fly icon 忘れない- I don't forget it

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50. 【忘れない】

オリジナル登場人物が主役ですので、苦手な方はお読みにならないよう、お願いします。
作中のコスモタイガー隊員・ 佐々葉子
は、当艦主役の1人です。「 小箱事典」参照


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テレサは一条の光芒となり、宇宙へ消えた――。

 ヤマトはぼろぼろに傷つき、たった3人生き残った若者を乗せ地球へ帰還した。
佐々葉子は、残った片手で救命艇を動かしながらも、薄れゆく意識を皮肉にもその
痛みがつなぎとめ、宇宙空間に漂っていた。壊滅してしまった地球艦隊――佐渡が
連絡を入れてくれたはずだが、それよりもヤマトが戻る方が早かっただろう。
 宇宙空間に、成す術も無くたたずみながら、微かな光芒が輝き、全宇宙に広がっ
たように思ったのは錯覚だっただろうか。

(――古代! ――加藤!!)
その窓ごしに彼方の方を見やりながら、続く、音にならない爆発は意識を混濁させ、
白い光芒に包まれた。
確かに、声を聞いた。
・・・しま、さん――。と。
そして、ガトランティスの人々の断末魔の、魂の叫びと、彗星が爆発する、この世
のものとは思えない一瞬を経たのち――宇宙はまた静寂に還る。

 ヤマトがゆっくりと、視認された時、意識のあった者たちは力ないまま、それで
も快哉を叫んだ。
ヤマトが、勝った――
地球は、救われるのだ――と。
 涙も出なかった。

 喜びも、悲しみも――疲労と、痛みと。そして、打ち続く仲間たちの死とに、
あらゆる感覚が麻痺して――。
ただ。
終わったのか――? という虚脱感と、これを地球へ送り届けなければ、という
意識だけが、必死に彼女の目を覚まさせていた。
その心を微かな意識が過ぎる――隊長? あの中に、いるの?

ヤマトは、古代だった。
ヤマトが生きている――生きて戻ってくるのなら、古代進は生きているのだろう。
ヤマトを去った時、その姿がなかった時に、彼女はもう諦めていたのだから。
あの艦(ふね)と、古代は――行ったのだ。
地球と、私たちの代わりに。持てる力のすべてをかけて、最後の戦いに。
そして、もう、戻ってはこないのだろう――永久に。そう思われた。
――その認識が間違いではなく、ただ、行幸と、テレサという存在の愛だけが、
それを覆したのだと、彼女も。生き残ったほかの15名も。後から知る。

 そして彼女は知らない。
 その中には三つの生命反応しかないことを。
愛する男――加藤三郎の命は。すでに潰えていたことを。
――必ず連れ帰るから。
その約束を信じて、古代の傍に、あいつなら必ずいると。
そう、信じて。

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 ヤマトが煙を吐きながらも近付いて、2隻の救命艇を収容した時、佐々葉子は
力尽き意識を失っていた――。
そして。
次に目覚めたのは、病院のベッドの上だった。
(どこ――?)

状況はどこからも入ってこなかった。
15人は隔離され、古代とユキ、そして島の行方は知れない。
ただ、「元気じゃよ。生きとる。だから心配せんでえぇ」
――ほとんど怪我もなく、皆の面倒と地上との連携を一手に引き受けた佐渡が、
そうとだけを言って、病床の者たちを安心させた。

丸1日――。
何の情報も与えられないまま。ただざわざわと、さわがしい様子だけが、まるで
勘のように皆の間に伝わって、不安なまま。それでも余計なことは心配しないように、
と。重症の者から睡眠薬を与えられて深い眠りに吸い込まれた。
だが――。
「いやっ! 佐渡先生っ。薬はいらないっ!!」
どちらかというと無口で、あまり大声を出すことのない佐々が、注射を打とうとした
看護師の手を払いのけた。
「お願いです――逢わせて。眠ると、夢を見る――誰もいない。宇宙空間に、また
爆発だけがあって――お願いです。古代も、島も。ユキも。加藤も! 生きている
んでしょう!? ねぇ、佐渡せんせいっ」
体を起こして。まだ自由にならない足と右手を庇いながら、佐々は言った。
「古代は――古代はどうしてる? 地球は――軍は何といっているのです。
彼は処分されるんですか? 島が戻ってきたって、本当なんですか。テレサは……」

