木星の向こう・宇宙そらの果て

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【木星の向こう・宇宙そらの果て】

−−A.D. 2205-06年頃
:お題2006-No.62b「故郷離れて」





(1)

 アクエリアスは星の海の中を巡航していた。

 この航海は長い――アクエリアスの人員も、大幅に刷新され、おそらくこれが
最終的に“この艦”の乗組員になるのであろう構成がやっと固まったというところ
だろうか。本格的な外洋へ初めてち、地球へ戻れるのは半年も過ぎた先だ。
毎回がそういった長い航海ばかりではなかったが、今回は外周だけでなくそこ
から銀河系中央域へも向かえという指示があり、次に地球へ戻れるのは年の
変わった先だった。

 太陽系内はワープでどんどんすっ飛ばしていくのかと思えばそうでもない。
まず第一にはサブベースであるガニメデ基地に立ち寄り、そこで最終的な補給
とチェック、一部の人員の組み換えなども行なわれる。古代進はそこで5日間
の寄航をし、2日の交代勤務と各人に3日の休暇を与えた。ガニメデに家のある
者も、ごく僅かだがあったからだ。
……さらにここで艦のメンテナンスを受けた後、いよいよ外洋へ漕ぎ出す。
メンテナンスのために、わざわざ地球から真田長官のNAYUTAが来航していた。
 艦が就航して半年になる。地球のドッグでの点検ももちろん行なわれていた
が、最終建造責任者としては、チェックしたいところもあったようで。
その間、真田と古代は逢い、様々な情報交換も行なったようだった。

 そうして。ガニメデを出、冥王星の周回軌道に沿ってさらに1週間の旅。
さらにそこから仰角30度、第11番惑星を過ぎ、太陽系の惑星軌道面から方向を
変えて外宇宙へアクエリアスは向かっていた。
地球を出発してから約2か月が経過している。

 静かなエンジン音が唸り、その音にも慣れた頃。
 艦載機隊副隊長佐々葉子は、少し困った事態に巻き込まれていた。


 「どうしてだ? 任務に支障があるようなこと言ってないだろ? 俺は自分の
気持ちを言ってるだけで――問題ありなのか?」
最初の着任から、何かと構ってきた砲術士官・小諸穣こもろ みのる
実力ある実戦派の叩き上げで、階位こそ大尉で佐々と同じだが、年齢は古代や
佐々より5つ6つ上だろう。
今回の配属でアクエリアスに配属され、この艦隊の一員となった。
 艦載機隊の佐々とは直属の上下関係はない。横並び……というには、佐々は
大隊の副長であるし、彼は中隊の隊長なので、地位とすればわずかに佐々の
方が上になる。
だが。

 思えばガニメデでふいと誘われて、一緒に食事に行ったりしたのがマズかった
か。何人かが一緒だったが、全員が砲術の彼の仲間たちで、女は佐々一人。
同僚同士の飲み会というよりは、最初からいろいろと話しかけて来、横に座って
一緒に飲む羽目になった。
「彼氏いるのか?――」「いるよ。遠距離だけど」
「――そんなん、やめとけやめとけ」
なんでこんな普通のOLみたいなこと言ってなきゃなんないんだ、と思いながら
も、新しくメンバーになった面々からのお誘いでは断るのも角が立つ。
 歴戦の戦士で18歳から戦場に出ていた、といっても、佐々はまだ25だ。
そりゃ、若くはないが、女性として年を食ってるともいえない。
立て続いた大戦で男性人口が減ってしまったとはいえ、軍内ではまだ女性の
比率は少なかったし、特に遠方へ出る宇宙艦や惑星基地では、どうしても男社
会になってしまう。軍の女性たちは、(基本的に、よほどお堅い人でなければ)
開放的な人間も多かったので、男たちは機会があれば、すぐに口説いた。
ほとんど挨拶のようなものだ。
 ただし佐々は“氷の人形アイスドール”の異名を取るほどクールだったし、常に宮本や古河、
加藤が傍にいてガードもしている。ヤマトの時代は別として、また、地位も高い
ため、さほどそういう“お誘い”に遭った覚えはない。よほど鈍いヤツか、世知に
疎い者。そしてヤマトの中でのことを知らない者しか近寄らないからでもある。
加藤四郎と佐々葉子の関係は、隠してもいないが公開されてもいない。
だが、加藤四郎自身が女性には非常に人気があって間隙を縫おうという女性が
引きも切らず。そのため、一見、佐々と彼が恋人同士である、ということは見え
にくいのが現状だった。

