−My Lady−

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【My Lady -僕の義姉ねえさん-】


★このお話は、加藤四郎の訓練学校時代を書いた、お題2006-No.27
「Ich habe getroffen」のエピローグに当たります。
本編とは独立した話です

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−−A.D.2206
:お題2006-No.12「結婚・a」

 「今度こそ本当かもよ」
「え〜っ。けどよー、あの加藤隊長さんに限ってそんなこと」「いーや、わかんねー
ぞ。なんたって相手は…」
 「あ…おい。しっ!」
航宙機溜まりで無駄口を叩いていた若い連中が、部屋に佐々が入ってきた
途端に口をつぐんで、気まずそうな顔を見合わせた。
「――加藤隊長が、どうしたって?」
にっこり、と微笑む顔が怖い。「小此木。続けていいのよ、話」
「い、いやなんでも…」
「来生くん?」情報通の小柄な来生は、蛇に睨まれたカエルといった風情で
見返す。
「い、いやあの……この間、見ちゃったんで…」「何を?」「あの」
 まったくラチが開かないってこのことか。
 「先輩、聞きたきゃ教えましょうか?」
向こうから岡本有佳が遠慮なく言った。「加藤隊長が、楚々とした美女と、お
デートしてた、って。今、すっごい話題なんですよ、先輩」
きっと顔を上げると佐々は能面のような表情になった。
「ふーん。なんだ、そんなこと」
それだけ言うと、来生と小此木に迫っていた体を引いた。
すたすたと給湯器の方へ行くと、さっとカップを出し、紅茶を注ぐ。
それを見ながら後輩たちは、こっそり恐れていた。
「――あれ、相当怒ってるぞ」
「あぁ。なぁんにも言わないし、怒らないしなぁ」
「おれ、知〜らねっと」「あとで加藤隊長にシメられても知らねーぞ」
「な、なんだよー。言ったのは岡本じゃねーか」
……後輩たちのこわごわの囁きも耳に入れず、佐々は飄々と紅茶を飲み干す
と、スタスタと部屋を出ていった。
 内心は――煮えくり返っていたとしても、である。

 噂だけならしょっ中。著名人や、有力者とでっち上げられることや、迫り倒
されることもある。軍の中にオッカケもいる。――それに。
葉子たちの代より上の女性……特に尉官や佐官の女性たちに、何故か彼が
人気抜群なのは今に始まったことではない。
 だが。

“楚々とした美女――?”
これまで四郎がその手の、和風美女――大人しやかで女性らしい人と噂に
なったことはなかった。
頭が良くて明るく、行動的な女が好み。それでいて女性らしさを失わない人。
――誰もがそう思い、四郎自身の親しい女友だちにもそういう相手が多い。
ただし――森ユキを除いて。だがユキだとて内面は、それそのものなのだか
ら、知っている人が見れば確信を持たせるだけだったが。
 自身が“ヤキモチ妬き”という自覚のある四郎は、何かある時は必ず葉子
に事前連絡をしてくる。明日は誰々をエスコートしてどこどこへ行かなければ
ならないとか。誰に会うけど雑誌とかテレビに出ても誤解しないでね、とか。
もう、勝手にしてればいいわよ、いちいち気になんかしてないからっ、と煩く
思うほどに、マメな男だ。
 だけど。
――今度の話は、聞いてないわ。

 
 それも。
同期生の横田や後輩の岡本――男女の情報通はじめ、皆の話をつなぎ合
わせてみると、どうやら一度や二度じゃないらしい。
それに何より決定的なのは。
 “結婚式場で見かけた――”
というショッキングな話。それも仲良さそうに打ち合わせ風に現れたというか
ら、周りの噂雀たちの話も一気に加速した。
 目撃証言――長い黒髪の、少し年上で華奢な感じの和風な美女。細面
で、伏目がちな細い目と日本人形のような…で、あれなら加藤隊長でなくと
も――などという男どもの願望も入ってくるから、余計始末が悪いのだ。

 そんなわけで、2週間ぶりに佐々葉子に会った加藤四郎は、すこぶる御機
嫌斜めの恋人に再会することになった。

――それも一つの原因。
恋人のあたしが2週間も会えないってのに、別の女とその間、会ってるってど
ういうことよっ。しかも地球に寄ってるなら、連絡くらい寄越しなさいっての。
 まったく、人のことは言えない葉子さんなのである。

 
 「で。今度は何がお気に召さないわけ?」
会った途端、抱きしめようとしてつき返され、キスしようとして避けられてし
まった四郎は、お手上げ、という感じで両手を広げると困った顔をして最愛の
恋人を眺めた。
「――自分の胸に訊いてみれば?」
ふん、と顔をそらせた横顔は、また四郎から見ればかわいいとしか見えず。
それで実はちょっと泣きそうなくらい情けない気分になっていることもわかっ
てしまったので。
 「葉子さん――何、誤解してんだかわからないけど……」
横からすい、と首を抱き取って、耳元に。「愛してるよ――何怒ってるのか、
教えてくれる? 会いたかった…」
そう、熱く囁かれて、もう半分は何を怒っていたのかも忘れてしまいたくなっ
たが、腹に力を入れて、断固、意地でも。
「ほかの女の方が良ければ――いいんだって言ってるじゃない、いつも」
向こうを向いたまま、でも腕の中で。そう言った。
「髪の長い、しとやかな美女なんでしょ。どーせ私は女らしくも、かわいくも
ありませんっ」
 十分可愛いけどな、と四郎は本気で思って、やっぱり横から頬にキスして
「なに、すんのよ…」
と、最後の方は消え入るような声で。

 
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