moon icon 追憶・・・再生の時代とき



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【英雄・・・hero】

−−A.D.2204-05頃
:二字お題−No.20「英雄」


 
= Prologue =
 

 ――! ま……。どこへ行く。しま……島っ!!

 手を伸ばしても届かず、その背は遠くなっていった。
 こだい――わかってるだろ? 俺はもう、此処にはいない。
 《もう、会えないかと思った――》
 古代、俺は…。

 懐かしい声が耳元に響く。
だが、その背は遠くて、追っても振り返らない。戻ってきてはくれない。
あのガッチリとした腕で、掴み返してはくれない。

 島――。
大介…。
俺を、残して――行くのか?
 ふと気づくと、身体が重い。
ずるずると引きずられるような感触の足許をを見ると、沢山の手と、そしてべっ
とりと吸い付いたものが体を引きずり込もうとしていた。
――古代――ヤマトの艦長。何故、われわれを見捨てた? お前たちが、われ
らを滅ぼした。
返してくれ――私の恋人を。返して、父さんを。返して、返して返して――。

 それもまた闇の中に消え、大介の声だけが響いて残った。
 古代――お前をそんな中に残していかなければならない。
済まんな――。
 何を、あやまる。あやまらなくていい、此処に、いてくれ。大介――。
 進――懐かしいな。甘えるなよ? お前は生き延びた。もう、大人だ。生きる
んだ、独りじゃないだろ?
 島――やめろっ、行くなっ。島――俺は、島。しまぁっ!
べっとりと濡れているのはあいつの血だ――支えた身体がどんどん冷たくなっ
て……冷や汗の浮かんだ額と苦しそうな笑顔が、また。
くな――逝かないでくれ。俺を、おいて。俺たちを置いて――。島っ、しまぁ。
 涙があとからあとから溢れた。
 
    


= 1 =
 はっ、と古代進は自分の叫び声で我に返った。
ひんやりとしたものが額を拭い、汗を拭いてもらっているのだとわかった。
「――寝苦しかったですか? 古代さん。汗、拭きましょうね」
馴染みの臨床技師がまるで看護師のように世話をしてくれる。
オシロスコープの、ぴっぴっという微かな音が部屋に響いていた。
――ちょっと薬がキツかったかもしれません。苦しい目にお遭わせしてすみませ
んね。
柔らかな口調で、てきぱきと機械を操作する。
 まだ傷口もふさがっていませんから、熱があります。大事にしなければならな
いのですが、こちらも緊急を要しますから。――もう大丈夫ですが、一時期は危
なかったんですよ。
 そう言われて、心底ホッとしたように微笑む顔に、見覚えがあった。

 そうだ。彼はもしかしてずっと就いていてくれたのではなかった。
この顔が、島の顔にすりかわり、そしてあの悪夢だ――。
 「島――大介。……貴方の親友のお名前ですね…」
 地球の英雄。
ヤマトの元航海士にして副長。ヤマト最後の戦いにて殉職。――地球人なら誰
もが知っていることを、この技師は敢えて“貴方の親友”と言ってくれた。
「――連れて行かれてしまわないように、これでもがんばったんですよ」
柔らかな声で言われて、それは自分を咎めている響きがあった。
「……いくら彼が恋しくても、ダメです、古代さん。お元気になっていただかなく
ては」
(恋しい?)「…冗談じゃない」目を閉じたまま古代は力無く笑った。

