地球光アースライト〜格納庫

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−−A.D.2220「宙駆ける魚」(Original)番外篇
:お題 No.52「格納庫」
   
【地球光 〜格納庫】


【Scene・1】

 月面基地――。

 カツ、カツとブーツの踵の音が格納庫へ入ったとたんに響く。
いつものように、少しクセのある早足でやってきたその人は、大またに部屋を
横切ると、ハンガーに出番を待つ愛機に近寄った。
 さっと敬礼をして、迎える澤田樹里を軽く見やってすっと敬礼を返し、風防
に乗り込む。
「司令――今日は、どちらまで」
データを送り込みながら整備主任の澤田は言う。
「あぁ……ルナへ打ち合わせと哨戒。5時間で戻る」
「いってらっしゃいませ」
ぱきっと敬礼をして、ハンガーを引き、パイロットがヘルメットを着け風防が
閉じて機体からエンジン音が立ち上がるのを見計らってスイッチを入れた。
絶妙のタイミング。
機体の調子も万全だ――。
中距離を飛び惑星間航行もできる、艦載機としては果てしなく厚い装甲を備え
たコスモタイガーIII。今はほとんど量産されなくなったが、2200年NAMBU製の
この優れた航宙機は一度乗ったらほかのものには乗れない――とパイロット
たちは皆、言う。宇宙を駆ける韋駄天たち……歴史に名を残した数々の先任た
ちも、ガトランティス戦、デザリウム戦、ボラー戦、ディンギル戦……地球を
襲った多くの戦いで命を散らせていった。
だがこの基地の総司令、加藤四郎は。
デザリウム戦からその戦いに身を投じた中、生き残った一人。
総司令を務めながらも未だに宇宙そらを自ら飛ぶ。
その飛行は鮮やかで、若い連中も追随できるようなものではない。
「若い頃のようには行かないさ――」
尊敬を込めてそう言っても、司令から返る言葉はいつも、そう。
「女房にも適わないしな」と時折はそうも言うのが常だ。
……確かに、彼の連れ合い――正確には妻ではないが――佐々葉子大尉は。
伝説の戦闘機乗り――古代進や山本明とともに、ガトランティス戦を駆け抜け
た女戦士だ。
だが、私――澤田樹里さわだ・じゅりは。まだ彼女に相見えた
ことも、その飛ぶ姿を見たこともない。


【Scene・2】

 鮮やかに飛び立つ機体を見送って、樹里は満足そうにそれを見やると、ほぉ
と一つため息をついて、踵を返した。
「おぅ、樹里。また司令か」
同僚の腰越透こしごえ・とおるが声をかける。
「あぁ。5時間コースだそうだ、残業だな」と返して。
「お前が待ってなくても良いよ、遅番の連中がいるだろ」
と。暗に一緒に帰ろうぜと言っているらしい。
「バカ言うな。初号機はあたしの管轄だ。他人に触らせるわけにはいかない」
彼は片手を上げ肩をすくませると。
「それ、部下の連中に聞かれるなよ。…信用されてないって連中怒るぜ」
と腰越。
「あぁ…すまない。つい」
技術班のメンバーは自分の技術と整備にはプライドを持っている。ましてや
この地球防衛軍絶対防衛線を守る月基地のメカニズムは複雑で、それは前副
司令だった佐々葉子の発案になるものだといわれている。基地全体にシステ
ムを組み込み、またそれに見合う人のフレキシビリティを要求した。
――以前から艦載機隊の大本部であった此処月基地には思い入れと危機感
がある。それは防衛軍の要求にも合致していた。
だから。
技術班員としてこの地を守ることは彼らにとってのプライドでもある。
総合科学士官である技術長からはじまり、格納庫で整備に当たる末端の技術
員まで。それなりの矜持を持ち事に当たっているのだ。

 樹里は。
 加藤四郎総司令の機だけは、必ず自分の手で整備した。
(何か起こった時――この人を生かさなければいけない)
それは、戦闘士官と日々接し、現在は平和な太陽系にあっても前線にいる本
能のようなもの。だからこそ、四郎という戦闘員であり頭脳である人を。
万全の形で動けるようにしておくのを使命と感じているのだ。
その想いは彼女だけでなく、その前に佐々を担当していた前任者も同様のこと
を言っていたっけ。佐々副司令時代――月基地は何度も不穏分子に襲われた。
そのたび、彼女は身をもって、その作戦と事前の罠、また能力をもって危機を
防いできた。現場を潜り抜けてきた女戦士――。
だが現在の加藤四郎は。それ以上の能力を持つといわれている。
 だが本当にそれだけだろうか?
 今の澤田は自問するのを避けていた。

 《遅くなるから引き上げていてくれてよい――》
加藤司令から連絡が入ったのは、彼が出発して6時間が過ぎた頃だった。
何か突発事態が起こったのだろうか――。
「戻られますか」と問うと
《必ず戻る。そちらで処理すべきことがある》
それだけ言って通信は切れた。管轄部署にそれを伝えると、樹里の仕事は
本来なら終わり。通信を切ると、中断していた作業を開始する――。


 
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