鬼神〜日々之好日

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【鬼神〜日々之好日】   

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−−A.D.2204年
お題No.74「鬼神」
   
(1)

 「いいかげんにしろよっ! 君がやらなくても代わりくらいいるだろう?」
珍しく声を荒らげて部屋の中で立ったまま怒鳴っているのは古代進、この家の主
である。
「だって、“私の”仕事よ?」
口をへの字に結んだユキは、誰もが振り返る美貌と華奢にすら見える外見のわり
に、言い出したら聞かない。頑固さでは良い勝負の2人。
 む、と押し黙る。
 この状態のユキと言い争っても勝負がつくわけはないのは経験値が教えていた。
それに、何よりももう時間が無い。
(ええい、なぜ今朝になって言い出すんだよ――)
理由はわかっている。
早くに言い出して相談などすれば、反対されるのは目に見えているからに違いな
い。そのあたりは十分知能犯の妻だった。
 「ともかくっ。何かあってからじゃ遅いんだ。俺は許さんからなっ」
「貴方は私の上官じゃありませんっ」
ふい、と横を向いて顔を逸らすユキは、もう、こうなったら意地の張り合い、に
突入するところ。普段なら――。
うう……古代進は焦った。
こんなまま出かけるなんてろくなもんじゃないぞ。だが。
 「時間でしょ」
すっくとソファから立ち上がった妻はそれでもさっと上着を手渡してくれて、そ
れをひったくるようにつかみ、玄関に置いてあったスーツケースを手に取ると。
「考え直してくれよ」
靴を履きかける前に、もう一度振り返って言ってはみるものの。
返事も、しない。
 たった5日間の仕事しゅっぱつとはいえ、いってらっしゃいのキスもなければ
気をつけてねの一言もないのは寂しいけれど、ここで折れては夫がすたる……。
と思ったわけではないだろうが。
珍しくそのまま出発してしまった古代進であった。

そのユキもすでに制服に身を包み。出かけなければならぬ時刻ではある。
(まったくねぇ――頑固なんだから)
頑固はどっちだ、とその心の声を聞いたら古代はそう言ったに違いないけれど。


 
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