planet icon 再会−時を経て
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35. 【再会】
−−この話は「新月の館/下弦の月」より 「奪回」
Epilogue・2 続きに当たります

 昼間の訪問者たちに喜びつつも、やはり少し疲れてでもいたのだろうか。
ぐっすりと眠っていた古代守は、微かな人の気配を感じた気がして、うっすらと
暗闇に目を開いた。慌てて動いたりはしない。
もう安全な処にいるとわかってはいるはずなのに、まだ緊張は解けず、ともすれば
意識が行き来する瞬間に、警戒で身体が硬直するのだった。――それほどに怖い
思いをしたということだ。

 ふわり、と独特の匂いがして、その影はベッドの脇に静かに近寄った。
 「父さん……?」
小さな声を出して、身体を持ち上げる。
其処には、地球防衛軍外周艦隊総司令・古代進――守にとって、誰よりも大切な
父の姿があった。
「まもる――よく、無事だったな」
穏やかで深い声がして。
その響きが耳から伝わって胸に落ちるのに、少し時間がかかった。
(父さん――父さん!)
 笑顔だか泣き顔だかわからない顔になったかもしれない。
眠気なんかどこかへ飛んでしまい――そうしてゆっくりと大きな胸に包まれると、
その腕に抱えられながら、
「父さん――帰りました」と。そうだけ言った。
「守――すまん。私たちの所為で……お前に、辛い想いをさせた」
途切れがちの声が耳元に聞こえて、その声は掠れていた。
(父さん――やっぱり泣いてるんじゃないかな)
子どもながらに、その大きな背に手を回して……怪我をしていない方の右手で
ぽんぽん、とその背を叩く。

「父さん? 僕は平気だよ――皆が助けてくれるってわかっていたし」
「……」
「葉子さん、カッコ良かったんだ。あっという間に敵をのしちゃってさ――さすが
父さんの親友」微笑むように言うのをただ、父はぎゅ、とさらに力を込めて抱き込む
だけだった。
 その両目には涙が浮かんでいたが、守はそれを察していても言わなかった。
「父さん――僕、無事だったんだから」
「……すまん」
それだけで父と子はわかりあえた。


 面会時間はとうに過ぎていたが、地球へ寄航し、庶務を済ませてすぐに此処へ来た。
公人としての自分は、この事態の中でやらなければならないことが沢山ある。
それに、人目もあったから――深夜近く。ようやく1人、隠密に病院へ来ることし
かできなかったのだ。
 無事な姿をこの目で確かめるまでは、どこか自分の一部が壊れて固まってしまっ
たようで。自分がこれほどまでにこの子を愛しているなんて――。
それは進にとっては自戒でもある。
この子をもし、こんな理不尽な暴力で失ったら――俺は壊れてしまうだろう。
だが今の自分の立場では、助けるために動くことすらできない――ただ手を拱いて、
辛い想いをしながら時を過ごしていただろうこの子を、案じることしかできなかった。
しかも。それを悟られてはならなかったのだ、敵にも――味方にも。

 やっと、会えたな――。
父と子は見つめあい、またその再会を喜び合った。
多忙な父。だがそのたっぷりの愛情は守には生まれた時から自明のもので……。
そうだ、父さんは僕がいないと何にもできないんだから。
無事にまた、会えて、よかったよ――。
 そう笑う姿を、とてつもなく愛おしく思って、また進は息子を抱きこんだ。

 どれだけ辛い想いをしたんだろう――自分の身が刻まれるような苦痛だった。
爪を剥がされた――足を折られた。
その数十倍もの痛みを、わが身に受けたいと思うほどだ。
ただ私の息子だというだけで――この子がこんな目に遭わせるために育てているわ
けじゃない。命より、大切な、守。

 「父さん?」
くすりと笑う気配があって、息子が腕の中から身体を起こした。
「ん?」
涙が残っているんじゃないかと不安になって、威厳のある顔をつくろいながら
父は返す。
「――父さんが何考えたか、わかるよ?」
ふふっ、と息子はその美しい、母にそっくりな顔で笑う。
 「なんだ。わかるものなら言ってみろ」
「――何故俺の息子なんかに生まれてしまったんだろうな、って」
え、と古代は驚く。
「それ、間違いだよ」守は大人っぽい口調で言った。
「僕。だから強くなりたい。――だけどまだ僕は力もないし、たった12歳だ。
誰にも負けない大人になるから」
「そうか?」進は嬉しいと思いながらも、困ったように笑った。
――この強さは誰に似たのだろう、とも思う。
自分より。不甲斐ない父親を慰めようと思って、この子はそう言っているのだろう。
強い子だな――。
「守――父さんを許してくれるのか」
「許すも、許さないも。僕の父さんは1人だけだし、誰とも取替えっこしたく
なんかないし、ね」見上げてまっすぐに。
 まもる――。
また古代は息子を抱きしめ、ぎゅ、と胸に抱え込んだ。

