planet icon 叶わぬ恋
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33. 【叶わぬ恋】

 第7艦隊が帰還すると、急にこのエリアの一角は慌しくなる。
短い地球への帰港時、こなさなくてはならない業務はあまりに多く、また遥かな
太陽系外周へ出かける艦は、整備され積荷が下ろされ積み込まれ、また人の入れ替え
があり。さまだまな新規プロジェクトが動く。また、長く留守にするこの艦隊に所属
する重鎮たちを、待ち構えたように、多くの人や業務が襲うのである。
 そのフォローを地上から続ける秘書グループ……上級参謀グループ執務室の並ぶ一角。
佐官室の並ぶエリアの一角にその部屋はある。
古代進中佐――執務室兼第7外周艦隊司令室。


 「ご来客です」
谷崎の声がして、厳重なセキュリティが一瞬で解除された。
「さすが、時間厳守だな」
入り口が開き、ぴっと敬礼し、入ってくる姿は――女性!? それに。
制帽と制服が似合う小柄な姿は、入り口でこそきっちり礼をしたが、大またに歩み
入ると、手を差し出し、にこやかに笑ってこの部屋のあるじに握手を求めた。
(う、うわぁ!)
そこまで親しそうに現れる人なんて――通信局の相原室長と南部参謀くらいだったから……。
「戻ったか、よく来てくれた」
「はいっ。古代――元気そうだな」
(しかも、呼び捨て…)よほど親しい仲なんだろうか。
 「室井くんは初めてだろう。紹介しておくよ、俺の部下で女ながら一級の戦闘士官、
佐々葉子大尉だ」
「特務室所属――だが昨日付けで第7外周艦隊に復属、佐々です」
「は、初めまして、あ、あの。室井あかりです」
ガタガタと音を立てて立ち上がり、頭を下げる。
 くすりと笑われた気配がして、佐々大尉は古代司令を見た。「かわいい人だね」
な、なんてことを。顔が赤くなる。
「……あぁ。新米だが、なかなか優秀だ」
「谷崎さんに絞られてるんだろ」ひょいと、首を伸ばすようにして上級秘書を見ながら
佐々が言うと、谷崎はめがねをいじりながら「ま、人聞きの悪いこと」と言った。
 「明日から、よろしくな」
「はい――また戻れて嬉しいですよ、艦長」

 そうだ。艦長――この人は、艦長と呼ばれているのが似合うのだ。
あかりが憧れたのも、雑誌かビデオか何かで見たヤマト特集だった。
この人はその頃からずっと憧れだったんだもの……。

 「それで……ちょっと懸案があるんで、打ち合わせしたいんだけど。そうだ、もう
来る頃だけどな――」
振り返った先に、扉が開いて……あかりは驚いた。
そこだけ、ぽおっと薄い明かりが差したような気がしたからだ。
 「おう、来たな」
しとやかに一礼をして、きりっとした瞳を持った、だが絶世の美女といってもよいの
だろう、美しい女性が入ってきた。上級秘書職の制服を着けている。
スカーフの色は…え? 長官秘書の森さん……ということは。
「ユキ――忙しい処、ありがとう」佐々が笑顔になる。
古代司令の表情が、どことなく変わった。
「森秘書官――わざわざご苦労」古代の声に、彼女が軽く会釈する。
任務中で就業時間中だ――口調や態度を崩すことはないのだが、空気が変化する。
……だ、って。
あかりは動揺した自分を知られたくなくて、慌ててお茶の用意をしに、隣室へ席を
外した。

 お茶を用意して戻ると、すでに3人はソファに腰掛け、図表を広げ、コンピュータ
を取り出し、打合せを始めていた。
「…新乗組員の訓練航海も兼ねるからな――長官からの指示の確認と。佐々が持って
きてくれたプランとを刷り合わるんだ」
まるでそこだけバリアーが張られているように。
飛び交う言葉、視線。そして細かい内容の数々は、多くは専門用語で新米秘書ごとき
に理解できるものではない。では、あの女性ひとは、森さんは?
――ヤマト生活班リーダーとして実戦にもかかわってきた女性ひと
その広範な知識と、実戦でも通用するといわれる有事の対処能力は凡人には計り知れ
ない。長官秘書グループの中核を担ううち、どの程度を彼女の判断が仕切っている
ことだろう。
……実際、あまり知られていないことではあったが、ユキ自身、士官の階級を持って
いる。戦艦の乗組員として現場に就くことも可能なのだ。
 長距離航行をする戦艦は生活の場でもある。その中で、より効率よい戦いの仕方と、
生き延びる術を――古代、森、佐々の訓練の目的は、それを前提のものである。

