たったひとり
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【45. たったひとり】


 古代進は、艦橋の手すりに立ち、宇宙空間をただ1人、見つめていた――。
デザリウムを滅した。
もはや重核子爆弾の脅威に怯えることはない。――そして、地球のそれも解体され
たという。……しかも、あれほど絶望の末に生き延びた、大切な女性ひとによって。
戦いを潜り抜け、生き延びていた。その、凄絶な時間ときを――よくぞ。
 苦い勝利に沸く艦内――すべての時が過ぎ、いま、束の間の眠りに就いたヤマト。
暗い艦内に、目覚めている者は、当直以外は、おそらく他にいまい。


 「兄さん…」
く、と手すりを両手で握り締めた古代進は、肩を震わせるとぐっと唇を噛み締め、
再び目の前の…向こうに広がっている宇宙空間を眺めた。
(――兄さん。ごめん…俺、何にもできなかったよ…)
進の頬から、涙が零れ落ちた。

 ヤマトは地球へ向かっている。――デザリウム本星を破壊し、また多くの人の
命を奪った。
中でも、自分の姪であり、自分を慕ってくれた澪=サーシャを失った。
戦いはまだ終わったわけではないが、地球でもパルチザンが活躍し、重核子爆弾を
解体したと……ユキが。長官が、報告してくれたじゃないか。
 だけど――。

 ユキに会いたい。
ユキ。
彼女だけが、もはや俺に残された全てだ――。
(兄さん。サーシャ…)
喪われた命はあまりに重く――俺はまた手を血の色に染めて、地球へ帰る。
これは……ヤマトの宿命か!?
 ユキ――。
 俺はこの手に、君を抱く資格なんか、ない……。

 たったひとり。

 宇宙の真ん中で、行き場をなくした俺。
愛しい者を守ることすらできず、その愛しい者たちに守られて。
ようやっと、任務らしきものを、形ばかり勤め上げている――名と、実の、こんな
に違う姿。
血塗られた殺戮者。部下の犠牲、愛しい女の屍の上に生き延びてきた自分――。
地球は……上層部は。そんな俺を“ヤマトの古代”と呼ぶ…。
(嘘だ。ぜんぶ、欺瞞だ。でたらめだっ!!)
(兄さん――兄さんっ。サーシャぁ!!)

く、と体を伏せるようにして、嗚咽を抑えた。
 そのまま、内側から慟哭のままに沸きあがってくる感情に身を任せ、ついに瞳が
曇り、その瞼の淵から水が溢れる。
進は、その涙を拭おうともしなかった。
 ただ、虚しく時が過ぎ、様々な場面シーンが、胸をえぐり、眼前に展開する。
(兄さん――俺は。俺、は……)
ヤマトは、血塗られたふねか? そして、俺は。
俺故に、そうなのか? 絶望と、孤独。
古代の目には、ほの暗い明かりを示す宇宙の星々すら、映ってはいない。
闇の中を――1人。




 ウィーンと、扉の開く音がし、古代進ははっと気持ちを引き締めた。
誰だ? こんな時間に。
気持ちを咄嗟に押さえ込むのに気力を振り絞らなければならなかった。
涙の跡――また、皆に心配をかける。
 「――古代、此処にいたのか」
柔らかな、それでも厳しい声がして、島大介が大またに艦橋へ歩み入った。
少し眠らないともたないぞ、と軽口を叩きながら。航海日程のことだがな、と前置
きして。
「……少しでも早く戻りたい処なんだがな。エネルギー値が思うより食っていて、
数日、余裕をもらえんか。ワープディメンションをかけるのは、辛い」
「…あ、あぁ…」
「怪我人も、いることだしな――」
重症の者は早く地球へ戻したい反面、負荷のひどいワープを続ければそれだけでも
症状が悪化する。いつもそのせめぎ合いは帰路の一つの課題だ。

