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【A last command】

−−A.D.2251年
:二字熟語お題−No.22「命令」

crescent art・c
 
・・・地球−−防衛軍本部・・・
= 1 =

 ふぅ。
加藤四郎は、プリントアウトした書類をもう一度見直すと、ペンを執り、さらさらと
書き慣れたサインを入れた。最後に花押のようなマークを書き、止める。
 これで、終わりだ。
 今日限り、此処は――長年勤めてきたこの、地球防衛軍とも無縁の者となる。
14歳で軍の訓練学校に入ってから半世紀以上――地球、月、火星、木星やコロニー、
そして戦艦の中、と。場所は変わってもずっとずっと、此処と関わってきたのだ。
少しの感慨が胸に沸かないといえば嘘になるだろう。
 書類を置き、テーブルのひと隅に立てられたカードを開く――フォトが浮きあがり、
懐かしい姿が小さくだが鮮やかに彼を見つめていた。
ゆっくりと笑顔になる。――じっと見つめ、それをパタンと閉じると彼はそれを胸の
ポケットに入れた。
椅子から立ち上がり、テーブルを回って書架の方へ歩み寄る。
 私物はほとんど出してしまったので気にいっていたマホガニーの書架はほぼ空で、
ほかの書類も処分済みだ。あとは――データ登録を消すだけ。
部屋の隅に備え付けられたパネルをひとしきり慣れた手つきで操作すると、コン
ピュータが無機質な声をはじき出した。
〔ショウキョ、完了――以降、コノあどれすハ、あくせす不可能ニナリマス――〕
あぁ、わかったとも。
 誰にとでもなくつぶやくと、四郎はうん、と伸びをした。
その表情は、先ほどまでの沈うつさとは反するように、明るい。
(――終わった、な。なにも、かにも、だ)

 シュウン、その時、戸口の方に人が現れた。
「終わったか?」
「――」見ると、山本明が荷物を下げて、立っていた。
「迎えに来てやったぞ? 1人で出ていくんじゃ寂しいだろ?」
加藤は、困った顔をして笑った。「――いいですよ。盛大な見送り、とかいう慣習も
頼んでやめてもらったんですから。貴方まで付き合わなくてよかったのに」
 山本明もこの日、同じに退官するのである。彼の勤務形態は特殊で、いつ辞めても
良かったし、まだ続けても構わなかったのだが――本人は。
「俺は古代が辞めた時が辞めどきだったからな――あとはオマケだ」
そういって恬淡と。嘱託、という立場を楽しむように後輩どもを構い、しごき、現在
ではむしろご意見番としてその地位を確立していた。――後輩たちには惜しまれな
がら。
……もちろんそれは加藤とて同じことだったが、山本と異なり正規の指揮官職を勤
め名誉職も兼任し、現在も高い地位にいる彼は、あまり居座るとあとがつかえている。
特にこの前後は有能な人材が多いのだ。いつまでもその席を占めているわけにはいか
ない。
それに――。
 「葉子あいつがいなくなって、ちょっと気抜けしたのも確かだからな――」
少し翳りのある笑顔で、山本が言うと、
「そうですね…」と答えが返った。
 まだどうにかした拍子に、あの角を曲がって彼女が顔を出すような気がした。
若いまま――いや、覚えていた中年の、柔らかくて優しい笑みを浮かべて。きりっと
した表情はそのまま、自分にだけ向けていたあの瞳で、まっすぐこちらを向いている
ような。
「古河が寄るって言ってたからな、あとで宴会だぞ?」
「――またですか?」
歳を取っても、相変わらずお祭好きな連中だと四郎は思う。
「そりゃそうさ。何かっていや、年寄りは大人しくしてろとか、健康のために飲みす
ぎ注意だとか子どもらに言われるんだ。こんな機会くらい盛大に…」
「山本さんっ」
「――あ、失礼失礼。うちの嫁さんが煩いもんでな、つい…」
四郎はふぅとため息をついた。
“うちの嫁さん”ね。――それって四郎の娘・飛鳥のことなのだから、世話はない。
 「それで?」
「あぁ、“いつものところ”だ」ニヤりと山本は笑う。


fede icon
 

 古代進が去り、佐々葉子が逝って――もはや2年以上が過ぎた。だが、残された
者たちはまだそれに慣れないでいる。古河大地は地球へ戻ってきた。
桂木が体調を崩し、入院かどうかという話になっている処、古河はその世話をしなが
ら静かに義理の息子である太一たちの離れで暮らしていた。
 もう老境に入って久しく、ほとんどの者が現役を離れてしまっているが、古河だけ
はまだ、諦めることなく、できる範囲の訓練を繰り返し、時折は操縦もしているとい
うから、そこに何かの意図を感じないわけでもない周りの者たちなのである。
もちろん四郎だって――退官というその日までは、できる限りは、というところだ。
 「山本さんも、飛んでるんじゃないんですか」
「俺? 俺はもう、とうに戦闘機は下りたぜ?」
「――だからですよ。時折、航宙機飛ばしてると聞いてますよ」
「ちぇ、バレてたか」
山本明もすこぶる元気だ。半身サイボーグ故のメンテナンスは必要だが、生体部分と
の不具合も許容範囲でケアさえすれば問題はないというし、それだけに内臓の劣化が
ない。色気も衰えないのはさすがだな、と回りに言われている――70歳でも男は
男だ、といわれている。


air&the earth clip
 
背景画像 by 「Water Floats」様 

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