air icon ほたる


CHAPTER-14 (068) (051) (024) (032) (067) (093)



= 2 =

sky icon

 科学局副長官――にすでに内定している真田志朗は、最初のプロジェクトからヤマトに関
わり、さらに地球再生計画の要でもある。
 今回の提案は、その真田から出てきたのではなかった、というところが異例だった。真田
の提案であれば、皆は理由はどうあれ受け容れただろうし、そういう風に遇しただろう。だ
が――それらを一切廃して、古代進という人間の“その知識”と見識を学者筋に問うた。真
田は惑星学者・山吹佐知香から回ってきた論文と、古代進という人物のそういった側面に
ついて相談を受けただけである。
それゆえ、学者達かれらは素の状態でその論文を読むこととなり、改めて ヤマトというふねが辿って
きた“戦艦”としてではない実績をも見直すことになった。

 異星人や異なる生命体との数多い遭遇、それから得た知識、現場の惑星環境と動植物。
古代の論文は、アカデミックな学術的手法こそ整備されてはいなかったが、確かな知識を
ベースにした正確な記述と、独自の観察眼。そしてそこから導き出される推論の視点の鋭
さなどは一級の学者にも匹敵するものが見られ、それを読んだ専門家たちを唸らせた。
何よりもそれは、未知の知識の宝庫であり、貴重な資料である。
――多くは、惑星探査に赴く前に提出されたヤマトの公式文書をベースに作られたもので、
それが銀河系の多くの情報の元となり既に公開されていた部分もあったが、その傍ら書かれ
た追記・捕捉のデータとしての古代個人の文書は未公開の文書で、興味を惹いた。また一部、
航海班班長としての島大介が作成したものも含まれており、こちらは正確な観察と記述のみ
で論文の体は成していない。それらを総合したのは古代進名で書かれていて、そのうち生物・
古生物に関する部分に評価を与えようとしたものである。

 「一種の天才でしょうな――」
「自然の環境豊かな中で育って、ヒトより知識は持っていたとはいえ。それを結びつけていく
感覚はセンスとしかいいようがありませんからね」
合間に相当に勉強もしていたのだろうが――専門領域を持ちながらこれはその意志だけでも
大したものだ……残念だな。研究室へ入ってきちんと実績を積めば、よい学者になれるかも
しれん。――そう言う者もある。
 「洞察力が一級なのは彼の戦績が証明している――戦闘も、発見も同じかもしれません」
「そういえばそんな逸話もいくつかありますね、“英雄伝説”としては」
「あぁ――全部は信じてなかったですけどね。案外、本物かもしれませんね」
 その日の食堂では学者たちの雑談の話題に上がっていた。
専門領域を持ち、プライドの高い彼らが認めるには幾らかの障害はあったが、現物を提示さ
れれば認めざるを得ない。サンプル種子やDNAが無いのが弱いという学者もいたが、それは
当然のことで、事典程度の精度はあると考えられる。また、それぞれに加えられたコメントは、
古代自身または部下や同僚たちの五感を使ったフィールドワークの成果でもあり、たいへん
貴重なもの。“機密”の部分は慎重に外されていたが、これが学会に出たことは大きな意味
があるともいえた。

crecsent icon

 「本気ですか、真田さん」
出頭した真田の執務室で、“身体が五つくらいほしい”と嘆く真田の淹れてくれた珈琲を――
彼は忙しい時ほど、親しい来客があると自分で珈琲を淹れる。それが唯一の“休み”だから
だと回りは周知していた――飲みながら古代進は言った。
「――そう驚くこともあるまい?」真田はどことなく嬉しそうである。「それにこれは、俺が言い
出したことじゃないからな。そういう意味で“贔屓”や“抜擢”じゃない、純粋にお前の書いた
ものが評価された結果だ」
「しかし真田さん――自信なんかありませんよ。俺は軍人で、戦闘機なら操れますけど、地
球再生化・緑化プロジェクトの委員なんて…」
真田はコクリと珈琲をまた一口啜るとカップを置き、古代の肩に手をやった。
「――お前は気づかないかもしれないが、お前自身の見方や考え方は、一見、思いつきと
感情の産物に見えるけどな。……直感とかひらめき、というのは膨大なデータから無意識
が引き起こす推論だというぞ」「真田さん…」
「俺はその瞬間を何度も見ているからな」
 誰もが認める天才科学者にそう言われて、はいそうですか、といえる古代でもない。
「まぁ、気楽にやればいいんだよ。いつものように、戦艦の艦長を務めるのと同じだ。ヒトの
意見を聞き、自分の主張やプランを提案し、目と耳をよく開いて頭で考える。あとは皆が互
いの力量を生かすようにしていけば……同じさ」
「――それは、そうですが」
それに、専門家ばかりだから、面白いぞ。やりたかろ? と促されて、「ま、まぁ…」と言葉
を濁す。
 「――まぁ、配慮もあるんだぞ? お前、あまり地球を離れたくなかろ。だから、地球その
ものの面倒くらいみてやってくれ、ということでな」
古代は赤くなった。「そ、それはそうですが――別に俺は」
「まぁそう照れるな。めでたいことじゃないか」

