candle icon ありがとう -Thank you

CHAPTER-03 (009) (018) (020) (026) (069) (080)


[back to ...now, I can't stand it!]
このお話は、No.09「もう、我慢できない!」の続きです。
できればそちらを先にお読みください。
尚、No.84「First Kiss」 の後日譚でもあります。


「ユキ――生活班長。ちょっと」
古代艦長代理が生活班長室に現れたのは、その日の業務が終わろうかとしている頃
だった。
「あら――古代くん」
ドキりとしたが、そこはポーカーフェイスよ、ユキ。仕事かもしれないんですからね。
「今日の休憩、何時からだ――」
「え、えぇ。今日は当直も点検もないから……定時に」と答えると
「そ、そうか……あの。ユキ」なぁに、と見上げて。
「あ、あとで。あとで、艦尾作戦室に来てくれる? 俺、そこでちょっと資料作り
たいからさ。君の意見も聞きたいと思って」
ユキはちょっとがっかりした。なぁんだ、仕事か。
 「え、えぇ。私でお役に立つのかしら――何か資料が必要ならお持ちしますけど」
そう言うと。「いや――いいんだ、君だけ来てくれれば」
謎のような期待を持たせる答えを返すと、じゃ、と言って古代は去っていった。
 (古代くん――)
いったいもう。
何考えてんのよ。
貴方は私を、好きなの? どうなの? 付き合っていけるの? どうなの?
なんとかいいなさいよーっ!
 出て行った古代の背中が見えなくなってから、イーッだ、をして少しすっきりし
たユキである。
はぁあ、とため息をついて書類をトン、と片付けると、部屋を出ていった。


 「艦長代理、いらっしゃいますか? ――森ユキ、入ります」
艦尾作戦室はいつも人が出入りしている様子があって、あまり近づいたことのない
場所である。戦闘シミュレーションやデータの保管庫、そして武器弾薬の類がある
のと、古代が仕事をするのにあまり人にわずらわされるのを好きではないのを知っ
ている。
だがいつも砲術班や戦闘機隊の面々が出入りしていて、古代はそうしていつも人に
囲まれていた。
 「あ。来たか――」
執務中だった――にしては何をしている様子も無かった机から立ち上がって、古代
進はユキに向かい合った。
「い、イス座る?」
「え、えぇ――」
ちらりと部屋にあるものを見やりはしたが、2人は言葉と裏腹に立ったままだった。
 「ユキ――」
古代進がいつになく真剣な瞳で言いよどんでいるのに、ユキはある種の期待を抱いた。
(あ、もしかして――)
急に身内がカッと熱を持ち、頬に火が差した。
その様子を見て、古代は、ユキが気づいたことを悟った。
「あ。あの……俺。」
 ユキはまっすぐ古代の目を見た。

 もう、失うのはたくさんだ――。
 照れや恥ずかしさ。…若者故の意地っぱり。そして、行き違う心。
 そんなものは――危機の前には風前のともし火。
 ――いつ失われるかわからない命。
 果たして無事に戻れるかわからなかった命。
  互いの見つめる目に、この旅の、多くのそんな瞬間がよみがえり、それを潜り抜
 けた時の、いとおしさもよみがえる。


それだけで。2人はわかりあった。

古代がゆっくりユキに近づいて、その手首を取った。
ぎこちなく、だがそっと抱き込むと温かい腕に包まれる。
頬に温度がかかり、くせのあるとび色の、少し硬い髪の感触が触れて、ユキはさら
に上気して目を伏せた。
(古代くんーー)
「ユキ……」
そう囁いた唇が、頬から唇へズレて、ついばむようにそれを撫でた。
器用なものではなかったが、おずおずと触れた唇に、ユキは背中までが戦慄するよ
うな気持ちがする。
古代の唇はそのままユキのそれを被い、ためらいながら舌が間を割り、そして次の
瞬間には、2人は固く抱き合いながらやわらかく、熱心なキスを交わしていた。
 その先には、まだ――行かないキス。欲望に火をつけるためのものではなく。
ただ、今の心を注ぎ込むばかりの…切なくて。だけれども温かい、キスだった。

 ゆっくりと、顔を離すと、古代の優しい瞳が彼女を見ていた。
「ごめん――うまく、言えないけれど」
ううん、とユキは潤んだ瞳のまま、優しく見返した。
「一緒に……歩いていってくれる?」
これ以上はないというような、優しい声音。
こんな声で囁かれたら、それだけで腰が砕けそうになるユキだった。
だって――好きだったのは私の方なんだもん。貴方が私を想ってくれるよりずっと
ずっと、私が貴方を好きなんだもん。
ユキの瞳に、涙が浮かびそうになった。
「これから地球へ帰って――まずは間に合うように帰るのが、僕の責任だ」
少しだけ、艦長代理の顔になる。「――でも。それがうまくいって、ヤマトが地上に
戻ったら…」
 僕には家族ももうないし。兄さんはイスカンダルにいる。小さい頃から戦うこと
ばかりを憶えてきて――でも今はそれだけじゃいけないって知っている。
多くの人たちが――亡くなっていった彼らも含めてね、僕に教えてくれた。
僕は一人じゃない……だけれど。
「僕にとって、一緒に生きていきたいと思う相手は、ユキ一人なんだ」
 「古代くん……」
感極まって、ユキは言葉が出なかった。
「ユキ――あまり僕は器用じゃないし。…そんなに言ってあげられないと思うけど」
古代はそのままこう言った。
「愛してる――ユキ。――僕の、お嫁さんになってくれる?」
 ユキは感激して、その腕のなかでこくこくとうなずくことしかできなかった。
「あ、もちろん。すぐにってわけじゃないんだ――まだ僕だって勉強しなきゃなら
ないことたくさんあるし」
 まだ、実際には19歳になったばかり。
 地球へ戻れば、戦争のなくなった宇宙戦士の仕事なんて、あるのかなぁ――そんな
こともわからないんだしね。
それに。君はいいうちのお嬢さんなんだろ? 見ればわかるよ。
ご両親に――孤児同然の僕なんて、まず、お許しをもらうところから始めないと。
 くすっと笑って2人、顔を見合わせた。