 「今回の新人は、24名、だったか?」佐々が古代を見た。
「名簿は、行ってるな」「あぁ」
「――加藤と君が回してくれた戦闘機隊、そして砲塔および戦闘指揮官見習いは12名
――配属はプランのとおりで構わん」「今回全員、イサスとアクエリアスだな」
「あぁ……ヘクトルはどちらかというとユキの管轄だ。戦闘能力を高めることよりも、
専門性が要求される」「そちらの人員は5名の増員……退役が2名と休職が1名います
からね…補充と、スキルアップのため。また専門官が1人乗ります」
「それは?」
「――私にもよくわからないの。だけど、真田さんからの依頼ですから間違いはありま
せん。訓練は不要とお聞きしてますわ」「そうか」
 「問題は、こっちだな」
ばさりと書類を机に投げ出しながら、佐々が言った。「――加治木事務次官。旗艦に
乗艦、か」こくりと古代は頷いた。
「大統領府からの要請よ。……考えていることのわかりにくい方だけれど、なかなか
肝の据わった方だという噂。油断できないわ」
あぁ、と佐々。
「そのことだがな…」古代が言う。「佐々、今回は副官として旗艦に乗艦してほしい」
「え?」と佐々は驚いて顔を上げた。顔を見合わせ頷き合うユキと古代である。
「―― 一時的に…いや、この先ずっとでもよいのだが。旗艦の戦闘機隊副隊長と、
艦長の副官を兼ねてほしいのだ」――びっくりした目になった。目を見開いたまま
言葉を失くす。
「はは、どうした。そんなに驚くことはないだろう?」
「――いや。驚いた。副官? 私が、お前の?」
「あぁ――結城さんも承知だ」「えっ…」
「宮本は、まぁイヤイヤだがな」と笑う。
 佐々は微かに笑った。あまり表情の変わらない女性ひとだが、意訳すればニヤり
としたのかもしれない。「――そういうことか」
「あぁ。そういうことだ」「了解した…今回は、受ける」
「……試用期間ってことで」「ぬかせ」
3人は目を見合わせて、また、黙った。

 森ユキが去ったあと、佐々は立ち上がると、「古代、今日は?」
すっ、と手を口の前に上げる動作を見せる。
「あぁ…いけるさ。少し待っててくれ、一緒に出よう。君は?」
「もうこのまま――着任挨拶だけだからな」
古代が、「片付ける用意をしておいてくれ」と言って奥の部屋に引っ込み、谷崎が頷き、
古代の手招きに従って一緒に奥へ入っていく。部屋には佐々と室井が2人、残された。
ここで待たせてもらうよ、そう言って再びソファに腰を下ろそうとして、ふと思い
ついたように立ち上がった。
 あ――え。こっちへ来る…。
 あかりは焦った。
佐々さんとどこか行くのかな……ユキさんじゃなくて? いいのかな、でも、と思って
いたのが顔に出ていたら――恥ずかしい。
微かに笑顔を見せて。
「来て、どのくらい?」
先ほどまでの激しいやり取りからは考えられないくらい優しい声音。
「――あ、あの。3月みつきになります」
「ふぅん……バレンタインデーに、チョコやった口か」
「あ、えっ……何故それを……」焦って言ってしまうのがまだ修行が足らない秘書。
「――ふぅ〜ん、やっぱりそうか」
って……あぁっ。鎌かけられた。泣きそうな顔になったかもしれない。
 「古代が好きなのね――」
「あ、あの…大尉」――何故そんなこと。いわれなきゃならないのよーっ。
だがふと心配になって。「そ、そんなに顔に出ているんでしょうか」
くす、っと笑う。
あ、けっこうカワイイんだこの女性ひと。歳、どのくらいなのかなぁ。
司令と同じくらいか、少し下かな?
「いや――なんとなく、ね」
 佐々にしてみれば、最初に部屋に入った時の雰囲気やら、ユキが入ってきたときの
動揺ぶりや。そして配属された時期やなんやかんや。
推測するのはさほど難しいことではない。
――でも、優秀なんだね。古代が傍に置いているんだから。
「え…本当ですか。……で、でも私なんか。しょっちゅう怒られているし」
「谷崎さんに?」こくりと頷く。
 そうだろうなと佐々は思う。古代は人を叱ったりはあまりしない。
乗艦中は部下には厳しいし怒声でない声を聞く方が珍しいくらいだが、事務官にそんな
ことはしないだろう。専門職を大切にしているし、それは上長の役割と考えているから
だろうから。古代が直接、叱ったり怒ったりすることがあるとすれば。その娘が何か迷惑
をかけたか、特別の理由がある時のみだ。

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