 病室は完全看護なのでほかに、ヒトはいない。
島のことは、ずっと。あのヤマト撃沈の瞬間から、心の奥底に秘め――誰とも
語り合わずに来てしまった。
ユキにも言えない――彼女は。彼の死を、自分の過失だと思っているから。
そして目の前で、俺に引導を渡されたのだ。結婚は遺志だと認め、そしてこども
を授かった。
だが俺はまだ慣れない――あいつが居ないことに。そして、まだ何も終わって
いない――次郎くんのことも。あいつのご両親のことも……あれだけ可愛がっ
てくださった、家族同様だった人たちのことなのに。
 古代の閉じた目の奥がツンとして、涙が浮かぶかとも思った。
 ……そうだ。
古代はあれから、泣いていなかった。もう2年経つ。だが、ときおりフラッシュ
バックするようにその切ない想いは湧いて――自分にとって、あいつがどれほど
の人間だったか、思い知るのだ。もしかして、……心の中であっても古代かれ
言葉にしないだろうが……“愛していた”のではなかったか、というほどに。
 島は――俺の右腕。俺の、半身――そして。
艦長席や戦闘指揮席に座る時、無意識に航海士席に見るのはあいつの影。
あいつの声を聞き、そうして艦を動かす。第8艦隊には現在いまでも、あいつが生
きて、艦長をやっているんじゃないかと錯覚することすらある――それほどに
俺はまだ、お前が死んだことを信じていないのだ――どこかで。

 (島――)
 サージャに会い、少し救われたことも確かだった。
アクエリアスの下士官として存分な働きを示している若者。彼だけが――おそ
らく俺を見抜いている。同じ想い、同じ、喪失を――彼だけが持っているから。
 古代は目を閉じ、また少し眠ろうとした。
早く、回復しなければ――地球へ戻って。そうしてこの弱い心から、立ち上がら
なければならない――守も、ユキも、心配する。

 だが、一度よみがえった想いは、弱った心身からなかなか去らなかった。
 なによりも――それが哀しみにふちどられているとはいえ。
島の面影をゆっくり追うことは、ある意味、幸せなことだったから――。
これまでにはそんな時間も、余裕も、なかったのだ、ということに今更ながらに
気づく。
 (島――)

 弟の次郎くんに会い、憎しみの目に貫かれたのは1年ほど前だ。
兄の跡を追うように、しかも戦闘員となって、俺の後を追ってくる。
――俺を、殺したいのか? それほど、憎んでいるのか。
それは、そうだろうと思う。あの一家は、島大介を失って、存続できたのだろう
か?
それほどに大切だった長男――。
古代は腕を持ち上げて顔を覆おうとして、片手が上がらないことに気づく。
1本には三本の管が付けられ、いずれにせよ、重くて上がらなかった。
 思ったより良くないんだな――。
ふっと笑う心地になる。
だが、自分は生きるのだろう――死にそびれたからには。生きて、生き抜くだろ
うと、漠然と、客観的にそう思った。
 (憎んでくれるのでも良い――)
感情が動く間はまだ。生きる気力があり、あいつのいない世界で、足掻こうと
する弟の意気が存在るのだから。
(沖田艦長――)
沖田が自分に言い訳をしなかったように。そして自分の憎しみを柔らかく受け
止め、自分以上に哀しみを抱いていてくれたように。自分おのれもおそらく。
そう、できるだろう…。

 
 少し眠ったのかもしれなかった。
目覚めと睡眠の間のような白い世界を、行ったり来たりした。

 からり、と微かな音と人の気配に目を開ける。
感覚が戻ってきているのかもしれなかった。聴覚が回復し、それが、馴染んだ
人間のものであるとわかる。
 「――お起こししてしまいましたか? 艦長」
「准尉……君か」野々村アズナブル・サジオ准尉。――先だって思い浮かべた
ばかりの青年下士官。
「はい。お世話をするように言い付かりました」
「――皆はどうした」
「アクエリアスは今朝、艦長不在のまま地球へ向かいました。――眞南まなみさんが
艦長代理を務められます。宮本さんが副長を――次の任務に就くそうです」
「そうか…」
連絡は来てない。――それほどに、病状は重かったのだろう。
 伝達をお預かりしています、そう言って彼が伝えたのは1航海の間の古代の
休職への辞令と長官からの私信メッセージ
この際、ゆっくり休め、とあった。
「奥様もいらっしゃりたかったようでしたが……まだご無理はなさらない方が」
微かに古代は頷いた。――子どもが生まれたばかりだ。元来丈夫な方とはい
え乳幼児を連れて星間航行はできない。乳幼児を置いて旅もできまい。俺が
大丈夫だとわかったところでそう判断しただろう。……来たかろうが、な。
そう思う。
直接交信は、もう少し回復するまでお待ちください。穏やかにそう告げて、彼は
手元の機械を幾らか操作した。
――少年兵出身だったな、そういえば。彼らは看護師程度の知識と実践経験
を持っている。現場で必要とされることが多いからだ。古代の回りには珍しい
経歴の若者だった。