 「古代――」
島の口調が変わって、柔らかい響きを帯びた。
は、と前を向いたまま見なかった顔を上げると、柔らかな瞳が見返していた。
――もう随分昔に見たきりだった、こいつの こんな表情かおは。
「……お前の所為では、ないぞ」
重い腕が肩にかかり、そこから体温が伝わってくる。
「しま……」
「俺たちは、できる限りのことをやった……」
島の柔らかな声が胸に染みる。
 まぁ、いつも、そうやって自分を納得させていくしかないのだがな。
古代。お前の辛さは――誰も代わってやれない。
お兄さんのことも……サーシャのことも。
辛かったろうな……。
 島がそんなことを言うのを聞いたのはいつ以来だっただろう。
 「真田さん、が――俺、以上にきっと」
辛いだろう、と口には出せず、進は顔を逸らせ、また拳を振るわせた。
(それに、俺は。――あんな場面シーンで、自分の感情のために、皆を破滅させる
ところだった……)
「俺は……資格なぞ――無い……」
ぽん、と大介はまた肩を叩いて、わかっている、とでもいうように。
「……誰だって、そうなる――」
それに。
それが、古代という男だろ、と言葉にしない島の言葉が、
古代に通じたのか、どうだったろうか。
「――これで、航海日程を組みなおす。2日ほどユキに会うのは
遅れるが――まぁ、勘弁しろ」
努めて明るくそう言うと、島大介は進に背を向けて、また艦橋を出ていった。

(古代――お前は1人じゃない。……お前の孤独は癒せないかもしれないが。
俺たちだって、いるんだからな)
 そして。
あの戦いを生き残って、ユキが待っている。
ヤマトは、希望を連れて帰るんだ。
その、ヤマトの“希望”そのものなんだから、お前は――嘆くな。古代――お前
が苦しむことはないんだ。
その苦しみは俺たち皆のものだから。

 姪を、愛する少女を失い、ましてや手に掛けたかもしれない慟哭は、誰も
代わってはやれない。
 古代さん――守さんを失った辛さも、代わってはやれない。
 だが古代……ユキの手まで、離すなよ。




 島大介が去った艦橋で、古代進はまたじっと佇んでいた。
サーシャ……兄さん……本当に、幸せだったのか?
本当に、それでよかったのか?
 自分は一生、問い続けるのだと進は思う。
それを、許してはいけないのだとも。
だが――たったひとり。
俺は、此処にいる。――此処に、立っている。
 仲間が、魂の友。彼らがいてくれることはわかっていても。
 果たして俺は、ユキの手を取れるだろうか? ――だがもう。失なうことなど、
耐えられはしない。どんなに我欲だといわれようが――皆への贖罪が果たせなかろ
うが。
俺はユキの手を、ユキに会うまでは。生きていることはできないのだと。
改めて古代進は、慟哭の中で感じていた。
 (ユキ――)
待っていてくれ。
今、帰る。

 
− ★ −

ヤマトは、地球へ向け、明日の新しい世界へ向け、宇宙を行く――。

Fin
綾乃
――「永遠に…」帰路
Count0xx−−(10 Dec, 2007)(23 Mar, 2008)

背景画像 by 「幻想素材館Dream Fantasy」様

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古代進&森雪100のお題−−新月ver index     
あとがきのようなもの

count0xx−−「たったひとり」
 最初は、兄を亡くし、天涯孤独になった進の話でしたが…。これは、もう1本、書いているうちにNOVELになってしまった、『永遠に…』のside story、「祈りを込めて」の短編バージョンです。No.10「不安」にもつながっていき、また、本編NOVEL「Eternity2」でも、ユキを守るために奔走する古代くんの、唯一、自分に対しての迷いを表に出した時間。…古代進は悩み深い青年です。苦しみ、迷い、悩み。ですが、うちのworldではなかなかそれを表に出さない。「やるべきことを、やれるだけ」それに注力してしまっているようにも見える。だけど、悩まなかったはずはない。苦しまなかったはずも、ないでしょうね。
 「祈りを込めて」は島くんが主役で描いた『永遠に…』です。その続きともいえるこの短編ですが、お読みいただき、ありがとうございました。

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