air clip 加藤三郎の追想 −pause−



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【加藤三郎の追想 - PAUSE -】

−−A.D.2199年、ヤマト艦内
:2006年御題 No.23「PAUSE/休息」

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= 1 =

 加藤三郎は、宇宙戦艦ヤマトの戦闘機隊長である。
勇猛果敢、豪放磊落、新進気鋭、性格温厚、内柔外剛、瞬間湯沸器……人品高
尚 etc...
 最後のはまぁ、少し異論があるかもしれないが、部下に慕われ、狼かつエリート
の難しい集団を(だけでなく、ヤンチャな上官をも)うまくまとめている、立派な
隊長サンである。
 その加藤隊長にも、ここのところ、悩みがあった。

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 勤務時間も終わり、艦尾の戦闘班長室へ報告へ行った帰り。――いつものよ
うに艦内一周の巡回をしてから、ちょびっとシャワーを浴びて自室へ戻る。
そのつもりでゆっくりと彼はヤマトの最下層部を歩いていた。
格納庫を見回り、当直の挨拶を受け、愛機を眺めて整備の完全を確認し、工場へ
回って様子を見(入ると怒号が飛んでくることがあるので、透明窓から中を覗く
だけだ――真田や大槻が居れば声をかけることもある)、それからゆっくりと
艦中央へ回って、居住区を抜ける。
――居住区を抜けるなら艦底を通らないと中層階には女子士官区があるので
通り抜けられないのだ。いやもちろん、隊長・副班長クラスは通っても構わない
のだが、そこはそれ。遠慮というものもあって、通路の両側から不審点がないか
調べるだけである。(地雷が仕掛けられていない、という保障もないが)
 戦闘機隊の詰め込まれている部屋の前を通り過ぎ、隊長に声かけていく者やら、
すやすやお休みになっている静かな部屋や、がら空きの部屋(――こいつら、
どこ行って何やってんだ?)やら。
中には、怪しい雰囲気の部屋も……ないわけではないが、そこらあたりは見て
見ぬふりをするのが大人というものであろう。時々は、微妙な音声が漏れる半空
きになっているドアを閉めてやったりもする、親切な隊長だった。

 緩やかにカーヴする通路を艦首の方へ曲がったところである。
 どすっ! ばき、という鈍い音がきこえて、加藤ははっとして駆け出した。
その先の小倉庫だな。――倉庫の類は、オートメーション管理だ。
主なものは艦尾にあるが、艦首にあるもののいくらかは戦闘班と工作班が管理し
ていて、加藤たちもキーを持っている。もちろん、管理するほどでもないものは
棚に固定されて並んでいるだけで、誰でも出入りできたが――。
 ドアは非常時以外閉まらないタイプの小部屋。
 音がして数秒後には「何をしているっ!」と駆け込んだ加藤の目の前に、
ふんっ、という顔で拳を握り締めている小柄な女性と、壁にしたたか背を打ち付
けて目をまわしている男の姿があった。
(な、なんだ?)
 女は佐々葉子――自分の部下であり戦闘機隊の精鋭の一人。男の方は――あ
りゃ砲術の…。
 頭を振っておきあがり、加藤と目が合い――すっと逸らせると
「わかったよ。もう、金輪際構わねーから、勘弁しろよ」
頭を振って立ち上がると、「しっかしお前。乱暴な女だな――まるで俺が何か
しようとしたみたいじゃねーか」ふん、と捨て台詞を残して、去っていった。
 佐々は無表情のまま、目の中に怒りの火を点して立っていたが、その唇が悔し
そうに歪むのを、加藤は見てしまった。

