planet icon ヤマト艦長- The captain
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41. 【ヤマト艦長】


(う〜。いったい何だってんだよっ)

古代進は珍しくイライラしながら防衛軍本部の中庭でタバコを吸っていた。
地球の英雄――。愛嬌があって不器用でカワイくて放っておけないわ、と女たち
に言われる彼ではあるが、存外にクールで、必要以上の話もしなければ勤務中は
表情もあまり変えない――ように努力している(らしい)。そういった意味では、
“地上に居るときの方が緊張してんじゃないか”というのは、彼と共にふねに乗る
部下たちの言である。だからそんな姿を中庭に晒しているというのは珍しいわけ
で、注目を浴びていることに気づいていないところも彼らしい。

 島大介と真田志朗が呼び出されて行った、というのを聞いてから、その内心の
イライラはますます強くなっていた。
――まさか、“乗せない”なんてことはないだろうと思うのだが……自信はない。
先般も火星ラインの防衛機構の構築について、先任参謀とやりあったばかり。
先月には金星のエネルギーパネルの設置と太陽観光の民間要求に対し安全性の
部分で疑問を呈して、
「古代艦長、それは考えすぎじゃないですか」
「ヤマトの英雄ともあろう人が、臆病風ですか」
など揶揄され、挙句、押し切られてブチ切れ――始末書を書かされた。

 だが。
冗談ではない。
俺が我慢すればうまくいく、なんていうレベルのものなら、いくら馬鹿にされても
平気だが、実際に巻き込まれるのは民間人――企業の儲け主義だけ先行しても、
それをガードする民間の技術、人材はお寒いことこの上なかったし、ちょっと厳しく
すりゃ、すぐに「人権問題だ」とか騒ぎやがる。
皆が思うほどに宇宙は安全でも快適でも――既知のものでもないのだ。
それを無視して開発や開拓を進めれば――どこかで綻びが出る。
そう思っての進言なのに……まったく皆、危機感がない。

 ぶつかった相手が悪かった。
 別に出世したいと思ったことなんかない――だが。
ヤマトが戻ってくる、というのに。そこから外されることだけは、勘弁して欲しい。

――艦長代理、なんていう中途半端な役職でずっと来たから、これまでヤマトは
エマージェンシーのための独立艦隊だったから。それは、白色彗星以来ずっと。
だから。きちんとした艦長を置いて、その艦長になる人が――前に艦長代理なん
て名目で艦を統べていた俺を邪魔だと感じたら……ヤマトといえど、俺のいる場
所はない。

戦闘班長でいい――いや。別に1砲術士官でも、1戦闘機隊員でもいいんだ。
指揮官をやりたいなんて贅沢はいわないから――ヤマトに乗せてくれ。
これ以上に何かを切実に願ったことは数えるほどしかない、という程度に、古代
進は焦っていた。

 そう思い始めると思考はどんどん暗い方へループしていく……のは進のくせの
ようなもので、いつも森ユキは呆れて
「古代くんって自分で自分を追い詰めちゃうんだからぁ……遊ぶのやめなさい」
ということになるのだが。
 その森ユキにも、どうやら辞令が出るようだったし。

おーい、俺だけ置いてけぼりかよ。


 中庭では真田さんと待ち合わせていたのである。

だが、なかなかやってこないうえに、陽はだんだん翳ってくるし――打ち合わせ、
長引いてんのかなぁと空を見上げた処へ
「艦長代理――」と珍しい顔が近づいてきた。

 古代はそちらへ顔を上げて、「おう、加藤。元気だったか」と言った。
「お久しぶりです」
相変わらず、穏やかで翳りのない笑顔。
兄の三郎は、まるで太陽みたいな男で、いつもエネルギーを発散して騒いでいる
雰囲気があったが、この四郎は、どちらかというと穏やかで、明るいのは明るい
のだが、春の太陽という感じ。和むヤツである。

 そういえば。
「辞令――もしかして、出たんだろ」
「早耳ですねぇ」
にっこりと笑った。「来週から、行けって――」「そうか」
「…え? それって、古代さんは?」
「いや、まぁ、俺もな……」
「あぁびっくりした。久しぶりにご一緒できますね。――戦闘機隊の人選も最終
段階ですし、またご相談にあがりますよ」
と張り切ってぺことお辞儀をし、また「じゃ」と去っていった。

