glasアイコン 包まれて…

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−−before『宇宙戦艦ヤマト3』
:お題 No.76
〜No.82「熱帯魚」・その後
   
【包まれて…】


(1)

  「ん〜」
(困ったな)、なのである。
 佐々葉子は、バスローブをまとっただけの姿で、バスルームの鏡に
向かってうなっていた。
(どうしよう‥‥)

 佐々は地球防衛軍というところに勤めている。女ながらに飛行機乗り。
――宇宙大気圏両用だから航宙機というのだが――である。身分は、
中尉。偉いような偉くないような。
だから、航宙機を駆って空を飛んだり、艦隊に所属して宇宙を旅するば
かりでなく、地上にいて、人の管理をしたりシステムの構築に携わった
りもする――とまぁかなりのエリート。
 年齢は、23歳だ。
 もう5年、この仕事をしている。中堅どころというのだろうか。
 その間に、三度の大きな侵略戦争と災害に巻き込まれ、その現場に
いた。大戦で、最も多くの人材が失われた世代。彼女の乗る艦の名を、
宇宙戦艦ヤマト――という。現代の地球人なら、知らない者のない名
であり、彼女はそこの、戦闘機隊の一人である。
 だが。
 そういう背景もあるから。
これは仕事だから――とはいってみても、気が重いのは変わらない。
(いくら、防衛軍の要職に女性が少ないったってね――)
軍関係のパーティがある。通常なら、秘書室を中心とした女性連が
対応するのだが、生憎重要な連邦会議と重なってしまい、手を割くわけ
にはいかなかった。だがしかし。こちらも重要、というわけで、
「ついでに社会勉強してこい」
という上官のありがたいお言葉と「仕事もしろよ」という――つまり根回
しして情報を引き出せという――もっとありがたくないお言葉までいただ
いてしまった佐々である。
 銃を抜いたり、機に乗って奪取してこいというのなら行きもしようが、
なにせ着飾って笑顔でにっこり。それは佐々とて士官である、作戦の
ためなら何とでもしてみせよう――という程度には心得ているのではあ
るが。生憎、個人的な事情により、現在はそういう気分にはなれない。
…のであった。

「あぁ、経費で落としていいから、きちんとドレスアップしていけよ」
にっこり笑った上官の一言が身に沁みる。
あたしがドレス着たって、この顔じゃ皆驚くだけなんだけどな――。
戦闘服や制服を着ていると不思議に気にならないが、私服になると
一気にその横顔の大きな傷は目につき、違和感のある容姿になる。
クールな容姿だけになおさら、その部分が目立つのだ。
――だから佐々は、めったにないことではあるが、公式の場所に私服で
出るときは、右頬から額にかけアイマスクをかけた。士官仲間や飛行機
仲間には見せたことのない顔だ。佐々自身に傷を恥じる気持ちも、自分
を美しくみせたいという欲望もない――相手が不愉快な思いをするから。
注目を浴びすぎるのを避けるため。

 ともあれ。ドレス着てにっこりわらってなきゃいけないのには違いない。
「あぁそれと」
とても意地悪な上官が言う。
「パートナーは自己調達しろ。相手の費用はまかなうが、男までは世話
しないからな」
――と。原因は、これ、だったりもする。

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 佐々とて喜んでエスコートしてくれそうな相手が…片手の数程度だった
ら、いないわけではない。そりゃ、美貌で鳴らす親友殿には――たぶん、
かなり、負けるとは思うけれど。だいたい皆、無骨な戦闘機乗りが多くて、
そういった会場で役に立ちそうもない。――しかもいつも周りをうろついて
る男――上官は確かにこれを念頭に置いていたが――防衛軍では有名
な話なので――今はそれに頼むわけにもいかない佐々である。
その、不機嫌の原因が、この男だからだ。
 となると。
 頼りになるのは――数人の顔が浮かぶが、自ずと4人に絞られた。
中で最も気軽に頼めそうな同期は。
「あ〜、悪い。俺、その日冥王星だわ。――残念だなぁ、葉子と公の場で
デートできるのに」
酒井にそう言われて、あぁ仕方ないわね、気をつけてねと言いつつも少し
がっくり。同期生の酒井亮輔は、やはり同じ戦闘機乗りだが、生来の性
質と現在の地位もあって、比較的こういった場に慣れている方だ。
気の置けない同士でもあり、また久しぶりに会うのも悪くないと思う。
「だが葉子、あいつはどうした? 加藤くんじゃだめなのか?」
(その四郎に頼めれば苦労してませんって――)
 加藤四郎は同じ部署に所属している相手である。スケジュールくらい
はわかっている。その日は非番で、残念ながら手は空いているはず。
だが、もっぱら――そう。気まずいのであった。

 あと、頭に描けるのは3人。3人が3人ともに超有名人なのでできれば、
避けたい。だが背に腹は代えられない――しかし親友の夫、そして同僚
で上官の古代進は。ユキと共に出席するのでまず頭数から外さなけ
ればならなかった。
(まだしも古代の護衛に就け、とでも言われた方が気がラクだわ――)
佐々はごちた。
 残るは――
(島か南部、だよなぁ)
はぁとため息。
 その、いろいろの原因である島にこれ以上かかわってもらうわけには
いかない。だから。

「僕なら気にすることはありませんよ、いつものことですから」
と、気軽な返事で引き受けてくれた南部には、感謝してもし足りない
佐々である。
「まぁもっとも、僕のスケジュールなんてとうにご承知でしょうけれど」
ヴィジホンの向こう側でクスクス笑う。
こいつも見かけほどには人が良くない。とはいえ頼りになるのも確かで。
「場所と時間は承知しました。1時間前にお迎えに行きますからね。
…あ、それとメールで良いのでドレスの色が決まったら教えてください」
とまぁ、こういうところをサラりと気配りできる男は、佐々の周りには他に
居ない。要するに、ドレスの色に自分の服装も合わせるから、という
わけだ。
一緒に買いに出かけようというほどの仲でもないし暇でもない(彼も
それなりの要職にあるから)ので、それで善しとした。
ほっとした反面――何か割り切れないものも感じた葉子サンであった。
 
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