「ユキ――愛してるよ」
「古代くん――私も。本当に、古代くんが好き」
 言葉にしなければ、伝わらない想いもあるはずだ――。
佐々葉子の言った言葉がよみがえる。
通じていると想っていた。実際に通じ合ってはいたんだけれども――こうして言葉
にすることで、また一つ、自分にも決意が生まれる。
1歩進めたという思いと自覚が、古代を強くしていた。
肩を抱き寄せ、小さく艦外が見える窓から太陽系の星たちを見やった。

 その部屋を辞そうとするユキに古代は追いかけた。
「もう一つだけ、言わせてもらっていいかい――」
「なぁに?」
可憐なユキの微笑みはこれ以上ないという美しいもので。
 一瞬目を伏せて、そして上げて、彼は言った。
「ありがとう――」
え? と首をかしげるユキ。
 ありがとう。――もう、孤独に眠れない夜を過ごすこともない。
 ありがとう。――すべてを失った地球に、僕の居所を作ってくれた。
 ありがとう。――失われた命を、共に悲しみ、いとおしむ相手でいてくれて。
 ありがとう。――そして、この旅が成功したとすれば、君のお蔭だ――。
 ありがとう。――僕を愛してくれた、そして、愛させてくれる君がいてくれて。
 ありがとう……君が居てくれる。生きて、動いて存在する−−ただそれだけで。

古代の万感の想いとその孤独は、ユキには本当には理解できないのかもしれない。
ユキの瞳から、一筋涙が流れたが、泣いているのは古代の方かもしれなかった。

 ヤマトは、すでに木星空域を過ぎ、いよいよ地球〜火星の防衛圏へ向かっていく。


 最後の試練の時は、刻一刻と近づいていた――。

Fin

綾乃
――「宇宙戦艦ヤマト」 A.D.2200

Count013−−16 Nov,2006

このページの背景は・・・  様です

←新月の館annex  ↑進&雪100 indexへ戻る  ↓ご感想やご連絡   →三日月MENUへ


古代進&森雪100のお題−−新月ver index
現在(2006年11月)のデータ+@
1: No.57 コスモ・ゼロ(001) No.100 誕生(002) No.15 兄と弟(003)
No.41 ヤマト艦長(004) No.21 再び…(005) No.53 復活(006)
2 No.001 一目惚れ(007) No.78 温泉 No.82 夢(009)
No.03 旅立ち(010) No.84 First Kiss(011) No.83 プライベートコール(018
3 No.09 もう、我慢できない(012) No.18 ありがとう(013) No.20 告白(014)
No.26 ふたり(015) No.69 もみじ(024) No.80 自棄酒
4 No.29 My Sweet Home(t016) No.70 冬木立(017) No.22 エンゲージリング(022)
No.08 願い星 No.56 二人きり No.31 新入り


あとがき、のようなもの

Count012、13 −−もう、我慢できない/ありがとう
  男女が集まれば“人気投票”みたいなのが行なわれるのは、これ、普通。
  地球が近づき沸き返るヤマト艦内。もちろん普段はそれなりに業務と使命にまい進していただろうし、必死の形相で寝る時間も刻々と削られていっただろう航海班や工作班の人々を傍目に、そんなに浮かれていたわけではないはずですが。「戦闘/ガミラス」という楔がなくなった艦内の風紀や気力を保っていかなければならなかった生活班にもそれなりに苦労は尽きなかっただろうし。そして、人生の最大目標を失ってしまったともいえる(?)古代進にとって−−それ以降の地球、というのは、われわれ世界において考える10代の夢を根こそぎにされてきた若い彼らの手に余ったのじゃないか、そんな思いもあります。
  若い男女が集まれば、どんな場所においても、恋は尽きない。
  新たな魅力を発見した人も多かっただろうし、前ばかり見ていた人たちが隣にいた人に気づく…そんな時間もあっただろうな、と思う。「First Kiss」「もう、我慢できない」「ありがとう」と、この後に続く(予定の)「告白」は、そんなオムニバスです。時間的には第25話と第26話の“間”ですからね。
 −−ユキちゃんと進くんもですが、戦闘機隊の面々のことも気になる作者ではありました。

  佐々葉子、山本明、古代進、森ユキらの設定や関係は、
 三日月小箱−新月world設定=  「小箱辞典」 をご参照ください。
 葉子とユキが何故親友なのか、という話は、長編で申し訳ありませんが、
 NOVEL 「宙駆ける魚」 がベースです。
 またこの話は第三期の6本に入ります。順番に上がっていないのですが、、、まぁご勘案を。
 「09・もう、我慢できない」「18・ありがとう」「20・告白」「26・ふたり」「69・もみじ」「80・自棄酒」の6本です。

  ご感想などいただければ、とても嬉しいです。

Novmber 2006、綾乃・拝 
inserted by FC2 system