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CHAPTER-03 (080) (009) (018) (020) (069) (026)



69. 【紅葉もみじ

 「兄さん、帰ったの?」
カタンと玄関の方で音がしたのを耳ざとく、島次郎は部屋から駆け出してきた。
「あぁ――元気そうだな」
ほぉ、とケースを置き、靴を脱いで玄関を上がる。
「おかえり〜」そのスーツケースを持ち上げ、「部屋に運ぶねっ」と兄の部屋に走り、すぐ
に戻ってくると、上着、と手を出した。
「おいおい……なんだか気味悪いなぁ。ありがと」
ばさりと重い制服の上着を脱ぎ、弟に渡す。
(あぁ。宇宙の匂いだ――)
憧れと、尊敬。――ヤマトの制服はもちろん素敵だけれど、どっしりした艦長服はまた
それで兄には似合っている。
小学校高学年の彼は、その兄に対する誇らしさで、はちきれそうになる。それに、怪我
もなさそうだし、無事帰ってきた。
 「母さんは?」
「買い物と――今日はボランティアに回ってるから少し遅くなるって」
「そう」
「兄さんの帰港日くらい居ればいいのにね」
「そうこっちの都合でってわけにはいかないだろ。――それに飯は食ってきたから、いい」
ほぉとソファに座り込んで。
「あ、お茶飲む?」というと「うん」と返される。慌ててポットの処へ…兄さんは日本茶
党なんだよね、そういえば。

 ほい、と目の前に置いて、自分は冷たい麦茶を冷蔵庫から出した。
「なぁ兄さん」
「なんだ」
さっそくおねだりか? と兄は弟を見る。
 帰った途端これだ。少しのんびりさせてくれよ、と思わないでもないが。この弟の顔を
見るのもまた、帰港の楽しみなのだから大概、兄バカとでも呼んでくれ。
 「――もみじ、って見たことある?」
「ん?」もみじ、ってあの、紅葉もみじかな? …そういえば、もう秋だ。
 「あのね。紅葉って秋になると赤とか黄色くなるでしょ? 本物が見られる場所がある
んだってさ」
わくわく、というのを顔に書いたような様子で次郎が言った。
 へぇ? そんな場所が今あるのか。
少しずつ樹木や地球の生態系は回復しているとはいえ、まだ3年。
紅葉が見られる場所なんて。
「――古代さんが言ってたから、マチガイないよ」
「あ? 古代がか?」
「あぁ。この間一緒に、サッカーしたんだ」
 え。と大介は。

 「おい次郎――あいつもあれで忙しい身なんだからな。あんまりわがまま言うんじゃ
ないぞ」
島の親友、古代進は何故か弟の次郎と気が合うのか、よく遊んでくれる。まさか自分の
留守中にまで一緒に遊んでもらっているとは思わなかった。
「えぇ? 違うよ。僕と古代さんは大親友なんだからねっ。いいんだよ」
「俺のお株取るつもりか?」苦笑しながら兄は言う。

 古代には家族がない。
ガミラスの遊星爆弾で両親や親戚を一切失い、またイスカンダルで元気に生きていた兄
夫妻と姪を、この間の戦いで失った。
訓練学校の同室になった頃からよく家には遊びに来ていたし、親父やお袋はまるで俺のも
う1人の兄弟みたいに思っているみたいだから。だから留守中に出入りしたって別に何の
不思議もないんだが――ユキと会う時間を割いてもらうのは申し訳ないよなぁ。
 顔に出たのか、次郎がくすっと笑って言う。
 「兄さん、妬いてるの?」
「なにっ!」
頭をこづこうとして、スルリと逃げられた。
なんで俺がっ。
 別に古代とは逢わなくたって――俺たちはそんなつながりじゃないっ。
 「それにしてもすれ違いばっかりだよね、兄さんたち。古代さん、今頃土星だ」
あぁ、それでユキが残業まで付き合ってくれてたんだ。――それで、航海の報告と彼女
の業務範囲の相談もあって、そのユキと食事してきた島大介である。

 「ねーねー。それでね。今度、兄さんがいるあいだに帰ってくるんだってさ。それで、
紅葉が赤いうちに、1回、紅葉狩りに行こうって!」と嬉しそうに言う。
「紅葉狩り? …って何だ?」
「僕もよく知らない――でも、桜の花見るのを“お花見”って言うでしょ」
「あぁ」
「紅葉見るのは、なんでだかわからないけど“紅葉狩り”って言うんだって」
「ふぅん」
そういうことなら、何でも良く知ってるんだよ、古代さんて。
と次郎は嬉しそうに言った。
 「明後日帰港だって(ユキが)言ってたな――」
「うんっ。だから、週末お休みで、一緒に行こうってさ」

