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CHAPTER-14 (068) (051) (024) (032) (067) (093)



24. 【ほたる

= 1 =

 「う〜ん」「…これはもう」「……仕方ありませんな」「ですな」
「しかし……こんなことが」
「う〜む。むむ…」
どさりと積まれた書類の束を前に、白衣やらスーツやらを着た人々が腕を組んで唸っていた。
 地球連邦市科学局の中枢――ブラジリアにある海を臨む高い塔の中にそれはある。外には
涼やかな空気がまとい、本来なら星の光の美しいはずの空には新しい白い光が不気味な輝き
を中空に携えている。再生された海が建物の足許近くまで寄って一見美しい波を描いていた
が、その中には毒素が溜まり、懸命の浄化作業が地球的規模で行なわれている。――ここ
は、その企画・指示を司る中枢でもある。

 「それでも――決定ではありませんの? 誰も。そんなことはできなかったのです。皆さま
お読みになっておわかりでしょう――脱帽ですわね」
最後にそう言って結論を出すように皆を見回した白髪の女性は、そのままため息を吐いて、
どさりと椅子に座り込んだ。だがけっして部屋の空気は暗くはない。皆、頭を振ると唸って
いたが、それは苦笑というべきものだった。
 「参ったよ――参りました。こんな逸材が野に隠れていたとはね……」
「――きみ、それは正確ではなかろう。“野に隠れる”どころか、彼は現在、最も有名な人間
の1人といってもいいんだぞ」
「――だが、あまりにも……畑違いすぎるだろう」「誰も予測しなかったくらいにね」
 「しかし、よくもまぁ。あの命がけの――忙しい戦争の合間に、これだけのものをまとめた
ものだ」
「――優れた軍人は事務処理能力も高いのだと聞いたことがありますわ。もちろん、有能な
副長が付いていたのですから、その助けもあったのでしょうけれど」
 ひときわ若い女性がそう言って、一同の賛同を促した。
彼女の名を山吹佐知香という。惑星大気学者で、生態系の構成などにも造詣が深く、戦時
中にむしろ実践的な研究を先進的に進めてきた。控えめな声音だがそれはきっぱりしてお
り、柔らかな微笑の奥の瞳は静かに輝いている。――それはそうだ。その人物について提
案したのは彼女自身であり、この提案が受け容れられれば、地球の再生・緑化プロジェクト
にまた一つ、新たな光明が加わることになるからだ。
 「よし。決定、としてよろしいな、皆さん。賛成の者、手元のボタンを――」
白いパネルスクリーンに浮かぶ円形がブルーからグリーンへと次々と点灯していく。いくら
かは赤が点いたが、それは1対9の割合で、圧倒的多数といってもよかった。
 「……では、このプロジェクトに元ヤマト艦長・現地球防衛軍特務企画室参謀中佐・古代
進氏を迎える。軍人としてではない。もちろんその立場でのアドバイスもしていただくが、准
科学者の1人としてだ。――学位は、学術法もあって与えることはできないが、その論文と
資料で十分だな?」 賛同のざわめきがあった。

 「しかし、ヤマトの連中というのは恐るべき集団だな」
ざわざわと解散するのに三々五々、学者と有識者たちが話しながら席を離れていく。
「最初のプロジェクトの時に、リーダーチームの者はそういった基礎を叩き込まれた、という
う話もあるね?」 「どうなんだ、山吹くん」
並んで会議室を出た数人のうち一人が佐知香に話しかけた。「君の幼馴染は最初のヤマト
の幹部だったんだろ?」
彼女は少し肩をすくめると見上げて言った。「――さぁ。どうなのでしょう。私の知人は、兄弟
2人とも戦闘機隊長でしたし、あまりそちらの方は…。工作班に居た知り合いは“われわれ
は技術者と科学者の集合体で、ほとんど他の班のリーダーたちとはあまり交流無かった”と
言っていましたわ」静かな口調はこの女性の特徴でもあろうか。
 ともかく最初のイスカンダルへの旅は、工作班は休む間も何か考える間もほとんど無かっ
たと聞いている。同じ研究室にいた有坂教授が同行した惑星探査ではさらに忙しく、命の
危険こそガミラス戦よりは少なかったとはいえ、状況はあまり変わらなかっただろう。
 「確かに古代艦長は、植物や生態系の知識はその頃から突出していた、と聞いています」
いくつかのエピソードも加藤三郎、むしろ弟の四郎から聞いていた。だが艦長という立場で
のブレーンの存在と、婚約者フィアンセでもあった森生活班長の影響もあった だろう、とは思う。
「――そのあたりは副長官がお詳しんじゃないですか」くすりと笑いつつ佐知香が言うと、
「まぁ、それはそうだな」相手も苦笑して言った。



