sky icon 女神の微笑

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【女神の微笑】

−−A.D. 2205年頃、地球
:古代進&ユキ100 No.42「女神」
「ライバルa」より転用




(1)

 「森さんっ」
昼休みになろうとしている局内で、長官付き秘書室に勤務する森ユキは、通路を呼び
止める声に振り向いた。
「風間くん・・・?」
「はいっ。先日は、ありがとうございましたっ」
ペコリと頭を下げる。
(ありがとうって……)
 秘書室から全員の名前入りで、各部署にバレンタインのチョコレートを配った。
中でも今年入局して、直接かかわりのあった子たちには、一言励ましのメッセージを
添えた。
「ユキもマメねぇ。そこまでやらなくっても」
同僚の泰子たいこにはそう言われたけれども、 ユキとしては有望な新人くんにはがんばっ
てもらいたい。人事情報をも扱い、また時々訓練学校の教官も務めることのあるユキ
にとっては、新人たちが現在の所属部署でどのような活動をしており、その後どのよ
うな成長をするかの追跡フォローも役目のうち、と考えている。
――だってね。古代くんもいつもそう言っているわ。
元ヤマト乗組員は基本的な処、皆そういった傾向にある。
人材不足の時期が長かった。そして、地球を平和のまま、そして宇宙を守っていくた
めには、それなりの人の質と、量が必要だから。
そういう人たちは大切に心込めて育てていかなければならないから。
厳しい実戦を経験してきてしまった世代として、それは当然の義務だと考えている。
 だから。
ユキにしてみれば、“皆にしていること”でしかない。

「お返し、させてください」
 その様子を、通りかかった泰子が見て、あぁら、という顔をした。
(やっぱり、誤解するやつ、出てくるわね――)
 自分だけ特別に、好意を持ってもらっているとまでうぬぼれなくとも、「目をかけて
もらっている」「名前を覚えてもらっている」程度にはうぬぼれる。
――だいたい、訓練学校をトップで出てきた戦闘士官なんて、自信過剰気味じゃな
い方が珍しいくらいなのだ。
 もちろん、誤解というわけではない、風間巳希かざま・みきとしては。
 森秘書官が、先任尉官として恋人である古代進の後輩であり、同期トップで
入局してきた自分の去就を気にかけてくれているのは、先輩として、だということも
自覚している自分である。
だが。これは“チャンス”じゃないか。
やはり、最初のインパクトが強すぎた。


 入局して最初の任官の時に、1人ずつ名前を呼ばれて、辞令を受ける。
その、長官の真横にいて、実際にそれを手渡してくれたその女性ひとを見たとき――。
“一目ぼれ”というのは、あぁいうのをいうのだろうか。
 風間は面も悪くないし、森ユキが注目したほどの成績を上げている。学生時代か
ら、ともかくモテた。女性には不自由していないし、将来を見込んだ“青田買い”で、
声かければたいていの女は断らない。だから、GFもいたりもしたが……。
それらがすべて吹き飛ぶような、衝撃だった。
 「なぁ…あの女性ひと
辞令をぼぉっと受け取って列に戻り、早耳の同期に耳打ちしてみれば。
「あん? 森さんか? 初めて現物見たけど、美人だよな〜」そいつもうっとりと囁き
返す。
「森さん、て」
「森ユキ――彼女が例の、“ヤマトの女神”だ。入庁早々、ご尊顔を拝せるなん
て、俺たちラッキーだな」
「…あれが」
 当時のユキは、結婚を間近に控えて、というわけではなかろうが、しっとりした落ち
着きも見せ、従来の美貌の上にますます魅力が増していた。
庁内でも相変わらずファンは多く、彼女をひと目見ようとする輩は相変わらず少なく
ない。登退庁の時刻に玄関で張ってるやつや、用もないのに秘書室近辺へ出かける
やつ、ランチタイムを狙うやつ。ともあれ人気抜群なのである。
 それから、何かにつけユキが目に留まる。
卒業生の中でも希少な「直接本部勤務組」となった風間は、もちろん研修期間中は
世話になったし、仲間たちに羨ましがられながら、ユキと直接業務でやり取りすること
すらあったからだ。
 そうして、3か月を終え、配属は隣の部署。さらに3か月が過ぎて、もうじき半年に
なろうとしている。

