planet icon チョコレートの日
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62. 【チョコレート】

 「ねー、なんでチョコレートなの?」
朝、息子の守が意を決した、という顔をして、母親の顔を見上げて言った。
くすりとユキは笑って
「そうねぇ。昔の人がね、愛情っていうものはとても大切なものだけど、きちんと
伝えないとわからないのよ、っていうのを教えてくれた日、かな」
「えー? 言わなきゃわかんないに決まってるじゃない」
守の物言いは生意気で、しかも現代っ子である。
「そうね。…でもね、言ってはいけないという時代もあったし、昔は女の人から告白
するのは勇気のいるものだったのよ」
「えー、そんなの嘘だ〜」
 なんだか納得しない表情のまま、守は帽子をかぶると、お出かけ用意終わり、と
言って、玄関に立った。
いつものように、ちゅ、と頬に母親のキスをもらうと。
「あのね、ママね。僕、今日は“ゆーううつ”、な日なんだよ」
息子の高さに目を合わせて「あら、どうしたの」そう答えるユキは膝をついて自身
もすでにでかける支度を済ませている。
「ゆうなちゃんと、さやちゃんと、ココちゃんがね」「え?」
「なんだかね。チョコレートくれるんだって」
「でもね」と守は口を尖らせて。「だれのがいい? て言うの」
あらまぁ良かったわね、とユキは言うが、守はううん、と首を振ると
「ぼくね。みぃんな好きだから、困るんだ。好きだから一緒だし、いいでしょ、と言った
んだけど、3人とも“なっとく?”しないんだよ」
「あら、まぁ」
「それで。とにかく、今日は、チョコレートの日なんだからって」
 守はまだ出かけるのを躊躇しているようだった。

 扉の外は明るい青空が広がっている。今日は、良い天気だ。
「えらぶ、ってなぁに?」 守は母親を見上げて真剣な目で言った。
「……」ユキは見返す。女の子の方がマセているわよね、それは。
「だれもえらべない、んだから。もらわない方がいいでしょ? どう? ママ」
「みんなにいただいて、平等にお返ししたら?」
「それじゃいやだっていうの。……だ、だれかを。す、すすきって言わないといけ
ないんだって、どうしてなの?」
まぁまぁ。息子はモテること――確かに父親の古代進にそっくりで、しかも柔らか
な印象のこの子は、小さな頃から目鼻立ちのキレイな、それでいて賢い子だった。
女の子にも優しくて乱暴はしない。だから好かれたし、こんな特殊な環境で育った
にしては人好きのする良い子だ。
幼稚園でも、目立つのかもしれないわね。それに妙に人に好かれる。大人も子ども
も、だ。
 「守は誰か、この人ならチョコレートほしいな、って人はいないの?」
冗談半分で母は聞いてみた。
「…いる」意外な答えが返ってくる。
「僕。ほんとうは、あおいちゃんからもらえれば、いいんだ」
「あおいちゃんって――」もしかして。
隣のクラスの先生のお名前なのでは。
「でもね。あおいちゃんは、まだしょじょ、だからダメなんだってさ」
 ユキは頭がくらくらした。
いったいこの子らは。
言ってることの意味がわかっているのだろうか?

 さぁ、ぐずぐずしていないで行きなさい。遅刻よ。ママだって遅れちゃうわ。
そういって玄関から送り出し、SPに目礼を送ると、官舎の隣の棟からわりと仲良
しの子が降りてくるのが見えた。
「あ、武人たけひとくーん! おはよー。一緒に行こうっ」
駆け出すのを、がっしりしたSPがゆっくりと追う。ここから徒歩15分も歩けば、
統合された保育園設備も待つ守たち、共働き家庭用の幼稚園はすぐそこだった。