 「古代さん、お休みになられましたか…」
小さな声がして「いや」と目を閉じたまま声に出す。
「眠られてください。お邪魔はしませんから」
「あぁ……だけど。眠ると夢を見てな――」「古代さん」
 「サージャ……」
ゆるりとそう呼んだ。彼をそう呼んだのはあれ以来だ。やはり病院で。この子に
命を救われたあと、島の話を聞いた。
「――島が」はっと彼の肩が震えたのがわかった。「呼んでいるような、気が
した…」
「古代さんっ」少し強い口調が返された。
「――なにを気弱な。私は、許しませんから。あのとき申し上げたはずです。
艦長の――あの方の代わりに、島さんの分も生きると仰ったじゃありませんか」
顔を横に向けたまま目を開けると、真剣な瞳がそれを射た。
 眉目秀麗な顔立ち。エキゾチックな――異国の面差し。浅黒い肌に青銅のブ
ロンズ像のような無表情さは、強い意志の――修羅場を知る人間のつよさを現し
この若さで、多少のことでは揺らぐことがない。
それが今、感情を露にし、まっすぐに古代を見つめていた。
……その瞳に宿るものは、怒りだけではない。古代にはそれがわかった。
「サージャ……俺は」

 青白い顔は、ただでさえ色の白いこの青年艦長を、ますます華奢に見せた。
艦橋に立てばオーラに包まれ、叱咤する声は人の腹の底から震撼させるひと
艦底に姿を現すだけで思わず背筋が伸びるような雰囲気をまとったひと。
それが弱々しく横たわり――それは怪我や手術の所為だけではない、と思わ
れた。
 このひとを憎んだこともあった。
少年の日。慕い、愛した島大介を喪った時に。かれを護れなかったこのひとを。
引き結んだサージャの唇から、思わずのように言葉が漏れた。
 「――あの時。お傍に居られなかったのが……運命とはいえ、悔しい。私は
それを一生、自分に償って生きていくつもりでいます」
「……ヤマトに、乗りたかったのか」
微かに首を横に振る。「――島さんは“勉強し直して、追ってこい”と仰ってくだ
さいました。そうすればヤマトに呼べるから、とも。がんばれ、と」
「……」
「でも」サージャは声を強めた。「私にとっては、それはヤマトではなかったので
す」
 そうなのだろう。
島とともに働き、島とともにありたい。あのまま、第8艦隊の艦長で居続けてく
れれば、彼はそれを望まなかったかもしれない。士官学校を優秀な成績で出
れば、望む場所ではなくより責任の与えられる場所へつけられる。それも彼は
わかっていたのだろう。だが、島の言葉を受け入れ、傍にいられなくとも、より
心の傍に居ることを、彼は選んだのだ。
――島の望みどおり。
 地球の危機が起こったとき、手をこまねいているよりも。後方にいるよりも最
前線にありヤマトで戦いに行く。その操舵を握るのは常にあの方でしたから。
そのあの方を守りたかった――だから私は。航法士官でありながら戦闘士官
である総合士官の道を、選んだのですから。

 少し、眠る。
そうかすかに口元を動かすと、声にならなかったがサージャかれは察知してうなず
いた。
お休みください……時間はあります。私がずっと、お護りしますから。
そう言った声は温かく、柔らかかった。初めて、聞いたな――こいつの、こんな
声音は。
……吸い込まれるように、古代は眠りの底へ沈んだ。

 
 
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記事中アイコン by 「Little Eden」様、「トリスの市場」様 ほか

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