赤と青−ヤマト回天

(1) (2) (3) (4) (5)
    
   
【赤と青−ヤマト回天】

−−A.D. 2200年頃
お題No.34「赤と青」

(1)

 「古代くんが。…古代くんが、死んじゃうっ!」
その空間に、森ユキの悲痛な声が響いた。
「やめろっ、ユキ。まだ、それは、試運転もしてないんだ…ユキ」
一瞬の差で真田の前をすり抜けて、工場の一角の透明窓の向こうへ滑り込んだ。
「やめろ、危ないっ――う……」放射能ガスが急に追いかけてきて、それを幾分
かすでに吸っていた真田はずるりと床に崩れそうになる。
ガミラスが狙うとすれば、このコスモクリーナーだ。工場と組み立て場を守り、
ここまで戦ってきたのだ。
「だめです、チーフ」
追いすがろうとした処を強い力で後ろから抱きとめられた。
(向坂っ)
彼はがっしりとした手で真田の肩を押さえ、隣のコントロールルームに引きずり
込むと、シールドを下ろした。
「ここなら、ガスの影響も僅少ですし――銃撃が始まっても遮蔽になります」
「向坂…それどころじゃ」
真田は体を起こして、ユキが飛び込んだコスモ・ルームをみやった。
 素早い動きでスイッチを入れて行く。
まだ艦内で何人かしか把握していない操作手順を、生活班長のユキと、工作班員
の一部部員だけが把握していた。もちろん真田や向坂はそれを組み立てた本人だ。
 「班長っ」
向坂もユキが何をしようとしていたか悟って、見ていたが、点滅した赤ランプを
見て振り返った。「――このままでは」
「ユキ、わかるか」真田はマイクを取った。
「はい……」「その右下の回路、つながっているか確認しろ」
(こうなったらもうユキに託すしかない)
本当は自分が動作させようと思っていた。考えていたことは同じだ。
艦内に充満したこのガスを追い出さねば、たとえ侵入者たちを蹴散らしたとして
も、そこまでにどれだけの犠牲が出ることか……それに。
恐らく沖田は生き残れないだろう。
 咄嗟にそこまで考えてしまう。
『真田さん――外れていますけど。わかります』
「ユキ、慌てるな」
『大丈夫よ』
古代を助けるためにパニックになっているかと思えば、案外に落ち着いている。
「ユキ、わかるな――」『はい』
ランプが一斉に緑になった。
「スイッチを入れる前に、そこにある宇宙服を着ろ」
『時間がありませんっ』
モニタには侵入し、銃撃戦になったガミラス兵と戦闘班員たちの姿が映っていた。


 うぃぃいぃん、と部屋全体が振動するような気配があった。
 白煙のようなものに部屋全体が包まれ、コスモクリーナーの振動と、上部・左
右に備え付けられた通気孔のような処から、ダクトを伝って、またその場所から
直接に、艦内へそのオゾンに似た空気が送り込まれていく。
ヤマト全体が打ち震えたようだった。
 各所のモニタに写るガミラス兵の動きが変わり、銃撃戦が逆転していた。
そのモニタの映像の中に艦長代理の姿をチラリと見つけた真田は、だが、工場内
の空気が清浄化した途端、ユキの運転する機械室へ飛び出していた。
「真田さんっ」
向坂の声も聞こえていたが、シャッターを開け、それどころではない、という心情。
だがその真田の体も毒ガスをたっぷり浴びたため、まだフラついている。
 「成功だっ! 大成功だ!!」
「放射能ガスが消えるぞ!」
工作班員たち、戦闘員たちの叫び声が聞こえてきたのをどこかで耳に止めながら
「ユキ! 成功だ」真田はその操縦席へ向かって走っていた。

 だが。
 その姿はゆっくりとそこから落ちるように降ってきた。

「ユキっ!」
間一髪で床に激突するのを受け止めたが、その体は力を失い、もはや生命の影を
止めていなかった。
(――いったい、何が起こったんだ!)

 コスモクリーナー操作の危険は、最初から考慮の上だった。
空気の成分を組み変えるため、一時的に空気の元素組成を変えてしまう。
――地球人にとっては、酸欠状態になるのだ。
そのこと自体は改良の余地もあったし、毒性があるというわけではない。
慎重な操作と、対応をすれば可能だったが、ユキにそこまでを求めるのは咄嗟の
あのときに、無理だったのだ。――ましてや、起動装置の一部が接触不良を起こ
しており、そちらに気をとられた。ユキも急いだ――手遅れになっては意味がな
かったから。
 ユキにも予備知識はあったはずだ。
いくら古代の身が心配だったからといって――頭をそれが掠めなかったかといえ
ば、そうではないだろう。
ユキは、冷静に。
そして、命を賭けて――古代と、ヤマトを救ったのだ。


 ホッとして緊張の緩んだ艦内に、第一艦橋に、真田は自身で報告に行くしかな
かった。
ユキの遺体を、佐渡の意見を容れて冷凍保存にかける。
心臓は止まっていたが、顔色は奇跡的に変わらず、白い頬が美しいままで痛々し
かった。死後硬直も、下にしていた部分のうっ血もない。万が一……。
――真田はそのままユキの体を留めておきたいと思った。駆け込んでくるであろう
古代のためにも。

 
←NOVEL index  ↓次へ  →MENUへ
inserted by FC2 system