「それで? 守はどうしたんだい?」
珍しく、早く帰宅した――というよりは、ほうほうの体で逃げ帰ってきた、に近い
夫の進が、どさりとソファに体を投げ出しながら面白そうに言った。
制服の上着をハンガーにかけようとして、あら? とユキはその違和感に気づく。
「……あぁ、ポケットに三つばかり入ってるからさ、適当にしといて」と面倒そうに。
まぁぁっ。やっぱりどうしても毎年貰ってくるのよねぇ、とユキは。最初は呆れた
が、次にはおかしそうに、そのポケットに鎮座しているそれなりに工夫が凝らされ
たに違いない包みを取り出す。
「――カードとかお手紙とかついてないの?」とユキは気を利かせた。
進は、ん? と顔を上げると、
「そういうの、まとめてこっちの袋」
スーツケースのほかにもう一つ持っていた小さなデイバッグを差す。返品を受け取
ってくれない人にはお礼もしなくちゃなので、名前の書かれてあるものやカード、
手紙類だけはちゃんと取っておく――それもユキの教育の所以だ。
 (だって! きちんとホワイトデーに“お返し”しておかないと、後でどうなる
やわらからないんですものっ)
それはユキの方はユキの方で、対処方法とでもいうものである。
 それにしても今年は多いわね。
 空いている作業テーブルの上に並べて、袋は仕舞うと
「おーい、それより早く飯にしてくれよ〜。昼飯食いそびれて腹ペコ、俺」
とソファから情けなくお願いする古代進である。
実は、女性職員・軍人たちのチョコレート攻勢から逃げ回っていたら食堂に近づ
けなくて。購買にも寄れなくて食いそびれてしまった、というのが正直な処。何故
こんな時期に地上勤務なんだよー、とシフトを恨む古代だった。
 はいはい、と言いながらユキは夫を見やる。なんとなく目が合った。

 なーユキ。
なに?
――やっぱり、君が一番だ。
ソファの背から、眺めやりながら、そんな風に言った。

 あんな連中に比べれば。もちろん部下たちはかわいいし仲間は大事だ。だけどね。
俺の好きなのはやっぱり君だけだ――って改めて思ってしまう。

 どうしたのよ、急に。
うん? ――いや、なんでも。
 ないよ、と古代は立ち上がって。
「おれ、ちょっとシャワー浴びてくる」と言った。
「その間にお食事用意しとくわ」
「守は?」「なんだか部屋にこもって悩んでるわよ」
「4歳でも悩むのか?」
「貴方の息子ですもの、女の子の好意を無視するってわけにいかないんでしょ」
と、妻はおかしそうに笑った。


 食事時。
 チョコレートの山を前に、再び息子の尊敬を勝ち得た父親である。
「うわぁ〜、パパすごい…」
子どものこととて単純に量に驚いているようだが、その質たるや半端ではない。
それぞれ工夫が凝らされているだけに、“義理チョコに混ぜた本気”を感じる作り。
その父は、「好きな人がいるんだったらあんまり気を持たせるんじゃないぞ」
と真面目な顔をして息子に言う。
「う〜ん…でもねー。おことわりできなかったの」と守。
「全部いっぺんに食べちゃいけません。甘いもの沢山食べると虫歯になるのよ」
と、これはママの意見。
「…どうだった、って聞かれたらどーしよー」守の悩みは真剣である。
「毎日少しずつ食べて、報告するんだな」
「わっ、食べてもいいの?」
――チョコレートそのものは好きな守なのである。まぁ、子どもはたいていそうだが。
「毎日、1個ずつよ」「えー」
 どれから食べるかでまた迷うんだろうな、とユキは微笑ましかった。
「さ、チョコのことはおしまい。2人とも、早くお夕飯食べてね。片付かないから」
「「はーいっ」」……元気な声が重なって、悪戯っぽく目を見合わせた父と息子であった。


 「守は……寝たのか?」「えぇ…」
2人だけになると、ゆっくりと髪を解いてユキは進の傍らに座り込む。
「ね?」……もごもご、と夫は妻の肩を軽く抱いて、その首筋に唇を寄せた。
「なぁに?」柔らかな声で答える。
「あの、さ…」なんだか口ごもる進。
うふ、とユキは笑って、サイドテーブルの下から小さな包みを取り出した。
「はい……いちおう、これ」
 見た途端、進の顔に笑顔が広がる。
「さんきゅう」ちゅっと軽いキスを。
……まぁそんなに嬉しそうな顔しなくても。
「別に、ふつうのチョコレートよ。手作りなんてしてる暇ないし、売り場巡って物色
する余裕も、ね」
奥さまは防衛軍長官秘書室付きとして多忙の身である。
もちろん秘書課として、他部署への気配りや上長たちへの義理チョコも準備しな
ければならないので、けっこうこの日前はタイヘンなのである。
部下の女性たちも「面倒です〜」と言いながらも、ちゃっかり本命宛のをその時に
仕込んだりもするらしく、毎回その買出しと梱包・配達作業は任せているユキである。

