緑の丘、草の匂い

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:お題 No.59
――A.D.2209 初秋
   
【緑の丘、草の匂い】

 「ううん、良い風ね……」
緩やかに勾配を描く丘の上。
風に揺れる足の長い草を踏みしめながらその上に立つと、気持ちの良い風が
吹きすぎていった。
「あぁ……きれいだな……」
傍らでベビーカーに軽くもたれながら空を見上げるのは、その親友・佐々葉子。
風で髪が乱れないように、片手で押さえて古代ユキは、ぶん、と吹いた風に
目をつぶった息子の肩を抱いてその横にしゃがんだ。
 「ほぉら、守。良い景色でしょう」
「…守くん、もうじきだぞ」
そうして、3人ながらに、立って空を見上げる。
赤ん坊はなんだか興奮しているようだが、それでもご機嫌よく収まってくれてい
た。

微かな点が光り、昼の光ではハッキリわからない姿を、戦闘機乗りの目は聡く
見つけた。
「ユキ――あれ」
太陽の光を反射して、その光だけが微かに見える。
「おかえりなさい、だな」
その声も、ユキには微笑んでいるように聞こえて。
「えぇ――」
「無事、ご帰還」と見上げて言った。
 そのまま2人の女はそれぞれ空を見上げた。
――戦艦アクエリアス。古代進の艦――。

 光の点は徐々に姿を現して、遠く船の姿になった。
「あーっ!」
古代守はそれを見て大はしゃぎする。
「見える…見えるよぉ、ママ!」
「そうね……パパの乗ったおふねよ」声もほころんでいる。
 「ここで出迎えるのは何度目だ?」
柔らかな声が風の中にして、ユキは笑った。
「そうね……何度目かしら」
風が、また吹いていった。

 生死のわからぬユキを残し、古代がイカルスへ旅立った後、デザリウムから
帰還したヤマトをユキはこの丘で迎えた。
それから太陽に痛めつけられ、水没し、またこの緑の丘に復興するのに4年の
年月が経っている。
(守の歳の分、だな――)
葉子もその戦いでは地に潜り、北の国で潜伏しパルチザンとして戦った。
――暗い時代を潜り抜け、今、陽は中天に高い。
 「ばぶぅ」
「どうした」と息子を覗き込む様子はすっかり母していて。
傍らにしゃがみこんで、
「ほぉら……古代の小父ちゃんのふねだよ」と語りかける。
「父さんも母さんも乗るふねだ」と言って。
ふふ、と見上げたままユキの声がして
「そろそろ貴女も乗りたいんじゃないの」
「そうね」、と答える。
建造から立ち会った艦だ。
ヤマト以降、最も親しんだ艦。現地球艦隊最強の艦。
だがそれは性能だけでなく、パワーだけでなく。
それを統べる司令艦長・古代進とその部下たちの所以。
またそのうち……この子がもう少し大きくなったら。あの艦に乗り、外洋へ出
るに違いない、佐々葉子は戦闘機隊を統べる士官だから。

 アクエリアス艦隊の5隻は、まるでこの丘の上に降りてくるとでもいうように、
近づいて見えた。着艦する港が近いこともある。
メガロポリスの西の外れ――1度壊滅したあとは北へ移っていたが、最近また
こういった大型艦だけはこちらへ戻ってきていた。そのまま地下都市へ潜れる
利便も……たとえ普段は使っていないとはいえ、捨てがたいのだろう。
「パパ、見えてるのかな」
たどたどしいながらも、守はユキを見上げてそう言った。
「さぁ、ねぇ」と微笑む。
「相原のことだから、気を利かせてメインパネルに写すくらいのことしてるかも
な」
ははっと葉子は笑って。ユキも楽しそうに表情を崩した。
 艦隊の作り出す気圧に、吹き上げる風がさらに強くなった。
 うちのパパも、一緒だからね。もうじき逢えるわよ、と大輔に囁いて。

 
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