 「わぁ、きれいねぇ……」
地球の反対側で、そんな風に物議をかもしていたとは露知らず。その古代進は、愛妻・ユキ
と束の間の平和な時間を過ごしている。
「――あぁ。まだ本物ほど長い時間光ったり飛んだりというわけにはいかないんだけどね。
交配に成功したからっていくらか特別に分けてもらったんだよ――ほら。ただしこの中庭か
ら出すことはできないんだけどね、すぐに死んでしまうから」
ユキの目の前をふわふわと漂っているのはほたるだった。
――少なくとも目にはそう見える生き物で、郷愁を誘った。
 「真田さんがね。お祝いだって、くれたんだよ」
少し赤い顔をして、古代はそう言った。
ユキも気づいてぽっと赤くなる。「まっ」
――そうなのだ。ユキの妊娠が発覚して、ヤマトの仲間たちはわが事のように喜んだ。
ユキとしては、仕事のこともあり、様々な理由があってできるだけギリギリまで――でき
れば無事に生まれるまで、知らせたくはなかったのだが。
先日、火星で巻き込まれた長官の拉致未遂事件で加藤四郎と古代が(、ユキも)大活躍して、
バレてしまった。――それ以来、産休に入っているユキである。
 古代も地上からなるべく離れない勤務――などというのがあるのかどうかは謎だが――遠
方へ出るものや長い出張は勘弁してもらい、なるべくユキの傍に居られるように、毎日官舎いえ
へ帰れるように、と配慮してもらっての現在がある。
ヤマトが失われ、仲間たちが逝って――誰よりも親友・島大介を失い、戦後の多忙の中に
その喪失を埋めようとしてきた2人にとっては、やっと少し。それと向き合い、心を癒していく
時間が与えられたのかもしれなかった。

 目を輝かせてそれらを眺めるユキは少女のようで――とても美しいなと古代は思う。
ユキを愛していることは、毎日、毎時間、毎瞬間のように自覚していたが、こうやってしみ
じみ眺めたのは、いったいいつぶりだったろう? 彼女は常に目の前にいて、自分はそれ
を追っているか、俺が戦わなければならない時は、背後にあって背中を守ってくれる女。
そして遥か遠い宇宙うみに居る時は――地球そのもののようにそこに輝いている存在。
……そして、そうでない時は、腕の中で。さまざまな表情を見せてくれる愛しい存在もの
 「……古代くん? どうしたの?」
ふと視線を感じたのか、ユキが振り返った。
「ん? ……あ、あぁ…」古代は笑みを見せた。
「――古代くん、はないだろ? 生活班長」
「もう、いやな進さん」ユキは、い〜っ、と顔を歪めてみせた。「何、考えてたのよ」
 「――ん? いやね。キミがきれいだなぁって思って……」
ま、とユキはぽおっと頬を染める。まったくもう。照れ屋のクセに、時々そういうことを真
っ直ぐ言う。どういう顔したらいいか、わからないじゃないっ。
 白い頬がさっと染まるのが夜目にもわかって、古代はくすっと笑った。
ふいと近付いてその胸に抱え込む。本当に、愛しくて。
「悪い悪い。別にからかったんじゃないよ、ほんとうに、そう思ったんだ――」
ちゅ、とキスして。
 「そういえば――」古代の腕の中からまた中庭を見てユキが言った。
「蛍で酷い目に遭ったことがあったわね――」
ユキが何を考えていたか、古代にはもちろんわかった。「あれは参ったな」
「――地球に居れば、急に重力が3倍になったりはしないわよ」くすりと見上げて笑う。
「そうだな……新米あらこめ、斉藤――」
「えぇ。皆、あそこにいるのよね」
夜空を見上げるが、今宵はアクエリアス・ルナの光が強すぎて、星の光は見えなかった。

 ヅーッ、ヅーッ、ヅーッ。
突然、部屋の中で通信が呼び出し音を立てた。
「あら、なにかしら」
「――そろそろ、中に入ろう。いくら初夏といっても冷えたら体に悪いだろ」
「えぇ…」リビングに入ってユキがそれを取ると。
 2人には驚くべきことだった。
 『――明日は朝一番に登庁されたら、その足で科学庁へお回りください。真田副長官が
お待ちになります』
2人は顔を見合わせた。

 ――俺の、覚書が? そんな、嘘みたいな。





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