 あーあ。
古代進はまたため息をつくと、いつの間にか短くなっていたタバコをそのまま消
して、捨てた。そこへ、連絡。
『古代、悪い…』「真田さん」
『急用なんだ――また明日、連絡する』「は、はい…」
 真田の“急用”なら仕方あるまい。久しぶりに夕飯でも、と思ったのに。
ユキはユキで、新しい仕事が沸いて出ているらしくて、今日も多忙で遅いのだそうだ。

ちぇ。

 仕方なく立ち上がりながら、誰かでも誘って飲みにいこうか、など思ってみるが、
…思いつくやつは皆、ヤマト関係者で。今、連中に会うのは傷口をほじくり返すだけ。
だいたい、「まだばれてない」なんていえないではないか――加藤だって、
俺のこと上官扱いしてたし……誰だってそう思うよな。



 ユキからも、「ごめんなさぁい、遅くなりそうなの。先寝ててね」などという連
絡が入り、古代は仕方なく外食して帰宅した。

――ふぅぅ。ヤマト、か。
テレビのスイッチを入れる。
先日の太陽観光船の事故について報道していた……。あれは悲惨だったな。
(え?)
古代は一瞬、鋭い目でそれを眺める。
(握りつぶされたか……)
 人工物による被弾……回収に向かった俺は、その可能性を示唆したレポートを
提出した。遺体も発見できず、だが明らかに。単純な事故と片付けてしまうには、
不可思議なことが多すぎた。ボイスコーダーは回収できなかったのだが、、果たし
て上層部はなにを考えているのだろうか。こんな処にも不安が宿る。

(やめたっ!)
 ごろんとソファに寝転がり、天井を見上げると。

珍しいことだが、脳裏に様々な宇宙が浮かんだ。
――俺はやはり、地上にいると“おかに上がったうお”だな……。

ユキが愛しい。大事で――傍にいてやりたい。いや、傍に、俺がいたいんだ。
戻ってはまた宇宙うみへ出て行く俺と、地上で忙しくそれを待つ彼女。
いつ、結婚しようか、いつ、その彼女と家族になろうか。
共に暮らしながらも、傷をゆっくり癒しあいながらも、時の経るのを横に聞きながら。
たしかに宇宙うみに居れば地球と、彼女が恋しい。引力に引かれるように――夜
ごとその面影を追いながらも。

だが。そんなに恋うるはずの地球ほし−−地上に戻った途端、星の海を魂がさまよう。
俺は、どうしたんだ。いったい、どちらに魂引かれているのか。
…そうやって生きていくのだろうか?

ヤマト――か。今の地球で、象徴であり特別であるふね
次に艦長になるのは誰だろう――沖田さんや山南さんに匹敵する人。
俺たちが魂と命を預けられる人ならいいが……またそうでなければ、死んでいった
連中が許しはしないだろう。

 思考がどこか抽象的になって、古代進は自分がそれに乗れるかどうか悩んでい
たことも忘れ、微笑みながら眠ってしまった。
――ヤマト、ね。
俺のふねだ。


 翌日−−。

 午後、本部への出頭を命じられた。
「古代進、入ります」
今はどこの艦の所属でもない。イオ、ゆうなぎ、あさかぜ、メシア。
乗った艦は中堅どころの駆逐艦から偵察艇、探査艇まで大小さまざまだが、その
ほとんどに艦長か艇長勤務である。だからか、どこに行っても古代の名称は「艦長」
または「艦長代理」だ。前者は一般に。後者はもちろんヤマトの関係者たちが。

「入りたまえ――」
声に入室すると、藤堂長官が居た。
よく来たな、と言われ懐かしい想いがある。トップに君臨する長官と、1士官にすぎ
ぬ古代――親しいようではあるが、ふだん顔を合わせるような階級同士ではない。
ヤマトを中心とする動きが出たときのみのつきあいでもある。

「古代進。――宇宙戦艦ヤマト、艦長を命ずる」

 え。

一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 か、艦長? 俺がですか!?
ゆっくりと頷く長官。

地球に再び危機が迫っていた。
「太陽が膨張しているという説がある――君は地球連邦大学のサイモン教授を知
っているかね?」
高名な方で、その実践的実証的理論は、地道に多くの実績を上げていた。
 話を聞くにつけ、古代の胸の中には不安と、困惑が渦巻く。
 「しかし――」
俺に出来るのか? ましてや。こんなときに――こんな場面で。

