氷の惑星

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【氷の惑星】

−−A.D. 2205年頃、土星付近
:お題2006-No.64「吐息」




(1)

 「ひゃあ、こりゃまた極寒ですねぇ」
防寒服の上に簡易宇宙服をつけてからその小惑星上に踏み出そうとして、着艦
ポットの扉を開けた隊員が、吹き込んだブリザードを受けてそう言った。
「氷点下180度だからな……気体まで凍るんだから気をつけろよ」
「喉注意ですな」ベテランの方が言い、
「バイザー開ける莫迦いませんって」若い方が言った。
古代進は作業カーゴを押し出そうとしている2人に声をかけ、自分も装備をもう
一度確かめると、コントローラをオンにして扉に手をかけた。
 「――やだなぁ。氷詰めの死体になるのだけは御免ですね」
「危険はないはずだがな」
と古代は、出かける時と同じ科白を繰り返した。
「……だいたいこんな汚れ作業、主力戦艦の艦長が自らやる仕事じゃないっす」
部下が言うのに、その“艦長”は苦笑する。
「まぁ、私が若年だってことにかわりないからな」
「たまにはそういう仕事もやらないと、怖いヒトたちもいるだろ」と、ベテラン。
一番若い文句を垂れている男にうながすが、
「だいたい古代さん人が良すぎるんですよ」と若い方が返す。
「しかしな、自分とこの乗員が行方不明になった場所に迎えに行くってのは人道
的な立場からしても当然だろ?」と年配らしくたしなめて。
その間、古代は無言で部下2人の会話を聞きながら闇に目を懲らしていた。
 「さ、艦長。行きましょうか」とベテランの方−−青塚は手を伸ばす。
「おい……今回俺は隊長、だぞ」
「あ、いや言いにくくってね。――俺たちにとっちゃぁ、古代艦長は古代艦長で
すよ」そう言うと、ひょいっと浮力を付けると飛び上がり、牽引ロープを持った
まま惑星上に降下していった。
「気をつけろよ」
ヘッドマイクに切り替えて声をかけると、小さくなる姿のヘルメットが微かに頷
いたのが見えた。
「さ、俺たちも行くぞ」
「はーい」――こいつは軽口は多いが、これでも実は古代に心酔しているのだ。
 「だいたい熱いより寒い方がいい、なんて言った古代さんの責任ですからね」
「あぁ、わかったわかった。地球へ戻ったら何か熱いもんでも奢ってやるよ」
笑いながら古代がそう言うと、「やったー」と手を上げて、ふん、と腹に力を入れ
ると、後ろ手にやはり扉をつかみ、飛び上がった。

 2人が小惑星上に着地したことを確かめると、古代は待機する別ポットへ連絡
を入れた。「よーし、位置確認終えたか」
『はい。これより自動追尾に入ります』
「――この星では急激に体温を奪われる。船外作業は5時間が限度だ。よろしく
頼むぞ」『了解しました――』
「第二班も3時間したら待機させてくれ」
『はい。――お気をつけて、艦長』「了解した」


 土星の近くに最近発見された小惑星γは、資材豊富な宝の星だった。
 その所有権を巡って非ユーロネットワーク機構のA領とB領、さらに連邦市が
三つ巴の争いになったのは最近のこと。それが収まり提携が結ばれたあとに、
微妙な条約のバランスの許に採掘に入ったわけだが、無頼の宇宙人たちが絡
まって、案の定犠牲者が出た。
その頃、付随するようにさらにその裏側に、小さな矮星が見つかった。
そこには不可侵が締結され、やたらな人間の出入りはできなかったが、発見者
の連邦軍はさっさと仮研究施設を建て調査に入っていた。――そしてその小
惑星――“氷の惑星”での最初の犠牲者になったのが、入植し派遣された調査
団体のメンバーであり、古代の第7艦隊揮下のメンバーだったのは皮肉であろう。
同行した民間人を安全に確保するために山に入り、そのまま行方を絶ったのだ。

 極寒の地。
 空気は生存のぎりぎりを維持する程度にはあるものの、生命維持装置のない
場所で、訓練された者が手持ちの資材でせいぜい3日。
――捜査は1週間で打ち切られた。
 その遺体と、最後に彼らが持っていたであろう貴重なデータを発掘に来たのが、
今回の遠征隊である。最後の通信から2週間。生存の見込みはなくとも、厳封
されたデータは存在しているはずで、また遺体はぜひにも回収しなければならな
かった。

 「北緯32度、東経137度、地表座標でSW2007−6XW。…てぇと、あの山の麓
あたりっすかね」
「最悪だなぁ」データを眺めていた弓木−−若い方が言う。「牽引線、あの下へ
続いてますよ…」
「いや、地下へ入れば熱は保たれるだろう、地表ここよりゃマシだろうぜ」
年長の青塚が言った。
古代は頷くとモビールを飛び降りて先頭に出、ついてこいと2人を促した。
2人は機材を引く牽引ロープを肩にかけ後に続く。
ざくざく……音は聞こえてこないが、刃物のような氷を踏みしだき、3人は吹雪
の続く中を山麓へ入っていった。

 「おかしいなぁ……この辺のはずなんですがね」
「資料合ってんのか」
「大丈夫っすよー。本部のデータとあと相原さんがちゃんとチェックしてくれたん
すからぁ」
「おめーのチェックが合ってんのか、ってことよ」
「あ。酷いですねー、大丈夫っす」
3人は微かな明かりを頼りに氷結した洞窟の中を下っていった。
 下るほどに温度は少しずつ上がり、その分、作業はラクになるどころか、水溜
りができている。・・・なぜこんな処に閉じ込められてしまったのか。雪崩か何か
の天変地異なのかもしれない、と古代は想像した。
 びっびっびっび。
手元の警報ランプが鳴る。
「時間だ――交代するぞ」「――う〜、楽勝だと思ったんですけどね」
「まぁそう簡単にはいかないさ」
「焦って二重遭難してしまっては何にもならない。一旦引き上げるぞ」
 『古代隊長――第二班、そちら入り口に到着。降下させますか?』
「いや――捜索範囲を広げてくれ。洞穴の外3kmの岩盤あたりを中心に探れ」
『了解しました――そちら急いでください』
「了解――大丈夫だ」ほれ皆、行くぞ、という古代に続き、2人はまた苦労しな
がら地表へ出た。


 
背景画像 by 「トリスの市場」様

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