 「いいんだ……」目を輝かせて、夫が見たのはチョコではなく。
その箱をそっとサイドテーブルの上に戻し、じっと見ているのは妻の顔。
「なぁに」
「――君から貰うってのが、大事なんだから、さ」
「いちおう、よ。上げないわけにはいかないじゃない?」
「でもね」
カチリとライトが落ちる音がして、ゆっくりとキスが唇を覆った。
熱い息がかかり、包まれた腕の中で、深い喜びが湧いてくる。
――地上勤務中、といっても毎晩こうして睦み合えるわけではない。どちらかの帰
宅が遅いこともあったし、深夜に及ぶことすら……。でも今日は、早く帰ってこれた。
 「これも、バレンタインの効用かな――」
「まぁっ。進さんたら……」
 2人はそのまま、ゆっくりと体を重ねていく。
熱い夜には、チョコレートもその熱で溶けてしまうかもしれなかった。

「俺がもらったチョコで一番嬉しかったの、何か知ってる?」「ん?」
とろりと、進のキスと熱い手でユキはもう溶けそうになりながら声を返した。
「――最初の旅で……」
「えぇ……あん」手が柔らかな処へ触った。うふん、と声が出る。
「なけなしの材料でね、小さなお菓子出してくれただろ」
え、えぇ……話なんか、できない、わ。……あん。
 あれ、嬉しかったんだぜ、皆。
 七色星団の決戦に向かう前――束の間の安らぎを求めていた頃。皆を励まそうと
して、人工抽出だったけどそれらしきものを作って、食事に付けた。だけど。
俺のだけ特別製だったんだって? あとから加藤に聞いてさ――嬉しかったんだ。
 特別製っていっても――余分に何かをつけてあげることなんか立場上、できない。
だから少し工夫しただけ。私のを分けて、それで色をつけて。たったそれだけ、だった。
最初のヤマトの旅――。

 宇宙が見えるような、気がした。

   誰よりも温かい腕の中で。今、不安もなくそれに包まれて。
あの戦いの日々を思い出す――。

 あ――あふん……。ん――。
(私、幸せよね)
そう心の中で問いかけて見つめ返す目は、もう十分に潤んでいて、それを見た進も、
また燃えていくようだった。
(ユキ――愛しているよ)

 古代家のバレンタインはこれから、なのかもしれない。
熱い夜は更けていった――。

Fin
――A.D.2208年頃

written by 綾乃
Count 033−−10 Feb, 2007

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count033−−「チョコレート」
もう何も申しません(笑)。バレンタイン・ネタです。
 古代くんとユキの甘甘って書けないんですよねぇ。あまりにふだんからラブラブすぎて、、、テレちまう。2人の普段の様子だけでも、十分熱いじゃないですか。信頼し合ってて、揺るがないし。時々相手をジラしたりね、妬きモチ妬かせたりしてもね、それってけっこうお遊びの範囲のような気もしますしね。
 ヤマトの男の人たちの特徴って、“釣った魚にエサをやる”だと思っています。皆、女性を大切にしますよね。そりゃそうだ・・・いつも地上にいないんだから、気持ちくらいそうでないと(態度にも表さないと)捨てられますって、はい。

 最初は、この2人の睦み言の中に出てくる「第一航海の時のユキからのプレゼント」の話を書いていたんですよね(半分できてるんですが)。どーも行き詰まってしまって。だって、時期的に七色星団の決戦の前ですぜ。いくらバラン星のあと、ガミラスが沈黙していて、挑戦状が送られてくる前だったとはいっても(52話バージョンだと、このあたりで工作員が闊歩したり、別の将軍が攻めてきたりしてるんでしたね)、戦闘中じゃないですか。
 というわけで、平和な時代の地球に持ってきた話だったのですが。
 でもねー。おかしいなぁ。守くんの話にする予定だったんですがね。やっぱり両親の熱々ぶりに負けた、というところでしょうか。古代進だんなに本気で惚れる部下、というのもそのうち出してみたりしたいと思います。厳しくて優しくて素敵で、いざという時は頼りになって…そんな仕事中の彼を見ていると、やっぱり、奥様にべた惚れだとわかっていても、惚れちゃう若い子なんていたでしょうねぇ。まぁそのうち、また。

 得意なパターンの話ではないので、あまり自信がありません。
 お読みいただいて、あったかい気持ちになっていただければ、よろしいのですが。

 また、お会いしましょう(^_^)

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