「まだ若いのは承知で――反対があったのは確かだよ」長官は言った。
時間がかかったのは、その所為。根回しと、フォローの仕組みと。
「だが、君に…君たちに賭けてみようという者もいないわけではない」
 ヤマトと共に戦士になり、数々の危機を乗り越えてきた。そのチームワークと
想いと。勝負強さを……いまさら上に誰かを引き抜いて置くのではなく。
生え抜きの君と、君の仲間たちで。

 助けてくれる者を紹介しよう、という長官の前に現れたのは。
「島。真田さん――」
 ここに古代進ヤマト艦長と、真田・島両副長が誕生した。

「出来うる限り――命に代えましても。務めさせていただきます」
「いや……生きるために。われわれが生き残るために、君に預けるのだ。期待し
ているよ」
「はっ」
 3人はがっちりを握手をし、来るべき時に向かうべく闘志を高めたのである。



 「ユキ――知っていたのか」
その日、官舎じたくへ戻ると、一足先に戻っていた森ユキに、古代は問いかけた。
ユキは答えず、いったん奥の部屋に入ると
「進さん、こっちへ」と言った。
「後ろを向いて――」
古代がわけのわからないままそうすると。
ふわり、と肩に温かい重みがかかった。
え、と見返す。
「新しい制服――艦長のね」
今日届いていたわ、とまだ真新しい匂いのする重い濃紺の制服。その上に、真っ白
な制帽。縁に入る赤と黄色のラインが目に眩しい。
2人に、懐かしい沖田艦長への想いと、新しい緊張感を与えていた。
 戦闘班長兼任――という、あまり常識的ではない人事だから、通常の赤い矢印の
制服の上にこれを羽織るのだろうけれども。

「着てみて」ユキが言う。
それを見やって――ゆっくりと、肩にかけられたそれを外した。
 「いや…やめておこう。まだ、もう少し」時間がほしい。
この重みを受け止めるための――島や真田さんと今日確認しあったことについての。
ヤマトという艦の、艦長という処に身を据える自分というものを。
受け止め、考え、覚悟してから身に着けたい。だから。
「しまっておいてくれ。乗艦の時は、着るよ――」
そう言った意味を、ユキは少し困ったなという顔をして、だが「わかったわ」と
言った。
 ユキ――君は?
「以前と同様、生活班長と策敵オペレータを務めます、艦長。第一艦橋任務です」
少しおどけた調子でそう言い、古代に笑いかけた。
そしてすっと近寄って肩に手を置く。

 「進さん――」
ん? と振り返って。
「貴方が何を悩んでいるのか、わかる――でも。本当は喜んでいるということも、ね」
「ユキ――」
「でも。ヤマトじゃないの……それに」
とユキは静かに、言った。「貴方は、貴方よ――古代進。ヤマトの古代」
微笑んで。

 ヤマトの古代進だ。皆が、貴方のためなら命を預けるわ――しばらく私の、私
だけのものじゃなくなるのは寂しいけれど。



古代進は正式に、第3代宇宙戦艦ヤマト艦長に就任した。

その旅にはまた、大きな試練が待ち構えている。
西暦2203年。
太陽の黒点が活発化し、地球はまた新たなる危機を迎えようとしていた――。




――Fin
before「ヤマト3」、A.D.2203年

綾乃
Count004−−25 Oct,2006

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古代進&森雪100のお題−−新月ver index     
あとがき、のようなもの
現在のデータ
Count 001 No.57 コスモゼロ (「コスモ・ゼロ」に改題)
Count 002 No.100 誕生
Count 004 No.41 ヤマト艦長

count004−−ヤマト艦長
「ヤマト3」が発表された時、私はアニメからは離れた暮らしをしていました。
どう生きよう−−何になれるだろう。まだ右も左もわからない学生。高校から大学へ
そして社会へ出ていく。その中で、古代進が艦長になる!? というのが、それだけで
どれほど嬉しかったことでしょう(<どんなんや?)
でもそれは周りのこと。本人はどうだったのだろう。悩み苦しみながらも
やっぱり自分はヤマトの正統的継承者である、という自負があったように思います。
そして島がいて、真田がいる。
私は「ヤマト3」が好きです。
辞令−乗艦−準備−出発と、極限状況で戦艦に乗り組む彼らのドラマが垣間見えるこの時期を、この先ももう少し書いてみたいと思っています。

もともと自サイトの「100」用に書き始めていた話でしたが、こちらに置いた方が
ずっと自然な気がして、途中で変更。少し長いですが、気に入っています。
・・・ちなみに、書きかけの003の方があとになってしまいました。ご容赦。

また時々覗いてみてやってください。

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