 ――なんだ。加藤隊長か。
 ゆっくりと振り向いたが、まだ表情はぎこちない。
「何見てんのよっ。見世物じゃないっ」
そのまま怒りをこちらにぶつけられても困る。
 「大丈夫か?」
「なにが」
平静でいようとしているのはわかるが、動揺しているのは見てもわかったので、
言葉に困ってそう言った。咄嗟に頭に浮かんだのは……だったが、そんな様子
ではなかった。
「――投げ飛ばしただけ。私に1m以上近づいたらそうなるって、今度、ミー
ティングで言っといてっ」
冷たい声音でそう言い放つと、「いつまで見てんのよっ」
そう言われてしまった。
 「お、おい……佐々。なんか、あったのか」
「あるわけないでしょっ」取り付くしまもない。
これじゃあんまりだと自分でも思ったのか
「別に、揉め事ってわけじゃない……あ、ここ使うんだろ? 行くから…」
慌てて言葉を繕ってその場を去っていこうとした。
 「あ、おい……」
俯いた顔の目元に涙? 
んなわけねーよな。あいつ、“泣かない女”で有名だからな。
 しかしなぁ…。

 そうなのである。
 戦闘機隊は男ばかりの中に女2人。また皆ラフな奴らときている。年長で結婚
経験もある“伊勢姐さん”は皆に慕われてるし、まぁいいとして。問題はこの
佐々だった。
――誰とも馴染まない。
……訓練学校出身のエリートのはずなのだが、同期が誰もいない。ちょうど、山
本と自分たちの代の間に当たり――この艦に選ばれたのは彼女だけ。
ほかにも居たらしいのだが、皆、事故や殉職しているというのはあとから知った
話だ。もちろんリーダーチームは四期生を中心に組まれているから、各所に配置さ
れている押さえの人間以外、一〜三期生は数が少ない(そういえば、第一期生は
ゼロだな――皆、死んじまった、ってことか)。
 砲術の女どもは妙に普通の女っぽくて相容れないらしいし、なんか浮いてる。し
かも。美人なんだよなぁ。

 問題は、これだ。

 一緒に飛んでいれば、その心根などすぐに知れる。
フォーメーションを組んでも、敵襲を迎え撃っても、敵艦に突っ込んで行っても。
もはや共に命を翔けて数か月。だから戦闘機隊の連中の中ではさほど目立ちは
しないのだが――果たして他所よそとうまくやってんだろか?
 それに。
 よく揉め事起こしてる――とはいわないまでも、その原因になってるらしいの
である。
 冷たい目。無愛想なやり取り。
だが、加藤三郎は、彼女のそうでない部分も知っていたし、俺だけじゃない…そん
なの皆、すぐに気が付くって。
 だから、中には惚れるヤツも――出てくる。
 だが、佐々は――純情なのかな? 男嫌いなのかな? それとも……ほかに好
きなヤツでもいるのか――そこまで思って加藤隊長は何故か胸がズキっとするの
を感じた。

 あれ? いるのかな、誰か。
 心当りは無いでもない――それも、2人。どっちなんだろう?
だけど片方は、なんだか絶望的だしな……可哀相だけど。
 また、ちょっぴり胸がうずいた。


 佐々は工作班の男どもとは仲が良い。メカの件でリレーションすることが多い
所為もあるし、自分が好きな所為もあるだろう。それに工作班というのはちょっ
と不思議な部署で、男女のなんというか……そういう雰囲気があまりないのだ。
昼夜交代制の不夜城で、余裕がないこともあるのかもしれないが、誰だって人間
だ。心の中では――それに、こんな風に生死の中を飛んでいれば余計に――人は
人を恋うるもんだと、俺は思うようになっていた。だけど、あそこはなんか違う
みたいだ。
 それに、大槻というチームリーダーがいて仕切っている所為か、女にあまり偏
見がない。フラットな感じ。だから居やすいのかもしれないな――。
 なので、戦闘班の他の部署つまり南部管轄の砲術班、機関部。それから航海班
――そのあたりか。ちょっかい出そうとして投げ飛ばされてるのは。……この
間、注意したばかりだ。
「――非戦闘員、投げ飛ばしたりしてないっ。使えなくなったら損失でしょ?」
だと切り返された。そういう問題、じゃないと思うんだが。
 あまり言うのもなぁ。
「隊長の莫迦っ。――プライヴァシーの侵害。デバガメっ!!」
そんな風に言われてしまうと、おいっ。護ってもやれねーだろーが。自分ひとり
でどーにかなると思ってんのかよっ。
 と、何故かイラつく加藤隊長なのである。


 

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