 「佐々って綺麗だよな」
元気に杯を上げながら、足を組み、横の同僚に小諸は言う。
「えぇ」と頷く同僚に佐々はしかめ面をしてみせた。
「そんな顔すっと、美人が台無しだぜ?」馴れ馴れしく隣に座って頬に手をやる
のを、佐々はぴしっと軽く叩いた(本気で叩いたらすっ飛んでしまう)。
「おおっと――怖いお姉さんだね、このひとは」
笑いながら歯牙にもかけない。
 「美人なら幾らでもいるでしょ? こんな傷だらけの顔のどこが綺麗なのよ」
相手にしなければいいのだが、これから作戦を一緒にしていく――しかもリ
レーションを取らなければならない仲である。無碍にもできず、つい答えている
佐々。
「管制の眞子ちゃんとか? 航法の悠宇ちゃんとか? ……声かけたら簡単に
なびきそうじゃねぇ? ツマんねぇし俺ぁ好みじゃないな」
「あ〜ら、ずいぶん自信がおありなこと」佐々はふん、と横を向いた。
「副官の如月は綺麗で好みだけどなぁ、あれぁ、あっちのヒトだろ?」
微かに頷いて。「いくら別嬪でもな、百合じゃ仕方ねぇよ」
また髪を触る。
もーっ。いい加減にしてほしい。この、セクハラ男っ!
 若い頃なら泣きそうになっただろうが、このくらいでうろたえるほど子どもで
はない。それに、小諸は感じが悪いというわけではなく、なんとなく亡くなった
誰かに感じが似ていて、憎めないタイプではあった。
 「隊長、あんまり調子に乗るとマズいんじゃないすか?」
佐々の様子を伺ったのか、こそっとはす向かいに座っていた隊員が声を顰めて
言うのに、
「ばぁか。これからさ、じっくり口説くんだから、お前ら、邪魔すんなよ」
そんな風に言って。「そろそろ、引き上げるか。――葉子ちゃん、もう少し飲ま
ない?」
そんな口説き方で女がついていくものなのかしら? 佐々は不審に思ったが、
何の疑問もなく当然のようにそう思っているらしい相手を見ると、そんなものな
のかな、とも思うのが不思議だった。
――誰かを思い出すなぁ。
あ。
 「お誘いはありがたいんですけどね――隊長」
「ん。ガニメデの珍しい酒置いてる店知ってるぜ?」―― 一瞬、“珍しい酒”
につられそうになった佐々である。が。
「今日は明日の準備もしなきゃならないし、あまり遅くなれないから失礼する」
そう言って、嫣然と微笑む。
「明日って?」休みだろうよ、と小諸は言う。「――古代と視察」
「けっ」――ほんと〜に? デートじゃないの?
「いいじゃねぇか、もう1杯くらいさ……それともなにか? 艦長なら良くて
俺じゃダメだと」
冗談じゃない。このまま着いていって2人きりになったらどこまで行くかわ
かったもんじゃない…という程度には相手を見切っている佐々である。
この男、本気なのか、それとも軽く遊ぼうとでもいうのか。
「これから長〜くお付き合いする相手に、それはないんじゃないの?」
「でもね」佐々はまたしかめ面をしてみせた。
面白そうに部下たちが見ている視線も感じる。
小諸は耳に唇を寄せ、つぶやいた。「――あいつらの前でメンツもある。…今日
の処は1杯飲むだけで大人しく送るから、それだけ付き合ってくんねーか?」
誠実な物言いもできるのだなと佐々は思い、頷いた。
もう、仕方ないわねぇ。
――だが、そういう言い方をしたからには、自分に嘘をつくようなことはしない
だろう。それは、今後の付き合いにも影響するから。
「そうね……じゃぁ、一杯だけ、ご馳走になろうかしら」
するりと立ち上がって、店をぞろぞろと出る。
 皆と別れて、2人で、さらに繁華街の枝別れした先。小さなバーがある。




 
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