aqua clip風のとまるところ


・・寂しい夏・・



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 祐子――か。
 先ほど別れてきたばかりの勇人の科白を思い出す。
『俺はまだ一人前じゃないけどさ――彼女を守れる程度には、大人のつもりだよ』
と。あいつは何時ごろからか真剣にあの子を愛していた。…その気持ちには気づ いていた大輔である。伊達に長い間友人やってるわけじゃない。
宇宙戦士になって、直接、攻めてくるかもしれない敵から地球や、愛する女を守 るというだけが男の道じゃない。そんなことはわかっている。――平和な今。
敢えて外宇宙へ出ていく俺たちは、危険の中に毎日その身を晒し、愛する者の 側に居てやれる時間は限られている。そしてまた。
仕事とはいえ、地上と宇宙に離れ離れで――逢えるのは年に何回。
その間。待つ者たちは孤独の中に愛を探す――その戦い。
 宇宙戦士なんていうのは。特に俺たちのように、遠くへ飛ぶパイロットたちや 聖樹のような戦う男たちは。…女を幸せにすることなんかできないんじゃないか。 古代さんや南部さんは…特別だ。あの時代、行っても残っても同じならより可能 性の高い方へ賭けることもまた、選ぶ立場にもなかったことも、俺は知っている。
――父さんや母さんは、特別な人たちだ。
愛が宇宙を飛ぶんじゃないか……いつもいつも。若い、俺たちと同じくらいの頃 から。死を覚悟しながら毎日を生きて――そして愛を持って。
あんな風に生きたい……あんな風に愛せる相手がいたら、幸せだろう。
 でも、辛いんだよな…。
 母さんだって。言わないけれども、父さんに逢いたくて、辛くて。一人泣いてい たことだってあったよな――。誰にも言わないし、父さんだって知らなかったかも もしれないけど。遠い惑星の上で…まだ子どもだった俺を抱えて。
でも、逢える時は。危険を冒しても、炎の中でも、敵機の只中でも。飛んでいった んだって聞いた。もう伝説だ。素敵な女性ひとだよな。
そんな女はいない――。
 俺は。そして、女は守ってやりたいと思うから。
だから。俺なんか愛しちゃいけないんだ――。


 勇人はいい男だと思う。
 大きくて、思慮深くて……意思も強い。――今、彼が守ろうとしているものや背 負っているものは、俺には計り知れないほどに大きい。地球全体を動かせるほど の経済の末端に居て、その後継……父親が継がなかったその先を担っていくべ き男。若い頃からずっと、だ。
そんな中で、ずっと。見守ってきたんだものな、祐子を。
 ふと起き上がった。
 携帯電話を取り出して、先ほど別れてきたばかりの男の番号を押す。
つ、と音がして、すぐに相手が出た。
『…どうした、大輔』
「あぁ……勇人」
自然に笑みがこぼれるのを、自分でも不思議に思って。
「お前……本当に、祐子が好きか」
『あぁ……いつの間にか。自分でも信じられないくらいに』
「イイ女だよな」
『そう。強くて、優しい――それで、脆くて。守ってやりたい娘だ』
「…そうか」と大輔は。
「――言えよ。今のうちだ……彼女を狙っている男はたくさんいる」
『大輔……』
「お前がいることを、知らせておいた方がいい」
『お前……いったい何を』
「勇人の気持ちを、伝えておいた方がいいってことだ」
『大輔、お前は……いいのか』
 大輔は、3日後に初めてのテスト航海に出る。その後、遠洋へ本格的な旅だ。
さすがに、無事に帰れるかどうか、自信はない。これまでの、訓練の延長のよう な事故っても最寄に寄航すれば良い旅とは違うのだ。
しかも、任されるのは小さいながらも、戦艦――護衛艦だ。それは“戦い”の 中に身を晒すことを意味した。
もちろん、古代さん傘下の最右翼、東克彦艦長の下。そりゃ心躍る任務でもある が……こんなことを日常とする日々が、始まるのだから。――そしてまたそれ は、長い間の俺の夢でもあったのだから。古代さんや、俺の名を呉れた島さんや。 父さんや母さんと同じように。
 ――「俺は明後日、遠くへ出発する。……次にお前たちに逢えるのは1か月後 だ。相原にそんな思いさせとくわけにはいかんだろ? うまくやれよ」
 そう言うと、パチリと携帯の電源を切った。


 目を閉じて――ごろりと自室のベッドに転がる。
(これで、いいんだ――)。
祐子の困ったような表情が目に浮かぶ。思えばいつも、あいつは困った顔をして るな。気が強くて、けっしてメゲないくせに。自分の意見ばっかりハッキリして いて、弱みなんか見せないくせに。
――前に、いつだったか。バレンタインに。古代さんに逢いたくて泣きついてき た。そして失恋して――俺の前でわんわん泣いていたな、そんなことも思い出す。
さようならだな。
……いつまでも、少年少女のままではいられない。
 大輔は、少し寂しい気持ちとともに。爽やかな気持ちもして――星の海があれ ば。俺は。あの宇宙の中を、操縦桿を握って飛べれば――生きていける。
こんな男やつを、好きになっちゃ不幸だものな。


 地球は。――北半球は、夏盛りになろうとしていた。


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