 ――現在、古代に打診されようとしている緑化プロジェクト……それは、遊星爆弾来襲以
前の生態系を取り戻すためのプロジェクトであった。だが、まったくの“再生”が難しいのは、
幾度も大気・海洋・土壌が痛めつけられた惑星の常で、元の地球の姿を再現しつつつも完
全な再生ではなく新たな生態系を――見えない処で将来的にも構築していかねばならない、
しかも早急に。生物学者・地球物理学者・動/植物学者など多くの専門家がこれに加わり、
協力していた。外惑星の知識や、異なる環境の生態系知識を持つ人間も必要なのである。


planet icon


 古代は少し緊張しながら、ブラジリアの科学局本庁へ足を踏み入れた。
 美しい海洋都市。学術と科学の殿堂――古代にとってもまぶしく憧れである。
真田は此処に席を持っており、本来なら副長官としてこちらをメインに勤務するはずだが、
実質、軍から離れるわけにもいかず、往復しつつの勤務体系を取っていた。
 緩やかな丘、片方は断崖。――風光明媚のようにみえて、セキュリティは万全。篭城し
て戦闘になっても大丈夫――なにせ独立セキュリティ部隊という実質の軍隊も持つ特別
区。地球の“知の中枢”であった。

 ――はぁ。なんか、すげぇ。
 古代進がその明るく柔らかい光の差す玄関に入り、来意を告げると、
「古代く〜ん! こっちよ。よく来たわね」
という特徴のある、はっきりした声が聞こえた。
「――! り、リエさん」
「遅れてごめんなさい。真田から迎えに出るように言われていたんだけど。ちょっと手が
離せなくって」古代は驚いた。真田の妻でバイオ生体学者でもある朝倉リエ。一級の科
学者であるため此処に役職と研究室を持っており、真田とは長い別居生活だ。
 真田が「俺が付いていってやれればいいんだけどな、手が離せなくてすまんな」
と言い、
「いいですよ、子どもの授業参観じゃあるまいし」
と古代が答えると、真田はぷふ、と吹き出した。
「――敵を前に一歩も引かない“戦神”が、えらく心細そうな顔してるからな」
古代は戸惑って、図星、とまではいかなかったが。
「迎えをやるから、安心しろ。それで、お前は自分が考える通りに、普通にやればいいん
だから」そう言われて来た。
 「――まさかリエさんが、とは思いませんでしたよ。真田さんも人が悪いなぁ」
苦笑すると、「リエさんも今回のプロジェクトに?」「直接の担当じゃないのよ、私はね。会
議にも参加しないし。でも久しぶりに君に会えるから、喜んで引き受けちゃったわ。……私
の役割は、一緒に仕事をすることになる人に引き合わせることと――会議が終わったら
食事にでも行きましょう? 私は研究室にいるから。ブラジリアはなかなか素敵な処よ」
「はい」
それに、会議では珍しい人にも会えるわよ、と彼女はいたずらっぽい目を輝かせた。

 引き合わされた相手は鏑木かぶらぎといい、老齢の植物学者だった。 連邦大学の再建に功績が
あるが、本来はフィールドワークを中心とした現場の学者だという。彼の人望と才覚を慕っ
て集まった若手の学者グループがある。古代の所属するはずのグループの長だということ
だった。
 鏑木に連れられて、古代はその日から会議コングレスのメンバーとなった。

crecsent icon

 「それで、どうだったの?」
はい、とテーブルにお茶を出しながら、楽しそうに報告を聞いていたユキが言った。
古代はそれには答えず、「これ」と小さな包みを取り出した。
「あら? なぁに? ブラジリアのお土産?」「――うん、お土産もあるんだけどさ」
毎週のように通うことになるのにお土産もないもんだ、とは思ったのだが、つい嬉しくて
買ってしまったところが、古代も自嘲気味。ユキのミーハーを笑えない、と思う。
 「なぁに?」
あけてみなよ、という古代に、ユキは包みに手をかけて開けると、「まぁ」と言った。
「――珍しいわね。カタツムリ? 貝なの?」
小さな木のようなものに生き物が這っていた。
「――まぁそのようなもの。中庭の池に放してもどのくらい生きられるかわからないから
かえって可哀相かもだけどね。こっちの種も植えてみようかと思って」
「こっちはなぁに?」
「コスモスだ。――苗の方はレンゲ。昔は雑草っていわれていた類だな」
「ほかの草に影響がないかしら」「あるかもしれないけどな――強いからな」
「それも、実験?」
「まぁね。ちゃんとしたものじゃないけど――いろいろ試してみたいっていうから。うちに
も分けてもらった」

