美しい指

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:お題 No.08
――A.D.2209 初秋
   
【美しい指】

 放課後のシミュレーションルームの前に、人だかりができていた。訓練生
たちがわいわいと覗き込むのに、教官の姿まである。
「どうしたんだね、何の騒ぎだね――」
「あっ、主任」
 薄暗いルームの中に、対峙し、動き回る二つの姿があった。
 「すっげぇ…」ため息のような声が周りから漏れた。
見れば光線飛び交う中、2人ともが勝負がつかず、撃ち合うその動きはまる
でけもののように俊敏だ。
 誰かね――。
熱心に見守る訓練生たちに問いかけると
「森教官と――」
「もう1人は?」
「さっき森さんが連れて来られて」
「……佐々教官せんせいだ」と飛行科の学生が言った。
 そうかとまたルーム内に目をやる。

 (ちっくしょう……)
 佐々葉子は建物の影に見え隠れする姿を凝視しながら、先ほどからすでに
三度、先制されている自分が多少押され気味だと感じていた。
動きは自分の方が速い。だがどうしても後ろや上を取ることができないのだ。
パヒュ、とまた光線が走り、それを避けて回転したところを、追い討ちをか
けられた。
「あっつ」
と思った途端、利き腕に掠艦かする。――しまった。
 もちろんシミュレーションだから実際に被弾するわけではない。火傷もし
ないが、頭に繋がれているシミュレーションヘルメット……とはいえ実際の
ヘルメットとは形状も仕組みも違うが――を通じて擬似的な痛みはある。
佐々はコスモ・ガンを左手に持ち替え、姿勢を変えた。
 ふっと相手方の殺気が緩む。エネルギー切れか?
さっと立ち上がり、上部から残弾を撃ち込んだ。狙うのは……。
 一瞬のスキをついて、勝負はついた。

 「ふぅ…」
明かりがつき、それまでビルの中だったところが、シンプルな何もない空間
に戻る。
顔を見合わせて歩み寄ると、2人ながらに顔を見合わせた。
「インナーオペレーションはキツいな、、、」
「神経遣うからね……」
「宇宙じゃほとんどないし」
「でも、基地潜入とかあるじゃない」
「あぁ…あるけど、手りゅう弾撃ちこみながら壊して走ることが多いからな」
「まったく……乱暴なんだから」
「ほっとけ」
 笑いながら、銃の簡単な手入れをし、上がってくる処で、自分たちが檻の
中のパンダだということに気が付いた。
(なんだ、あいつら。……井上や国分主任まで)
 「見てたの――」
「はいっ。森教官、すごいです」学生たちは単純に驚いている。
「でも…結局、負けちゃったわ」とユキが。
「だが傷は私の方が多いぞ。…足に一箇所、右手はアウトだな、記録によれ
ば」
「葉子…」
戦闘員は基本的に銃器については両手が使える者が多い。葉子も一度の手痛
い経験以降、訓練して今がある。でなければ先ほどの勝負はユキの勝ちだった
だろう。
「勝負が長引いてくると相手に致命傷を与えるのに躊躇する。なるべく殺
すまい、とするのがお前の本能みたいなもんだ」
「やるときはやるわよ」
「…知ってる」
佐々は惑星探査の時、食堂で銃撃戦になった際のユキの活躍を憶えていた。
土門を庇い、平田を守って、何人の敵を倒しただろう。守るべきものが背後
にいる――そういう時は躊躇しない女だ。

 「いったい何故2人で銃撃戦などやってだんだね」
「あ、国分主任」
とユキが敬礼するのに、佐々も。
「え…えと、その」と赤くなるユキ。2人顔を見合わせて。
 まさか夫や恋人の仲を互いにからかわれて痴話げんかしてました、とは言
えない。
――葉子が四郎にべた惚れだ、と打ち明けたところをユキにからかわれ、
「進や四郎に言う」と言ったところを「そんなことをしたらコスモ・ガンで
蜂の巣」だと返し、「あらそれなら勝負する?」という次第……だなんて。
まぁ、“気が向いたら”殴り合いしてた古代と島や、加藤(兄)と山本みたい
に、男ほど乱暴じゃないわよ、と言いたい2人である。
 「たまにはこういう人間相手の訓練も必要かな、と思いまして」とユキ。
「来週から私も教えなければなりませんし、森に付き合ってもらったんです」
と葉子。どちらも言い訳がましく聞こえるので、国分は狐につままれたような
気がした。歴戦の戦士たち――とはいえ、女はよくわからん、というのが
正直なところだ。
「ま、でもまぁ良いものを見せていただきました」と言った。「学生たちも勉
強になったでしょう」
こういう実践に即したオペレーションはまだ終えていない。瞬時の判断力、
動き、もちろん技術など総合力が必要だった。
 ユキはふと思いついた。

 見守っていた生徒たちを見回し、にこりと笑って。
「皆、見てたのよね……」
葉子、と振り返って。「もう1勝負する気はある?」
「復活戦かよ……今みたいなのじゃ保たないぞ」とため息つくのに。
「いいえ。おそらくすぐに勝負は付くわ」
「負ける、といいたいのか」
「いいえ…その逆。悔しいけど、やってみるか」とまたコンソールに何事か
入力して。
 「学生!」
とユキは皆に鋭く声をかけた。
「よく、見てなさい。先ほどのとは違うオペレーションよ」皆、頷く。
「行きましょう、佐々教官せんせい
なんだよ、とまだきょとんとしたままの佐々が。準備をするのに、そのプロ
グラムを見て。ははぁなるほど。
「いいのか、学生には私たちが見ている映像は見えないんだから」
 そうね、と少し首をかしげて。
「国分主任――解説お願いしてもよいですか」
「あぁ」彼は何をやろうとしたか理解したようだった。

 
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