが、ヴァイオリンよりも性に合うらしく、持ち替えてからの方が実力は
進捗している。
三つ年上の自分を尊敬している、と態度で示す弟。それは兄弟というよりはむしろ
父親や師に接する態度に近い。――12歳になった頃、すでに明はの弟や妹のレッ
スンに手を染めていた。なまじな教師よりはずっと弾けたし、勘が良く、気が長い方
ではないといわれていた明が、意外なことに音楽を教える時だけは十分な辛抱を
示したのだ。ふだんはむしろ邪険に扱う弟だったが。
それ以来、実家いえに戻れば彼らの演奏を聴いた。
「――あぁ。弾いてみろ」
だまって唇を引き結んだまま部屋へ入ってきた弟は、譜面を開いて台に乗せた。
「兄さん」なんだ? と顔を上げる。「一緒に」
譜面を見ればモーツァルトの二重協奏曲だった。
 「あぁ…」そう言って、棚に置かれていた楽器を取り出した。
昔、明が使っていたもので、これだけは手放さずに残されていたらしい。愛奏して
いたグァルネリのコピーは沢井に譲ってしまった。そのことについて元の持ち主で
あった母・章子から何か言われたことは無い。

 緊張感のある音が部屋から流れはじめる。
高く、低く……モーツァルトの響きを持って。
さすがに兄弟で、音楽の作り方はよく似ている…というよりもおそらく。透夜の方
が必死で兄のあとを追ったのだろうということもいえたが。
傍目にはどう聞こえただろうか。遜色なく和音をつむぎ、旋律を絡める2本の音。
だが…、1楽章を終えた処で、明は弓を置いた。

「透夜――真剣に、やれ」
構えたまま、キッと弟は自分を見返した。
「……やって、るんだ。これが、俺の、精一杯なんだ」
 地下都市へ移ることになり、コンクールやオーディションは撤廃されてしまった。
この非常時に、というわけではないだろうが、道が閉ざされたも同然、と思った者
もいただろう。「焦ることはない……研鑽し続けてれば、いつかきっと。平和になれ
ば、必要になるぞ」
楽器を置いた兄がそう言うのを、弟は厳しい目で見つめ続けていた。

 
 「兄さん――なぜ、音楽を捨てたんだ」
弟は、それが言いたかったのだろう。だから敢えて、挑戦するようにデュオを挑ん
だ。
「……俺は音楽が好きだ―― 一生の仕事にしたいと思った。そのための努力
だって、したよ」
「あぁ…」
明が誰よりもそれを知っていた。透夜は熱心な生徒だったし、子どもの頃から、時
間を惜しんで学び、弾き、努力していたのだ。
「――だけど。わかるだろう? あんたには絶対叶わない。天才に比べれば、俺
なんかいくら努力したって、音楽を演奏できることにはならないんだっ」
 15歳でデビューし、数年前に結成したカルテットでは、沢井を押しのけて首席を
弾いた。コンサートの回数は結果として多くは無かったが、誰もが魅せられ、大器
と誉めそやした。

 俺も、そう思うんだ――。
16歳の弟は、悔しそうに拳を固めてそう言った。
「兄さんは凄いんだ――天才なんだよ。俺が悩んで、苦しんで、見えないことや、
やっとの思いでそうかな、なんて思ったことを、当たり前のように選んでやっちまう。
しかもそれが無理しているようになんか全然聞こえないし」――涙が湧いてきた。
「……悔しいのは」ぐっと目を上げて、彼は兄をにらみつけた。
「俺も、あんたの音楽が好きだってことだ。大河明は天才だ、あんたのヴァイオリン
は凄い。そんな音、誰も出せやしないっ!」
「透夜、俺は……」
 「そうだよっ!!」
いきなりドン、と身体をぶつけるようにして弟は兄の胸を叩いた。
「なぜ、やめちまったんだ。――あんたは、音楽をやるべきだったんだ。たとえ、
こんな風に地球が攻撃されても、空から遊星爆弾あんなものが振ってきたって!! 俺が パイ
ロットにでもなんでも、なればよかった。違うだろ? 訓練学校だって!? 祥子さん
は何のために……死んだんだっ」
「……透夜」

 弟の激情はもっともだというほかはなかった。
才能――この、どうしようもないもの。
芸術は。選ぶのではない、選ばれるのだ。
――だが、明は。

 「お前、パイロットになりたいか?」
弟の肩を手で支えて、明は突然、そう言った。
え? と目を上げて。「んなわけないだろう。何言ってんだよ、あんた」
「――俺は、なりたかったんだ。……最初から」
透夜は目を上げた。

 
 
背景画像 by 「幻想素材館Dream Fantazy」様 

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