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048. 【若い人】

(1)

 「おかえりなさい」
 扉を開け、どさり、と上着を放り出すとソファに座り込む古代進。
「ただいま…」
ふだんなら満面の笑みを浮かべ妻を腕に抱きしめる夫が、そのまま座り込むと、顔も
上げずにそう言った。

ユキは古代の横に座り込み、覗き込んだ。
何も言わないまま古代はその腕にユキを包み込んで、頬を摺り寄せる。
 「何か……あったのね」
「……なんでもない……だけれど。ユキ……」
苦しそうにそう言うと、抱きしめ、キスをし、その温もりをむさぼった。
「古代くん……」
 こんな顔をする時は、あの頃のように――ヤマトの仲間でいた頃のように。そう
いう風にふと口を次いで出た。
「こだいくん、か…」
ふっと古代は笑い、また深くユキを抱きこむと、その肩に頭をつけて肩を震わせた。
ユキはその柔らかな指で髪を撫でる。しばらくそうして体を預けていたが、そのまま
首筋をついばもうとして、ユキはくすぐったくなって身じろぎした。
 やん、だめ。進さんたら――。
 ふっと古代に笑みが漏れる。  あぁ、そうだな……柔らかな息がかかり、そのまま首筋から頬へ唇が這って、キス
をした。
きゅっと抱き込むように。そしてついばむようなキスを何度か繰り返すと、やっと
体を離し、笑顔になって、ユキの顔を見た。
少し、ご機嫌直ったみたい?
ユキが見つめ返すと、少し笑って、古代はまた深いため息をついた。
だが表情はもう曇っていない。――飯にしようか。待たせちゃったね、そう柔らか
く言うのを聞くと、ユキは立ち上がってキッチンへ行った。


 訓練学校でのことだ。
 現在、古代進は短い期間、就航している艦のメンテナンスの間、宇宙戦士訓練学校の
短期講師を務めている。
今期最後となるテストで、上級へパスするか、もしくは留年か。
あるいは諦めて別の途を辿るか――戦士の道は甘くはない。
「このシミュレーションのクリア点は、65! 内容はさして複雑ではない。全員、80は
取れよっ!」
古代の激に「はいっ」と元気に答える若者たちの群れ。
最近は戦闘班にも女性戦士も増えてきており、それぞれ得意の分野を異にするだけ
で、遜色はない。それよりも――平和な地球。
宇宙へ出る、というとりあえずの方法と、開拓・新興・技術多くの分野に訓練学校
出身者は優遇されたため(当然である――宇宙では何が起こるかわからないのだ)、
その目的で、防衛という概念を外れたまま入学してくる者も増えていたのだ。
 そんな中。

 「お願いしますっ! もう一度、やりたいんです!」
「顔洗って出直して来いっ! こんなスコアで次へ行かせるわけにはいかん」
彼は熱心な学生だった。いつも授業中は真剣な顔で前を向き、教練にも手抜きはし
ない。
だが――。
(人には向き不向きというものがあるだろう…)
才能に恵まれ、それ故により厳しい前線へ送り込まれてきた自分からしてみれば、
理解不能なところがないとはいえない。多谷というその学生とその仲間を含む3人
は、どうしても“劣等生”と呼ばれるのを免れなかった。
 「実技の成績が良くないんですわ」
熱心なわりに…と、目に付いたので専任教官に話すとそういう答えが返ってきた。
「学科もさほど優秀というわけではないのですが、落第点は取りません。一度ダメ
でも熱心に取り返してきますからね」
「それほどのやる気があるのなら、なにかほかのことで伸ばしてやれば良いのでは」
古代が言うと、その教官もため息まじりに
「そうも言ってみたのですが――なにぶん本人が。ほかにやりたいことなどない、俺
は宇宙戦士になりたいんです、の一点張りで」
いま時珍しいほど宇宙へ出ることと、地球防衛に燃えているのだという。
――貴方をとても尊敬しているんですよ。
彼はさらにそうも言った。

 だが古代は妥協する気はない。

 訓練学校へ入ってくる学生の目的の半分は変化していたとしても、得なければな
らない技術や能力、そして知識は変わることはない。ましてや自分たちが戦いや旅
の中から学んでいったことがすでに実践教科として組み込まれ、さらなる地球の未
来のため、彼らには受け継いでいってもらわなければならなかった。
 目的は何でもよい。
 能力を得て、適材適所に人が配置されていく――でなければ。
こんな進化した世の中でも。宇宙は危険に満ちていた。
(身につけなければ、死ぬのだ――もしくは)人を、死なす。



 「古代教官せんせい! お願いします――俺、どうしても。どうしても宇宙戦士になりたいん
ですっ」落第を出したその、話題の学生が通路を歩いていた古代の前に立ちふさがり、
頭を下げた。頬は紅潮し、泣かんばかりだ。
「追試を出したはずだ――次でクリアできなかったら、温情はかけられん」
冷たいようだが。
そう言い切ると、すがりつくようにした彼にそう言って立ち去ろうとした。
「もう、後が無い――」
「もう一度チャンスをやったはずだ。それがクリアできないのなら、宇宙へ出ても、
使い物にならん」
冷たいだろうか? 厳しいだろうか。
 だが。
 わかってくれ。
まだ若いのだ――可能性は、あるだろう?

 そして、多谷たち3人は、3科目で落第し――進級できない。3か月後の再試験に
通らなければ、放校と決まった。



 ユキ――俺が間違っていると思うか?
 確かにいまどき、あんなにやる気のある若者はいない。もし新人で入ってきたら、
良い影響を及ぼすだろうな。だから、好奇心もあり、体もよく動く。
「だったら――」
「だが」古代は言う。「俺の部下に欲しいとは、思わんよ」
 俺だけじゃない。誰も採用しないだろう。

無能なものを連れていけば、共に組んだ者が命を落とす。
本人も、生き残れはしない。――宇宙に出るには実力ちからが必要なのだ。
俺はそこで、妥協などするつもりはない――。
俺たちは、自分や部下だけではない。民間を――地球の人たちそのものを守らなけ
ればならないのだから。自分が精一杯な者に、それすら覚束ない者に、何ができる?

君だって、わかるだろう。半端な訓練しか受けずにヤマトに乗った者たちが、どれ
ほど苦労していたか。戦闘班や、それ以外の者たちに面倒や苦労をかけたか。
「えぇ……そうだったわね」
ヤマトの乗組員は、バランスで構成されていた。時間もなかったからだ。
そういった者たちはまた別の能力を持っており、どこかのシーンで突出した能力を
持っていた者ばかりだったともいえるのだ。

 でも。
 貴方は悩むのね――。
ユキはゆっくりと古代を包み込んだ。
ねぇ。
もう何もかも忘れて、眠りましょう。
明日はお休みなのでしょう? お買い物に行こうって約束していたじゃない?
ゆっくり温めあいながら、新しく出来た街路樹を散歩してみようって言ってたわね。

「あぁ、そうだな――彼らの問題は、自分で解決するしかないんだもんな」
「そうよ。貴方だって、そうやって生きてきた。人一倍努力もしてきた。
才能だけじゃなかったでしょう?
小さな体で、苦しみながら、努力したのじゃないの。
何も――手加減することも、そこで心苦しく思うこともない」
 ふっと古代は息をついた。
「――ありがとう、ユキ」
 そして2人はそのまま、温め合うように腕を絡めた。
古代の熱い息がユキの頬から首筋をくすぐった…。

 雪が、ちらちらと降り始めていた。




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