Da・i・su・ke

(1) (2) (3) (4)
    
   
『完結編』後−−A.D.2215年頃
:お題 No.33 「学齢期」

   
【Da・i・su・ke〜教科書問題】

skyアイコン

(1)
 セキュリティモニタが生命反応を示す。
熱源が近づき、やおらモニタには小さな影が映って、ちょっと立ち止まり見上げて
暗証を解除すると、外側の機密ハッチが自動開閉してそれを通すのが見えた。
思わず笑顔になって。
ややもして、ばたんっと内ドアが開くと、たたたたっと小さな体が駆けてきた。
乱暴に荷物をソファの上に放り上げたかと思うと、
「わぁぁぁあんっ!」と叫んで、彼女の腰に飛びついてきた、小さな息子。
 「どうした」と、かがんで、抱き上げる。
えんえん、と涙でいっぱいの顔で、ひっくとしゃくりあげる。
「男の子だろ、またいじめられたのか?」
言葉は乱暴だけど口調は優しい、ほらほらと抱き上げて、頭を撫で、抱え込むと、
男の子は少し静かになった。
「ママ……僕、お父さんの本当の子どもなの?」
と涙がまだ溜まったままの目で、抱えられた膝から、母親を見上げる。
「……大輔。……また学校で、何か言われたのか」
と首をかしげるに。
 ううん、と首を振る。
「いじめられて泣いてもいいけどな、喧嘩になったら負けるなよ」
といつものことで。
「ちがうの」
ふっと佐々は笑うと、話してごらん、と小さな手を取って、ソファに一緒に座り込む。
おやつがあるけど、どっちを先にする? と聞いて。まだぐずぐず言う息子は、
ちょっと甘えっこかもしれないなと反省もしたりして。

 加藤大輔・8歳の通う小学校は、普通の公立の学校だ。何度もの地球侵攻の
大戦で、人口がひどく減ってしまったため、就学年齢は引き下げられ、5歳で入
学、現在は4年生になろうとしているところである。
以前の日本の学校制度と異なり、能力に応じていくらでも飛び級、専科制は可
能だが10歳までは共通教育を受けた。もちろん特別な才能のある者や、宇宙に
出ている者は、別だ。
 事の起こりは、社会科の時間だった。
――今日は、現代史なんだよと出かける前に大輔は言っていたっけ。
現代史で避けられないのは――10年前にアクエリアス・ルナに消えた宇宙戦艦
ヤマトとその物語だ。
そこで戦った戦士たちはまだ若く、地球のあちこちで活躍している。
 大輔の母・佐々葉子は、2199年に勃発したガミラスとの――“事の起こり戦争”
からの、数少ない生存者である。女性ながらに英雄の一人といってもよい。
戦闘機隊に所属し、1士官であり続けたため、軍内での地位やその途の者の間
での知名度に比して、一般にはあまりその名を知られていない。
――だが子息である大輔が、その「歴史」を机上の学問として、同級生たちと共
に学ぶには、その環境はあまりに特殊でありすぎた。
 佐々は、敢えて何も言わず、学校に任せている。
――いちいち気にしていたら保たないし、息子は、この先も、その中で生きてい
かなければならないからだ。
 大輔は生まれてからの物心つかない頃は別として、宇宙育ち。
筋力が少し劣るのは仕方ないとしても、身が軽くて小柄だ。
感覚はかなり宇宙人スペーサー的、大らかで温和な子である。
その割に――両親共に攻撃的な戦闘機乗りであるはずが、いったい誰に似た
のか、よく泣かされて帰ってくるのだ。小学校2年生で地球に戻っての普通の
生活に、子どものこととてすぐに馴染みはしたが、時々、その感覚が浮いてしま
うことがあるらしい。
しかも。平和主義者は良いけれど、時々この子はもしかして弱虫なんじゃないか
と心配することもある葉子である。

 佐々は歴史の教科書も精査して見たことはない。
 ヤマトや古代進、そして最後の殉職者として亡くなっていった沖田十三や島
大介の描かれ方が、どのようであってもきっと納得はできないだろうから。
だから、授業参観も、しなかった。ごめんね、大輔。
まだ、それを過去として割り切れるほどには昔ではないのだ――。