 ということで、島兄弟と古代進、森ユキは、なぜかその週末、紅葉山へ出かけた。


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 地球の生態系は、ゆっくりと回復へ向かっていた。
 もちろんそれは、環境整備班の努力の賜物であり、各地の専門家が集い、緻密な計画に
基づいた地球環境の再生を計画して実行してるからだ。
――古代進が、実はそのプロジェクトに大きくかんでいることを、想像する者は少ない。
三つの旅の間にものした膨大なレポートを真田が知り、関係者に提出したのだ。
古生物学の知識、実践経験。他惑星の生態系についての実地知識と深い洞察。
それらがあいまって、戦神・古代進に別の評価を与える学者たちもいた。

――「ん? 俺、単に好きなだけ」
それを古代に言うと、笑ってそう言った。「動物とかさ、植物とか――昔のまんま戻って
くれたらいいなと思うしさ」
「昔のまま、ってわけにはいかないだろ」
「時間はかかるよね、特に海は、絶望的だというからな――手をかけないと」
「遺伝子プールはあるんだろ」
「あぁ。そうきいてるが……実際の再生には時間がかかるさ」
前に古代と飲んだ時そんな話をしたな、と島は思い出す。
 都会育ちでカブトムシも本物が木に止まっているのなど見たことのない大介にとっては、
古代のその感覚はあまり実感できることではない――だが、何よりも必要なことだ、と
思っていた。そんな“自然児”――。
 紅葉する木は増えていた。
地面の奥底に残った放射能の影響もあるんだそうで、キレイに木の天然としてその色にな
るというだけではない。
木の成長と落葉によって土地も浄化され、数年のうちには地力を取り戻していく。
そういう実験が行なわれている地域がある。
――そこの葉は「狩った」りはできない、危険だ。

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 「うわぁっ。兄さん、きれいだねぇ」

 その林に分け入って見上げると、木々の間から木漏れ日が光り、地面は一面の赤や黄色
の葉で覆われていた。
「まだ安全かどうかわかんねーからな。ここ、管理林じゃないし、グローブ外すなよ」
と古代進がユキとともに後ろから歩きながら次郎に注意をする。
「こんなにきれいなのに危ないの?」森ユキの無邪気な声がして、「あぁ…安全かどうか、
わかんないんだよ」と古代は答えていた。
 中に入るのは禁止されていない――そういう区域じゃないから。
だが2人とも、手首に巻いたクロノメータのスイッチを操作して、一応の安全を確かめる。
針はピクリともブレなかった。

 「空気が、良いなー」
島大介はううん、と伸びをして、日の光を思い切り浴びる。「気持ちいいよな」
「あぁ……」古代は目をくるくると楽しそうにしながら、あたりを見回している。
「それにしても、よく自然にこんな処が」島が言い、
「もとは植樹だと思うけどね――ここらへんは土壌が良いんだな」古代が答えた。
 落葉した葉の束の上で駆け回っても大丈夫だった。
岩やコケ、土の上にところどころ固まって落ちている葉を、いちいち次郎は目を輝かせて
覗き込んだりひっくり返したりしながら、湿気た場所からはその裏から虫が現れたりする
のをおっかなびっくり楽しんでいた。

 ランチはユキと、島が母親から持たされた弁当を広げ、飲み物を出して
「わぁ、ピクニックみたいだね」と広げて食べた。
形のきれいな葉を落ちたもののなかから拾って大切に挟む。
ビニールの袋に入れて、一つきれいなのを見つけたと思うと、次に見つけたものはもっと
きれいなような気がして、次郎は「わーこっちも!」と騒ぎながら袋をいっぱいにして
いった。
 「おい、あまりたくさん持っていってもな。腐るだけだからな」
「ふーんだ。学校の友だちにもあげるんだよ」

 たいてい袋が埋まると、次郎は満足して林の中を駆け回るのに専念した。
古代が一緒に遊んでくれる。
「いいの? ユキさん放っておいて」
「いいさ――たまにはね。次郎くんも俺も同じようなもんだ、と彼女はいつも言ってるん
だし」くす、っと僕たちは顔を見合わせて笑った。
 葉っぱの裏をひっくり返して虫を探したり、木の枝によじのぼってみたりもした。
古代さんはけっして僕を子ども扱いなんかしなくて、一緒に子どもになったみたいに遊ぶ。
野生児なんだと兄さんが言っていたっけ。




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