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2日後。
憔悴した様子の古代進が病室に現れた――男連中が押し込まれている病室から、
大きな声が上がり、佐々は、松葉杖をついて、病室から起き上がると廊下一つ隔てた
大部屋へ歩いた。
部屋を入った途端――その一回り小さくなったような艦長代理の背に、呼びかけて
いた。
 古代にすがりついて相原が号泣し、周りのベッドに臥している怪我の重い連中からは
「艦長代理――」「古代……」「良かった……」「俺たち、手伝いますから」
様々な声をかけられていた。

 「――古代。……こだいっ!」
佐々の口から声が漏れた途端、彼は振り向いて、目を瞠り、そしてその目が
哀しそうに見つめ返した。
「佐々……お前…」
松葉杖を付き、自由に歩くことは適わない。右手はまだ動かなかった。
慌てて歩み寄ろうとしてよろめきそうになった処を、彼は飛び戻って支えてくれた。
「佐々……すまん」
何を、とも。どう、とも言わないまま。
――そして、佐々は察していた。
考えるのをやめていただけだった。
 そうして、口から出た言葉は。
「……ユキは? 無事なんでしょ」
「あぁ。怪我もたいしたことはなかったから。自宅療養させている」
「一緒にいるの?」「あぁ……今は」そうしていないと、お互いが崩れそうだ。
言葉にしないことも、伝わった。
 「古代は俺たちの代わりに、いろいろとな。後始末とか、報告とかがあって。
駆けずり回ってくれているんだ。皆への報告が遅くなって」
背後から、しっかりした声がした。
振り仰ぐと、真田が立っていた。――彼の手足は義肢で、そのため大きな怪我は
せずにすんだ。いくつかの治療と、それでも負っていた怪我で入院はしていたが、
比較的軽症の方だ。
 「古代――」まだ古代に支えられたまま、尋ねる。
訊かなければもう、耐えられなかった。誰も教えてくれないから。
1人で考え――時間だけはある今。目を閉じれば浮かぶ宇宙の闇に――救いが、ない。
 「教えて……加藤が。加藤を見ない… け、怪我もしてないとか? それとも、
もしかし…」
真田が顔を逸らせた。
 「佐々……すまん」古代は同じ言葉を繰り返した。

彼女は一瞬、何を言われたかわからない、というように、固まったが。
ゆっくりと、杖をついて、古代の腕を離し、立ち上がった。
「部屋へ、帰る――」
立って、皆を見、古代をもう一度見た。
 「古代――無理、するなよ。お前だって怪我してるはずだろ」
「あぁ……」
古代は、けぶるように笑う。佐々もそれに微笑み返した。
「早く元気になれよ――」
その言葉は、そっくり葉子にこそ向けられるものだったろうに。

 かつん、かつん。
と長くはない距離を、松葉杖の音がゆっくりと去っていく。
大部屋からそれを眺める者たちの間にも、言葉はなかった。――


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それから葉子は、一切の涙を流さなかった。
泣けなくなってしまったのだ。
 徐々に状況は説明される。
動けるようになった真田と会い、話をすることができたからだ。
真田はモバイルや携帯端末を使い、病院の中からでもホットラインを通じて様々な
処にアクセスし、必要な情報を得てくるだけでなく、多くの指示を行なっている様子
だった。

