After The Last-War 1
(1) (2) (3)
    
   
   
【雨の雫】   

moonアイコン
 
−−A.D.2204年
   
(1)
 森ユキは、防衛軍本部の廊下に佇み、しばしの休息を得ていた。
 防犯上、外や上に向けては堅牢に閉ざされている防衛軍本部ではあるが、
航宙機発着場の方へ向け、それを眺められる大きな窓と、わずかばかりの
空間に造られた中庭に向ける開放廊下の二箇所だけが、硬質なこの建物の
中で息のつける場所といえた。
(今日は雨――)
硬化テクタイトに覆われた窓に、ひっきりなしに雨が流れ、外の景色を霞ませ
ている。
 こんな日にも、発着する小型艦載機がある。
静かに、翼を潜め格納庫に並ぶ新型コスモタイガーIIIα型航宙機の脇を、機影
らしきものが上昇していった。
 ここから機体の姿は見えない。
だがおそらくはあの機には、彼女が乗っているのだろう。
頼もしくて、優しい、友人――。

 ユキはほぉとため息をついて、遠く、アルファケンタウリの宇宙うみ の中を、地球
へ向かっているだろう恋人を想う――。
 何も危険はない――だが。危険でない宇宙など存在せず、安全な航海など
あり得ないことを、彼女は身をもって知っていた。
 だが。今度こそは。
 この、戦後処理の調停のための短い航海から帰ってくれば。
自分は、長い婚約期間に別れを告げ、あの人の妻になる――。
そう思えば待つのは辛くない。
そう。どんな時でも――もうダメかと思ったときでも。あの人は私の処へ帰って
きたではないか。
どんなに傷ついてボロボロになっても。私との約束を守って。
――だから私がここに居て迎える限り、あの人は。古代進はこの地球へ、
帰ってくるのだ。

 目的が目的だ。藤堂長官を伴っての旅であるため、長官付副主任秘書官
であるユキは、その留守番部隊を任されている。
分刻みの長官スケジュールに忙殺されることはない分、判断を求められるこ
とも多く、秘書室長である小澤とともに、それなりに重責で忙しいのであった。
――ユキの代わりに藤堂晶子が同行している。
やっと少し防衛軍職員らしくなってきた彼女である。
資質は優れていたようで、それと芯の強さと堅牢な意思は、防衛軍上層部
の秘書官としても、元ヤマト乗組員ブリッジクルーの妻としても、良い素質を
備えている。
――相原通信士さんもたいへんね、婚約者と、大舅殿が一緒の旅じゃ、 ユキは
くすり、と心の中で笑う。


 雨を、ユキは好きだ。――冴え亘った月の夜もそれなりに美しいけれど。
 この地球の自然を、守るためにこそ、私たちは闘ったのかもしれなかったか
ら。進さんが――あの人が、心から愛した地球の生命を、自然の息吹を。私
もまた、心から愛しているから――もちろん、あの人そのものも。
 贅沢なほどに水がしたたり雨が降る。
 アクエリアスが与えた恩恵は、試練も大きく――そのために私たちは大切な
ものを沢山失ったけれども――しかしその恩恵は。確かに地球にもとの生命
力を取り戻させつつあった。
コスモクリーナーDでも、ハイドロコスモジェン砲でも、成し得るのには地力の
回復を待ち、数百年はかかるであろうといわれたものを。あの水の惑星は、
わずか1年で再生しようとしている。
――母なる水の海。

 雨が降るたびに――その大気にはまだ放射能も人体に有害かもしれない
多くの成分も含まれているそうで、とても雨に当たってそれを楽しむということ
はできなかったが、雨が降るたびにそれを実感して、ユキはそのためにだけ
でも、犠牲の甲斐はあったのかもしれないと思うようになっていた。

 
背景画像 by 「トリスの市場」様
以下ページ、同様

Copyright ©  Neumond,2005-08./Ayano FUJIWARA All rights reserved.


←Yuki Indexへ  ↓次へ  →目次へ
inserted by FC2 system