 「……ということで、ヤマトが地球を救ってくれたから、今があるんです」
と先生は言った。
ガミラス戦からアクエリアスまでのわずか5年の歴史だが、小学生の簡易版
でも話せば授業3時間分くらいはたっぷりある。
断片的に聞く噂話や、訪ねてくる小父ちゃんたちとの会話、父さんの話などから
推測する以外に、きちんとした物語を編んでもらったことはなかった。
「時期が来たら、きちんと話すわね」と母は約束してくれているけれど。
だから大輔が知っている話は、雑誌や読み物で見るものだけで、こうやって
授業とはいえ、自分の家の歴史のようなものを学ぶのは妙な気分でもあった。
 でも――凄いことだったんだ――クラスの大半も同じように感じたみたいで。
僕らは地下都市を知らないけれど、先生たちの年代は小さい頃はほとんど地
下で暮らしたんだそうだ。そして。
「偶然ですが、このクラスには関係者がたまたま3人、いますね。南部くん、
相原さん、加藤くん――貴方たちのご両親は、その戦いの際、前線に立って戦っ
た方々のお一人です。皆さん、覚えておいてください」
ほぉという顔と、じろじろと、クラスにいる大輔たち3人を見る目がある――大
輔は、少し決まりが悪い思いをして、先生がそんなこと思い出させないでくれ
ればいいのに、と思った。大好きで尊敬している先生だけど――。
 防衛軍の官舎にほど近い場所である。
ヤマトのみならず、軍の関係者の子弟も(もちろん私学へ入れている家庭も多
かったが)、少なくなかった。

 その休み時間のこと。
「加藤」と同級生の安井くんがいう。
気は悪くないと思うんだけど、声も体も大きくて、ちょっと乱暴なので、僕は
少し苦手。相原と話してるとすぐ割り込んでくるし――。
「お前の親父、ヤマトの航海長だろう?」
え、と大輔。
「うちの親が言ってたよ、お前、母親と島大介の間の子だろうって」
なんのこと――?
今の子は、耳年増である。大人たちのそういう噂話には聡い。また、一番そう
いうことに興味のある年頃に差し掛かっていた。
 大輔自身のことも、親である自分たち自身のことも――母はあまり詳しく話し
てくれたことがない。母は職場では偉い人らしいし、父はあまり家にはいない
けど、二人はとても仲が良いから、たぶん、とっても幸せなんだろうと思う。
 ヤマトのことは――辛い思い出なんだろう、くらいは、ほとんど片親のように
して育った大輔の聡い精神には察せられて、その話をせがんだことはなかった。
だからこそ、世間からの話、教科書に載っていること、以外はほとんど知らない。
ただ、古代のおじちゃん――だけは、よく知っている。カッコ良くて憧れだ。
本当にこれ、教科書に載ってる本人だよな――というくらい優しい小父さんで、
小さい頃から可愛がってもらった。地球にはあまりいないけど、帰ってくれば
逢えたし、お母さんとはとても親しいから。ユキ小母さんや、守お兄ちゃんも、
とても大好きだ――そういう人たちと、教科書で見る「ヤマト」が同じものだって
いうのを、なんとなく、疎外感とともに、眺めてしまった。

 だけれど。僕の父さんだって月基地の総司令――加藤、という苗字が示す
ように、その“英雄”といわれる人の一人、加藤四郎で、それなりに有名。
カッコいいと僕は思うけど、母さんに聞いたら
「そりゃ宇宙で3番目にカッコいいわよ」
と言っていたけど――1番目と2番目って誰だろう? ね。
 普通のお家みたいに、父さんが家にいないのは、もう生まれた時から当た
り前に思っていたけれど――時々だけど家に来るし、僕は父さんが大好きだ
けれども――。
でも、父さんが来ると僕なんかそっちのけになってしまうのは、2人がとても
愛し合ってるからなんだって南部くんが言ってた――僕はちょっとツマラない
けどね。−−その父さんが、父さんじゃない? なんて。ひどいっ。
「何だよ! そんなわけあるかいっ!」
「有名な話さ――お前、知らなかったんだろ」
揶揄するとき、子どもといえど手加減はない。いやむしろ子ども同士の方が
残酷かもしれないほどに。
「そうだそうだ」「うちでも、そう言ってたよ」と無責任に周りも囃し立てて。
 「なにぃ」と睨み返しても、すでにその目には涙が溜まっていて。
「やぁい、弱虫」と言われるほどに、大輔の、見かけによらず高いプライドは
いたく傷ついていた。

 
←新月の館  ↑Yoko SASA indexへ  ↓次へ  →旧・NOVEL index

Copyright ©  Neumond,2005-09. Ayano FUJIWARA All rights reserved.


inserted by FC2 system