有明の月

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【有明の月】

−−A.D. 2207年、夏
:お題2006−No.06




1.
 「うふん。――怖いこと思いついちゃった」
ぺろり、と舌を出すような雰囲気で、佐々葉子は古代進に言った。
少しお腹が大きくなってきてもいいはずなのに――まったく目立たないから
始末に負えない。ユキん時はもうけっこう重そうだったけどな、というこの女性
の腹の中にいる子は、まさか俺には関係ない。
だが。
「おい…なんで俺なんだよ。デートなら加藤とすればいいじゃないか」
「――だって。艦隊司令殿と違って下っ端は忙しいのよ。何だか今日も地球の
反対側に呼び出されて、人狩に行ってるわ」と、ごく楽しそうに言葉が返った。
「ユキも月だしねー。だ・か・ら。お相手してあげてんのよ? ありがたく思いな
さい」

 ありがたいわけはないだろう、の古代進である。
艦隊司令だってそれなりに忙しいのだ。やっと1日の休み――なのに愛妻は
月基地へ長官とともにお出かけ――だからまぁ。親友でもあり、本来なら
部下だが産休に入る直前の佐々葉子と、こうしてデートなどしているわけでは
あるが。
いや彼女は現在、訓練学校の教官をしている。このあとの航海に乗り込む人
材の相談をするので、「なら迎えに行ってやるよ」と、やっぱり根っから女性に
は親切な古代だ。ましてやそれが妊婦で、友人で、となれば当然のこと。
――だがこうやっているとどうせ、絶対に来週あたりの週刊誌に何か載るの
である。
もはや当たり前に嘘だとわかっているのだが、それでもそういった類は部数が
伸びるのだそうで――必要悪のために犠牲になってやるサービス精神は2人
ともに無いのだし。
そうやってわかっていても。
うちの嫁さんはともかく、こいつの恋人はなかなかヤキモチ焼きだから。機嫌
が悪くないフリをしても怒らせたら怖い程度のご機嫌にはなってしまうのだか
ら。その上司でもある立場をわかってほしいと思うのだけれど。
「加藤は知ってるのか?」
なによ。と、葉子は上目遣いに言った。
「なんでいちいち、古代とデートするのに四郎の許可が要るのよ」
と言い放たれてしまって。
 また、御機嫌な様子に戻った。

 もっと早くわかっていればなー。
飄々として決めたようでも本当はちょっぴり残念なのである。
「私だってもう一度ガルマン=ガミラス行ってみたかったわよー」と言う。
「これで通商が開かれればいつでも行けるじゃないか」
と古代は言うが、それにしても「ちょっと行って来れる」という距離でもない。
艦だってヤマトだったり大型戦艦なら半月でたどり着くだろうが、普通の船団
や、ましてや定期航路が通うとは思えない距離である。通商船が出、それに
護衛艦を割り当てる、くらいが関の山で、そうなれば戦艦勤務の葉子に、そう
そう訪ねる機会があるとは思えなかった。

――デスラーに逢いたいわね。
おい…。俺だって逢いたいわけじゃないぞ。
くふん、とまた葉子は笑った。
「いや、デスラー本人ってわけじゃないのよ」
なんだか、“あの時代”そのものって感じじゃない、ガルマン帝国って。
 ――苦しい時代だった。
多くの命と、たくさんの大切なものが失われた。だが。
「ヤマト、ということなのかもしれない」
心の中で、今も輝くふね。私たちの、命の拠り所ともいえる――今でも。

 でも、まぁいいわ。皆いなくなっても、ユキはいてくれるし。
相原んところもおめでたでしょう? うちより少し早いらしいから、参考にさ
せてもらうし。と、けっこう楽天的。
古代にしてみれば。
――こっちはなぁ。ユキも守がいるから地球を離れられないし。アテにしてい
た佐々まで産休だし……お前に降りられるのは痛いんだぞ、と勝手なことを
言いたくもなる。
だが、苦労した女性ひとだ。そうやって愛する男の子どもを産んで、幸せになっ
てくれるのは本当は歓迎すべきことで、古代だとてそれに否やはないのだ。


 で、怖いことって?
と古代が水を向けると。
「この子さ――」うん。「四郎の子じゃない?」
当たり前だろうと古代は次の言葉を警戒する。
「てことは。――三郎の血も引いてるってこと」
にっこり、というように葉子は笑って、まっすぐ古代を見た。
 は、と胸を突かれた気がして、古代は一瞬、傷ついたような顔をした。
「そ、そうだよな……」
三郎と四郎は兄弟である。四郎の子、ということは、三郎には甥、ということ
になるのか。
――今まで意識もしなかったなんて、ね。
少し寂しそうに葉子は笑った。
子どもを通じて……また、あの人に会うのかもしれない。
どうしたらいいかなぁ。
 また。惚れなおしちゃうかもしれないわね。

「男の子だとは限らないだろう?」
「そうね」と笑って目の前の女性は言う。
「女の子でも、きっとかわいいわよ――案外、四郎って美形だから」
「そうだな」と古代も言う。あまりそういう風に意識してみたことがない……
きっと佐々にしても全然気にしたことがない、というのはハッキリ言える。
だが。
(こいつ案外面食いだもんな)
というのも正直な処だ。――超美形だった山本は別格としても。
兄貴の三郎だろ、宮本だろ。島だっていい男だったし、まぁ斉藤は…。
 とはいえ、佐々も美人だからな。
きっと子どもはかわいいだろうなと思うよ。



 
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