airアイコン 余裕なんて…河口

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【余裕なんて…】

−−A.D. 2203年
between「ヤマト3」&「完結編」
お題No.48「河口」
 

 別に、いつも余裕があった、というわけではない。
恋なんて縁がないと思ってきたし、だいたい、向かない――。親の所為かもしれ
ないけれど、結婚とか男なんてものに期待したことなんかないから、こんな職業しょうばい
は自分には合ってるんだろう、と至極満足していた10代の頃。
たまたま戦争なんてあって――自分たちが何かできるのかもしれないとも思えな
かったけれども、何もしないでいるよりは。体当たりしてでも生きていると、逃げて
生き延びるよりは、戦って勝ち取った方が――たとえその志半ばで倒れたとして
も、それが、人として普通のことだと――私はそう思って。だから。不器用だから。


 「よーこ。聞いた? いいの、放っといて」
友人で同僚の横田美香が、声かけてきた――こいつは砲術士官で、訓練学校の時
代からの数少ない女友だち…腐れ縁、とも言う。この女が絡むとたいてい男の話
で、しかも、碌なもんじゃない。今回も予想に反せず、そうだった。
「あんたのダンナ、噂なってるわよ」
「−−ダンナじゃないっ!」
反射的にこう返してしまうのはもう、クセのようなものなので、横田だけでなく
ヤマトの仲間たちでさえ、最近は面白がってそんな風に言う。
――ちがう、本当に。
 「で、何」
わかってるんだ。最近の噂くらい、さ。
――きっと、この間新聞に載ったやつだ。

 佐々葉子の恋人で同じ戦闘機乗りの加藤四郎は、彼女より四つ年下。ばりばり
のエリートで、ヤマト第3代戦闘機隊長というだけでも注目の的なのに、おまけに
顔も良いし(葉子曰く“まぁまぁ”なんだそうだが――そりゃ、古代や島と比べる
なよというのが本人談)将来性もマル。この、男性人口の激減した今の地球で、
放っておけという方が無理である。
 しかも、注目を集めがちなヤマトメンバーの中でも最も若い。
当たり前だ――イスカンダルの時にはまだ学生。兄の後を次いで、第四次航海か
らの搭乗、まだ20歳になったばかり。――モテない方がおかしい。
 先般、政府首脳連中の大規模集会があった。現在地球は、すべてが連邦政府の
管轄下にあるが、地域によってはまだ民族独立や昔でいう都市国家のような機能
を有している処もあり、それぞれの代表が地球連邦政府を形成している。復興計
画や発展計画、地球環境保存に宇宙開発……政治力を発揮しなければならない
機会は山のようにあり、サミットも常に行なわれているのだ。
 だがまたそれがターゲットになることも稀ではなく――なんでも月近辺で行なわれ
た際に、彼が身を挺して某地域代表――昔の王様みたいなもの――の命を助けた
とかで、代表本人は大感謝、新聞ネタになり、またその娘が見初めてぜひ婿に、
と請われているという。
恋人たる佐々はふだん別々の任務に就いていることもあり、防衛軍内では知らぬ
者の方が少ない熱々ぶりとはいえ、外の世界では、加藤四郎はフリーだと思われ
ている。

 「王族、ね。……贅沢し放題だわよ……大戦中も財産を守れたのは、地下資源
をたくさん持っていたからだって。それに、運の強い人っているのねぇ」
どこから持ち出してきたのか英文の雑誌を持ち出して、その詳細をぺらぺらと述べ
るのは、絶対イヤミに違いない。葉子をからかうために雑誌を買ってくるくらいは
平気でする女だし。
 「べ、別に――四郎は何にも言ってなかったわよ」
「へぇ」と面白そうに美香は葉子を覗き込んだ。
「信じちゃってる、ってわけ?」
「……そうだよ」と言葉少なに返して。「もし四郎がそうじゃなかったら、それはそ
れで、いいし」。仕方ないじゃない、、、と引き気味。
クールな表情を変えもせず言うが、この腐れ縁友だちにはそんなポーカーフェイス
が通用するはずもない。
「正直になんなさいよー。ただでさえいつも放りっぱなしなんだから」
とさらに追及。
「うっさいな。どうしろってのよ」
「文句の一つも言って、なんとかしなさいって迫ったら?」
 そ、そんなこと。
できるもんか−。「火星、だもん」
加藤四郎は今、火星にいる。そこまで自家用機で追っかけてきた(もちろん運転
手付きで)その、富豪の娘と会っている処を、フォーカスされたのがその写真。
かたやこちらは地上勤務の身で、そうそう火星まで行ってこれる休みなんて、取
れない。
 少し不愉快になって。
言われなくてもわかってるわよ。――言い訳メールくらい送ってきなさいよ。
いつもなら、ストーカーのように送られてくるメールも、ヒマさえあればかけてくる
星間電話も、今回に限って、なしのつぶて。…という程度には気になっている
葉子さんではある。
 「これ、くれる?」
突然、きっと前向いて、雑誌をひったくった葉子にびっくりしながらも、
「え、えぇいいわよ。――しゃんとしなさいね」
悪友にここまで言われて黙ってる葉子さんじゃない。
悔しいけど――いままで気にしたこともなかったけど。

今度こそ、本当だったら…どうしよう?


好きな男は、いた。
学生ん時も――中学生までは、これでも普通の娘だったし。ちょっと突っ張って
はいたけど、かっこよくて頭もよくて寂しげな影のある他校生にぽおっとしたこ
ともあったし、クラスの仲良しと付き合ったこともあったけれど。
訓練学校へ入ってからは――日々を生きることだけで精一杯で。男なんてみんな、
野獣――とはいわないけれど。
だけれど、仲間として。命預けあうことになる連中としては、信頼できる程度に
は良いヤツも純粋ピュアなやつも多くて。
仲間で、親友で――同僚で、先輩。
そんなやつらと、出会えたのは幸せだったろう。

 本気で人を愛したのは、あの時限り――だと思っていた。
 命の瀬戸際、というにはあまりに厳しい時間の中。
毎回、あいつの背を追い、また前に抜きながら――。真空の宇宙を飛んだ。
一瞬の光の花火が輝けば、誰かの命が消える。
毎回――出撃のたびに数の減っていく、厳しい毎日で。
優しく包んでくれたひとも、心から愛したあの人自身も――失われて。
戦いの末、生き残った地球に――そんな価値があるのかとさえ想い。
そしてまた、新たな若い命と出会い――それを、自身の傷口など見ないふりを
して、ただ風の吹くままに。受け継ぎ、語り継いでいくことこそが、自分の命を
つなぐことだと。

一番、真剣に飛んだのは、あの頃だっただろうか――。
失われた人を想い、その伝えてくれた技術と魂を。
一つでも、少しでも、残していきたい――。
この体に、私自身に、何一つ証拠しるしも残さないまま――ただ、溢れるような
心だけを残して逝ったひと
受け止めるには大きすぎる愛情と、忘れるには真剣すぎた日々――そのため、
ただ生かされてきた自分。ただ飛ぶことしか残されていないと思っていた。


 
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