 父さんて、やっぱ大きくてあったかい。
僕もいつか。そういう風になれるかな――。
あぁ。お前はもっと、大した男になるよ。父さんが保証するさ。
そう? ならいいな。――それで、母さんみたいな素敵なお嫁さん貰うんだ。
ふふっと親子は顔を見合わせて笑った。
……そりゃ大変だな。美人で、気が強くて、おっちょこちょいで。
あんな女はなかなかいないぞ。
うん、僕もそう思うよ。
 守はそう言ってまたにっこりと笑った。




 そう。あれは二度目に拉致されて――あの時は本当に危なかったのだった。
だが何故か絶対に助かると思っていたっけな。ただ自分が、その暴力と痛みに
耐えられるかどうかが心配だった。
 古代守は、無事再会を果たしたその時の、父の震える声と、温かさをふと
懐かしく思い出した。
(いつでも、父さん――貴方は私の前にいる。大切な、ひとだ)

「古代艇長。準備、整いました」
「あぁ、今行く――」
彼は制帽を手に取りながら、グローブを嵌める時にその左手を見た。
……変形したままの爪。彼はその、ギリシャ彫刻のようだといわれる顔を一瞬
ほころばせ、ぎゅ、とその左手を握り締めた。
――さぁ、行くぞ。正念場だ。
 古代守は、扉の処で待ち構えていた副官を従え、足早に歩き出す。
自分の父――古代進少将、地球防衛軍宇宙艦隊総司令を救うために。
宙域で、敵の大艦隊に阻まれ、苦戦を強いられている。

 『第6艦隊旗艦、プロメテウス、発進60秒前』
パネルに旗艦の前のドッグが開きその向こうに宇宙空間が広がるのが見えた。
「よし、続くぞ。駆逐艦エウロパ、発進、準備」
「艤装、完了」「準備完了――」
航海士と砲術長の声がかぶる。
「各部署、戦闘配備Aのまま、発進後直ちにワープに入る」 『了解』
「戦闘機隊、発進準備」 『−−準備、完了』
 「よし、行くぞ」
艇長席に立ち、部下たちを見やる――艇長としての初陣。だが、すでに歴戦の実績
を誇るこの古代の長子、守には、焦りはない。
(父さん――今度は僕が助ける番だ)
あの、無力だった12歳の頃とは違う。
だから、助ける。絶対に、だ。
 防衛軍の若鷹たち――第三次星間戦争の最中である。
「こちら側から攻撃があるとは相手も考えてないに違いない。急襲し、不意を撃つ。
迅速が作戦成功の鍵となる――心して、かかれ」
守は静かな、だがよく通る声でさほど広いとはいえないその艦橋で、そう叱咤した。
わたる、頼むぞ――)
心の中で、目の前で操舵を握る親友・相原航に声をかければ、それが通じたのか
きっぱりした敬礼が返った。彼の目も、輝いている。

 第6艦隊と、ガルマン=ガミラスの銀河系方面連携部隊は、ただちにその宙域から
ワープに入り、激戦区へ向かった。
その先に、勝利を確信して――。

Fin


綾乃
――A.D.2216頃/2225頃
Count060−−04 Aug,2007


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あとがきのようなもの

count060−−「再会」
   「新月の館」さらに大人版というか、地下というか月の裏側に当たる 「下弦の月」(★注意書きをお読みのうえ、絶対に大丈夫という方以外は近付かないでください★)で展開している、艦載機隊員たちの話。その「第三」の扉に、いくらか表世界で公開した話があります。その一つが、この三扉の主役たちである古河大地と、当サイトのヒロイン・女戦闘機乗りの佐々葉子が、古代進の長男を救う話というのを書きました。
  平和になった宇宙−−ただし三日月−新月worldは防衛軍や政府に対抗する勢力があり、常に政府側に危機感を与え続けています(ただし、この対抗勢力は緩やかな組織で、一枚岩ではないことは後ほどわかります)。その始めて表に現れた彼らが、交渉を有利に運ぶために、これまで自分たちを苦しめてきた外周艦隊総司令・古代進の長男、守を拉致するのですが…。という話。
  拉致事件そのものがメインではないので、ここでの主役は大地と、守。その後日談でもあります。
  もちろん、短編として、これだけお読みいただいても、ほのぼのしつつ、強い絆と信頼で結ばれた進−守親子の姿が読んでいただけると思うのですが。いかがでしょうか。

 

背景画像 by「一実のお城」様

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