 2人はリビングから中庭に通じる小庭に出た。ここの池は流れが引き込まれていて、
外の自然を模している。
 あら?
ユキが声を上げた。
進もそちらを見て、お、という。
「――ほたる。……まだ生きてたのね」「そうだな…」
放したはいいが、可哀相かなとも思っていた。この環境では、せいぜい半日――もたな
いだろうとも思っていたのだが。
 官舎の外には植樹の林が広がっている。その中には造成された池もあれば実験区域
もあり、そこまで持っていって放せば生きられたかもしれなかった。

 儚い光が目に留まり、また、消えた。
――儚いな。だけど、生きている。
「なぁ、ユキ」しゃがんで庭を見ていたユキが顔をこちらへ向ける。
「子どもが、大きくなったら――」「まぁ、まだ生まれてもないのに」
古代は構わず微笑んだ。
「――大きくなったら。自然のたくさんある家に越そう。岩や築地があって、離れの小屋が
あって、緑があって、小川が流れてるのがいいな。それで、庭は裏山につながっているん
だ…」
「まぁ。……素敵ね」それで、海も近かったりするんだわ。とユキは思った。

 これから地球上のあちこちへ行くことになるだろう。実験施設や、保存されていた種の様
様なものにも出合うだろう。
――破壊ばかりしてきた俺が、命を生み出す手伝いをすることができる。……これは、幸福
なんじゃないだろうか。
 古代は、ブラジリアで会った老若男女取り混ぜた面々の、気難しいが熱い目を思い出した。
あの人たちと、しばらくの間でも、働ける。
それも、ユキと子どもが与えてくれた機会チャンスのような気もした。
 「ユキ」
「なぁに? 進さん」
「――俺、がんばる」
「まぁ、おかしな人ね」
いや。と言って古代は笑った。
 蛍のかすかな光が、また葉の陰から見えた。小さく、励ましてくれるような気がした。

Fin
――A.D.2205年

planet cart

綾乃
Count073−−12 Sep, 2008


←進&雪100 index  ↑back  ↓ご感想・ご連絡   →新月・扉
背景画像&イラスト by「Little Eden」様

Copyright ©  Neumond,2005-08./Ayano FUJIWARA All rights reserved.


古代進&森雪100のお題−−新月ver index

   
あとがきのようなもの

count024−−「ほたる」

   「ほたる」で最初考えていた話は、水辺で2人が語らうシーンでした。でも、そうすると、どうしても魂の帰郷、みたいに思えてしまって。それに、『ヤマト2』の宇宙蛍シーンと、新米や斉藤始の笑顔を思い出してしまいます。古代進をちょっと持ち上げすぎかなぁ、など思ったのが一番気になった点なのですが、ウチの話の中には何度も出てくるように、古代進の“動植物好き”は、趣味の域を超えてヲタクでして(笑)、しかも、惑星探査時代に一応、いろいろレクチャー受けたり増幅したり。それを「記録に残しておかなければならない」という強迫観念は、官僚の本能みたいなものですから(<艦長だろうが戦闘隊長だろうが、『ヤマト2』以降の古代くんは公務員で中間管理職ですからねっ)。ヤマトの記録を残しておこう・・・多忙な中、真田さんの業務的科学者的努力とは別に、たとえば太田くんは太田くんで、相原くんは相原くんで、それぞれ自分のジャンルについて残したものはあったと思うんです。もちろん加藤くんや山本くんも。
  それにプラスαしたものが、これ。このお題でなければ、もう少し元は長い話で、このプロジェクトの中身なんかにも触れるつもりでしたが、私の勉強が間に合わないので、short版です。long版ですと、もう少しいろんな人が出てきますけど、とりあえず今のところは書く予定はありません。テーマがブレるし、そっちではユキはメインじゃなくなっちゃいます(“蛍”でもなくなる)。
  時期的には 『鬼神』 の直あと、ということになります。ユキは産休で、おヒマですから、それこそそれを満喫してたと思いますよ。ちょっとおっとりした彼女の語り口に、それが現れていませんか? ほのぼの&お楽しみいただけましたら、幸いです。

 綾乃・拝

inserted by FC2 system