 「ふぅうん、風間くんて有能なのね」
隣のディスプレイで情報を検索して川添泰子がそう言った。
「何よ、泰子」ユキは少しおかんむりで、先ほどの会話を思い出していた。
「そう、優秀――」
戦闘士官コース砲術班、つまり彼女の婚約者で現在は最年少の艦隊司令になる
だろうといわれる古代進と同じ道を歩いてきた後輩、である。
「…すぎるのよ、ね」と苦笑い。
 優秀故に、基地や外惑星配属とならず、エリートコースを歩むべく本部の統括局
などに配属された。
現場で苦労などしなくてよい、管理とシステムを学び、現場の連中の上に立ってく
れ、と。妙な知恵をつけて、扱いにくくならないように、とでもいうのだろうか。
 以前の北野哲が辿ろうとしたコースだ。
土門竜介もそう設定されたらしいが、こちらは本人が性質として合わなかったよう
で、またすぐに地球の危機が訪れたため、即戦力として実戦に投入された。結果
として、現在は有能な戦闘指揮官としてのキャリアを磨きつつある。
(でも、今は――)
ユキはため息をついて、泰子の隣に立った。
「ヤマトがあるわけじゃ、ないのよね――」
こくり、と頷く泰子。彼女にしてみても、ユキの言うことの意味はわかっている。
現場を知らず、情報の処理能力と実務能力だけが高い官僚的な指揮官が増えて
いく――またそれは一部の人々の望みでもあるだろう。
これ以上、古代進のようなカリスマを出さないために。
南部康雄や相原義一のような、“扱いにくい”重鎮を作らないために。
 本部が“純粋教育”を施したい人材、ということなのだろう、風間は。

 素直で、まるで子犬のようにユキにまとわりつく――美少年系の若者。
その一方で、現代っこらしい計算高さのような、生意気さも併せ持つ。
やっぱり頭いいのよね、と思うこともしばしば。
「森さんには、素敵な彼氏がいらっしゃるのですから――お邪魔したいというわけ
ではないんです」
にっこり、邪気のない(ような)笑顔で目の前に居られて
「でも、その彼がいらっしゃらない時間て長いでしょう? その一部くらいは、割いて
いただくわけにはいきませんか?」
少し困ったような顔をして見つめられると、弱い。
 「お礼したいだけですから、バレンタインの……」そう柔らかく念押しされて。「ホ
ワイトデーのお返しは、男の甲斐性です」とまで言われてしまうと。
……そういえば。進さんは何も言ってなかったわね――お返し、なんてするつもり、
あるのかしらん、とユキは古代に想いを馳せた。
今頃は、アルファ・ケンタウリの海の中――のはずだったのに、何故か、土星。
最近、多いのよね〜。あの空域になにかあるのかしら。
でも今回の任務は“回収に行くだけ”って言ってたのに――いつ帰れるかわから
ないって、どういうこと…。
ぼぉっとして、何か妙な答えをしたのかもしれない。
 「本当ですか。じゃ、お約束しましたよ、お食事――奢らせていただきますから、
ばっちり」
は、とユキが気づくと、いつの間にか風間の調子に乗せられて、うかつな返事を
していたかもしれない。
「3月14日で良いですか?」
「え? …あ、その日は」
「古代さんご帰還ですか?」
――え? もう、いいわよっ。そういえば何の約束もしていかなかったし。14日に
は戻れないかもっていうことらしいから。いいわ、せっかくだしっ。
 何事も、勢いとタイミングというのはあるわけである。


 
背景画像 by 「一実のお城」様

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