aqua clip風のとまるところ


・・寂しい夏・・



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 「まったくもぅ。休暇でやっと帰ってきたと思ったらお説教?」
と目の前の男はちょっと膨れた顔をして、彼女を見た。
「こちとらお暇な大学生じゃないのよ。どっか行こうってからわざわざ出てきて やったのにさ」 と、加藤大輔は、あまり機嫌が良いとは言いがたい。
 まだ学生の祐子と違って、一応、大輔は既に“社会人”である。出た社会がちょっ と特殊ではあるが、まぁそのへんはよしとして。


 『山行って騒ごうよ――』
 そう言い出したのは祐子とその友人たちの方だ。
就職戦線と卒業試験を控えてひぃひぃ言っている学士さまの卵たち。たまには……夏休み の一日くらいは、羽目外して遊ぼう、というのがその趣旨。そのつまみに、ちょっと 違う世界にいる見目良い男の子など引っ張り出してみたい、というのはミーハーなんだ ろうか。
 確かに。仕事で宇宙の果てへ出て。命張って。それで帰ってきて休んでいる束の間の日。 私たちのくだらない遊びに付き合わせるのって、確かにどうかと思う。でもたまには。 任務とか忘れて、若者らしく、違った環境で遊ぶのも良いんじゃないだろうか ――とそう思った。特にこの間のような姿を見た後には。もちろん、同級生たちの “紹介しろ”攻撃もすごかったけれど。


 「ご、めんね……」
ちょっと決まり悪い思いで、そう謝って。
でも“お説教”したのはこの間の怪我のことだ。
 「まだだって、完全に治るはずないのに、無理して飛ばなくても」
訓練校で中型機のテスト航海のデモンストレーションをしたんだそうだ。それって、 確かに選ばれるのは光栄だろうけどさ、カッコつけたいだけなんじゃないの……自分 の身体でしょ、大事にしなよと言ったら、そう言われた。


 「それでお前らのお遊びに付き合わせんのかよ」
「あぁら。無理してとは言ってませんよ。いやだったらいいのよ」
「……でも、腕力として期待されてんじゃないの、俺たち」
加藤大輔は後輩を連れてきていた。
 「航法の柳です」と自己紹介される。その柳 多加志やなぎ たかしは 1級下だそうで、年下。聖樹の同期なんだというけど、やっぱり大人っぽいんだよね。
目とか見てると少年ぽくて――スレてないんだけど。
 祐子の方はクラスの皆も一緒だった。もちろん女性の方が多い。 一番仲良しといえそうな斉藤目香美さいとう めぐみ、専攻が 同じで同じジャーナリスト志望の柏原真香かしわばら まか、 隣のクラスのミーハー娘、山根利代子やまね りよこ、それに 南部勇人と横山貢よこやま みつぐ
 20世紀風ロッジに来て庭と川(おそらく人工的な)でバーベキューなどしようとしている。


 火を起こしたり薪運んだりなんかは、“その気になればすぐできてしまう”二人 には、なるべく手を出さなくて良いと言ってあった。けど、けっこう根がマメなのか 後輩だからか柳は、とっとと動き回って、手際よく火を立てていく。
 材料を刻んだり調理の方も、意外に大輔が器用で…それに勇人も。二人並んで とんとんとやられると、女性陣はあまりやることがなかった。
「まぁいいじゃん、のんびりさせてもらおうよ」
などと目香美が言ったので、テーブルを作ったり紙のお皿を並べたりに専心した。
 酒買ってきたぞ、と買い出しに行っていた横山・柏原コンビが冷えたビール など並べ。準備は整った。


 ……でも呼んでよかったよ、と祐子は大輔と柳を見てそう思う。
(二人とも、とっても楽しそうだもの――)
勇人とふざけながら料理を運んでくる大輔には屈託がない。
 料理、といってもバーベキューだから素材を切り分けるだけだけれども、なんだ かちょこちょことつまみまがいのものまで作ってしまい、ちょっと驚きだった。
――若者たちの宴会は始まる。


 昼から飲むのも良いよねぇ、と誰かが言って。 たまにはなぁ。
 緑が濃く、たとえ植樹されたものだとはいえ、相原や加藤の両親が見たら、それ はそれで感嘆しただろうと思う。濃い蔭を作る林と、目の前を流れている小川。 キャンプ用に人工的に作られたものだとはいえ、そのナチュラルさにだまされて もみたい気がするのは、人が自然と共に暮らしてきた歴史なのだろう。
 缶ビールと肉の焦げた匂いが充満して、舌もほぐれてくると。
 やはり質問の集中攻撃を受けるのは、大輔だった。
 特に女性たちの。ミーハーを自他共に認める山根利代子と、志望の方向が志望 の方向、という柏原真香は特に。――好奇心…まぁそうだろうな、と祐子も思う し。ふだん聞けない話もあるからそりゃ本心では興味があるけれど。
 女の子たちに囲まれて淡々とその相手をする大輔を見るのは、ちょっぴり面白く ない。ヤニ下がってるみたいにも見えるけど、あしらいなれているようなのも少し 気に食わないし。
……まぁそうよね、大輔ってこういうところで見ると結構、見られる。体鍛えてる からなぁ、精悍だし。…とはいえ男の子たちが気まずくなるようなこともなく、 南部も横山も2人とすっかり息投合して、早くも出来上がりつつあった。
 「それでそれでぇ?」
しり上がりっ調子で利代子が訊くのを、柳がまた面白おかしく話す。
仲が良いのか尊敬しているというのか、柳は加藤の普段をよく知っているようで。 何かといえば喜んで話題にして答えて、大輔に頭を小突かれていた。


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 楽しい宵はすぐに過ぎる。
「あ〜あ。疲れちゃったわね、今日はほんと、よく遊んだわ」
伸びをして、かたわらを歩く、少し背の高い幼馴染に声をかけた。
「あぁ。……たまにはこういうのも、いいかもな」
と疲れも見せず加藤大輔は言う。


 久しぶりだからこれから二人で飲みに行くんだ、という南部と加藤は皆と別れ て。送ってくれるという柳くんに遠慮せず、目香美と二人、甘えることにした。
 帰り道。道すがら訓練学校でのあれやこれや――どんな訓練をするのか、と か。配属された最初の基地で新米がどうだとか。加藤さんには就労1年目に ずいぶん世話になっただとか……を興味深く聞きながら。
 月の明かりがきれいだった。


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