そらのあとさき

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【彼方から… そらのあとさき】

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−−A.D.2222
:お題2006-No.04「彼方から…」
   
(1)

 「えぇっ、そんなこと」
加藤大輔は、仲間たちがまるで決定したことのようにそう言うのに驚いて、思
わず立ち上がって抗議の声を上げた。
「なんでだよー」
隣のクラスの幡谷が意外だとでもいうように見上げる。
「実力ナンバーワン、上級生の信頼も篤い。人気も見栄えも良くって弓道部の
華、ってやつだぞお前」
そうだそうだ、とはやす声もあるが
「――見栄えと弓道部の華、は余計だがな」
苦笑する口調で、司会を務めていた山脇が言って、「だが、2年生のほぼ総意
だぞ」えっと振り返って窓際にオブザーバーとして席を占めている上級生たち
を見返った。
 「俺たちも、相談を受けてな。お前ならやれると思ったんだがな」
武井の声を受け、並んだ3年生たちも頷く。その中には穏やかな目をした佐竹
も含まれていた。
「――なんでだよ。弓道の腕前だけじゃないぞ、お前って案外、リーダーシップ
あるだろ」
春の大会のレギュラー決定戦での判断力と行動は、いつの間にか皆の知るとこ
ろとなっていた。
「そうそう」隣に座っていた由比も何故そこで驚く? というように大輔に向いた。
 「……困ったな」
まったく予測していなかった展開だったから、想定戦も用意していない。どう
したものだ、という大輔である。

 弓道部の部室。夏の終わり――その集大成となる秋の大会を前に、3年生の
多くは引退する。もちろん、大会に出てから、という者もいたが、部活動の運営
はここで下級生に引き継がれるのだ。今日は部長と運営委員の決定会議。
部によっては、前任者とスタッフからの指名、というのが現在でもよく行なわれ
ている。その専任方法をどうするかは、その時期の部長に委ねられていたが、
武井正信は敢えて「2年生で決めろ。合議制で構わん」そう言って、2年に任
せた。3年生も1年生の一部も出席しているが、あくまでオブザーバーである。
 同級生は当たり前のように加藤大輔を選び、まるでそんなことは考えていな
かったのは本人だけ――普通、事前に打診くらいしろよなー、と同級生たちを
恨む大輔である。
 確かに、ただ実力を磨き、試合に出ていればよい立場と異なり、部長や部の
運営スタッフというのは大変な仕事である。責任も伴い、チームワークはもち
ろん、他人の面倒も見なければならない。――あまり人と付き合うことをして
こなかった大輔には――人懐こいので友人は多かったが、苦手分野なのかも
しれなかった。そうは見えない、というのが問題なのだが。
それに。
 彼には、そういう“責任ある立場”を避けておきたい、というご家庭事情も
ある――。
 「君らみんな、本気なの?」
ぐるりと同級生たちを見回すと、皆、一様にうなずいて、何故お前が驚くのか
わからん、という顔をしていた。
確かに大変なことかもしれないが、部長、というのは学園生活において、大き
なステイタスである。特に有名部――全国大会で活躍するような――の部長
といえば、武井の例を見るまでもなく、他校生にも名を知られるし、学内でも
実力ちからを持つ。進学や就職にももちろん有利だ。
現に、2年生からサッカー部のレギュラー兼副部長として活躍している親友・
安井國彦などは、「メリットもそれなりにあるぜ」と言っていた。彼はその人望
もあって当然、そのまま部長になるのだろう。

 大輔は、困った。
机の上に手を付いて頭を下げる。
「ごめん……今すぐ決めろ、というのなら、断るしかない。――考えてもみな
かった」
 何故。
そんな難しく考えなくても。お前ならできると思うんだけどな。
ほかに考えられないじゃないか…。口々に皆が言ってくれるのをありがたいと
思いながら。困惑した大輔の表情に、ざわめきも静まったあと。
「俺、向かないよ――」

 「加藤。お言葉だがな」
由比が立ち上がった。「――向くか向かないかなんてのは自分で決めることじゃ
ない」
きっぱりそう言った。
「俺たちは、お前にならついていきたい。そう思ったから選んだ。その、仲間の
信頼を無碍にする気か? え?」
静かな物言いだが、由比の言葉には迫力がある。
「だけど――俺は。お前こそ部長かなと思っていたんだけど」と言い返した。
 「当然そういう意見も出たよ」また山脇が穏やかに笑って言った。「由比は今
ん処、副部長候補なんだが――副部長は1年から出そうかという話もあってな」
と1年生の有望新人、住谷の方を向いて言った。微かに頷く様子は、何らかの
話をされているのかもしれなかった。
 「――だめだ。……ムリだよ」
つぶやくような声になって。

 「加藤」 その時、武井主将の声が割って入り、彼はまた振り返った。
「どうしてもできない、というのなら、その理由わけを話して相談してみちゃ どうだ。
主将がこうでなければならない、なんて決まりはないんだ。お前たちの代は
お前たちのやり方でやればいい。それでもできないというのならまた他の方法
を考えればいいのじゃないか」
「……」
黙って下を向く大輔の胸の裡には人にそれを話そうという発想はなかった。
 「加藤。――お前の事情を、誰もわかってないなんて思うなよ」
は、と彼は顔を上げた。
「確かに、お前は特殊な事情の家庭の子で、お前の親たちはスター並みに名を
知られた方々だ。教科書に顔写真付きで名前の載っている親なんてそうそうい
るわけもない。それに、お前自身も人気抜群の学内有名人だとしても――」
「主将、そんなっ」
止めようとする大輔を手で制して、まぁ聞け、と武井は続ける。
「俺たちは確かに普段は軽いやつらだけどな。お前の友人でもあるし、そんな
ことを茶化したりもしない。大事なことをべらべらしゃべりまくる連中だとも
思っていない。お前が本当に俺たちを仲間と思うのなら、何故、できないのか、
ぶっちゃけ話してみたらどうだ」
「――加藤。主将の言うとおりだぞ」由比がまた言った。
「……苦労知らずの俺たちが信用できないのはわかるけど」
ううん、と大輔は首を振った。「この間のこととか。推測できることもあるんだ。
腹割って話してくれるとうれしいんだけどな」
沈黙――。

 大輔は顔を上げて武井を見返した。
「主将――俺。思い上がってたのかもしれません」
いつ、どうなるかわからないから。距離を置いて人と付き合おう。所詮、中学
生の、たまたま此処で袖摺り合っただけの縁――勇人や祐子とは違うのだと。
いつの間にか、自分で線を引いていたんじゃないか。――ヤマトの子。
子どもの頃からそう扱われるのがイヤだった。だから宇宙にいる方がラクだった。
だけど、いつの間にか。そうしてしまったのは自分なのかもしれない。
安井という友を得て、そうだ。やつとだって親友になれたのは、ヤツが本音で
飛び込んできてくれたお蔭だったじゃないか。
…俺は、間違っていたのか?

 「わかりました――」
大輔は目を上げ、同級生の仲間たちを見回した。「話します。……みんな、気持
ちはありがたい。本当にありがとう。だから、俺が言うことが自分勝手で我侭だ
ということは、俺もわかっているけど。それでも、話す。だから遠慮なくいろいろ
言ってくれ」
 その時、初めて。
加藤大輔は、同級生の仲間たちと、真正面から向き合ったのかもしれない。

 
背景画像 by 「空色地図」様

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