島大介はまだ、目覚めない――。
隔離された部屋で、眠り続けているのだという。
だが、身体機能には問題がなく、生存可能――。

 佐々葉子は、退院した――。
 古代に会い、そして初めて加藤三郎の最期を、知った。
その時初めて――おそらくは古代進自身も、泣いたのだろう。
山本明を失ったことも――そして、加藤三郎の死も。
 遺体は自宅へ帰ったという。――そして遺品を渡された。
ボロボロになった、皮の手帖だった。
 3年手帖、というやつだ。イスカンダルの頃からの記録が、時々殴り書きのように
書かれている――意外にもきれいな字だった。
 「君が持っているのがいいのではないかと、思って」
古代進の目は、彼女の気持ちをわかっていると語っているようでもあった。
「私が持つべきものでは、ないと思う」
そう言って、震える手で、押し返そうとしたものを。もう一度手に包み込まれて。
「持っていろよ――加藤も、よろこぶ」
「古代……」
 そしてもう一度。2人で、泣いた。


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 火星――

ヤマトは傷ついたまま、訓練航海へ飛び立っていった。
新たな若者たちを積んで。
手足をもがれ、丸裸になった地球を、急いで守るための礎を作るために。
まだ戦艦に乗れる状態ではないはずの、古代や、南部や、ユキ――そして、島。
生き残った乗組員たちを乗せて。
 佐々葉子は今、同じ使命を持って火星にいる。

火星から見る月は、はるか遠く。
だが空には最も明るい星のひとつとして輝いている。
あの手帖は――もっとふさわしいと思われる場所に、預けてきてしまった。
私は、い。
――この腕に溢れるほどの想いと、この、星の海があれば。

厳しい訓練の合間に、ドームの外れに立ち、宇宙そらを見上げた。
あいつたちが守ってくれた宇宙そらだ――。

忘れない。
……けっして。
この命尽きるまで――そこにいるんでしょう? 貴方は。
そう心で呼びかけ、吸殻をツブす。
(まぁた。戦闘機乗りがタバコ吸ってんじゃねーよ)
困ったような、怒ったような声が聞こえたような気がした。
 (不思議だよね――)
あの笑顔も、怒った顔も。いつでもこんなに鮮やかなのに。
あんた自身だけが、いないなんて――。
でも。――私はここで生きる。忘れないさ、と言って。

 きびすを返して、校舎に戻ろうと振り返った処で、ぱたぱたと駆ける足音がした。
「佐々教官せんせい〜っ」
元気に手を振って呼ぶ声。――あいつにそっくりな、若者。
「なんか用かぁ」呼び返す。
「お暇なら、めし行きませんか〜」
飯ったってね。どうせ食堂だろうに。
 ふっと笑って、佐々はうなずいた。
「あぁ。すぐ行く。たまにはお前らとまずい飯食うのもいいかもな」

 火星訓練基地でも、新しい時代は始まっていた。

Fin
−−after「宇宙戦艦ヤマト2」

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綾乃
Count036−−15 Feb,2007


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あとがき のようなもの

count050−−「忘れない」
「亡くなった人への最大の供養は、思い出し、語りかけることだ」とある人が言った言葉を守りたいと思ってき病気や事故や、突然死で早世した友人たちがあり、それぞれの人たちと、そのようにと思っています。作中の葉子にとっては、それはまだ生傷のまま、そして大切というには言葉にできないほどの相手を同じ戦いの中で亡くし。−−それは今の私たちには想像もできないことだったでしょうけれど。彼女たちはメゲません。
 忘れない−−それは信仰告白にも似て。それは、"恋愛そのもの"ですから、彼女にとって。だけれども、新しい幸せの予感が手を振っていてくれることですし。
 それにしても、「読んでいただきたい関連作品」の多いお話になってしまいました。
 もとは、Original-NOVEL NOVELの 「宙駆ける魚・2」 がベースの物語。加藤三郎の、 遺品の手帖の行方はこちらの話 で、そして、ラストシーンの火星は、 「宙駆ける魚3・MISSION」 でお読みいただけます。
 古代進と佐々葉子は、親友同士です。同じ戦闘班の釜の飯を食い、共にゼロとタイガーで宇宙を飛んだ同志です。その2人の友情と、つながりの深さをも、感じていただけましたら幸いです。

 またどこかでお会いできましたら(_ _)。

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