熱帯魚
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−−before YAMATO3 2203年頃
:お題 No.82
   
【熱帯魚】

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 バレると思っては、いた。

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 一週間ほど過ぎたある日。四郎がやってきた。
 テスパイ(テストパイロット)にばれて、南支部――南洋の島の上、へ
行っていたのは知っていた。帰ってきたはずなのに、姿が見えないなと思っ
てもいた。……そのくらいの動向は(現在本部で働いていることもあり)、把
握もしていれば、気にもしている佐々である。
いつもに似ず固い口調で、入れてくれる? というので。入ったら、と言って
リビングへ通すと、座りもしないで、立っている。
お茶でも飲むというと――じっと黙ったまま、少し怒ったように、こっちを向
いた。

「ねぇ、葉子さん」
はい、なんでしょう。
「一週間前の夜、どこに居た?」
なんでそんなこと答えなきゃいけないの、と少しムカっ腹が立って。
「本部へ行った日だよ」
って本部には毎日のように行っているんですけど。
 だがあまり不機嫌な様子なので、つと考えてみるに――。
 毎日防衛軍へ日勤し、午後からテスパイに入ったり、訓練校へ回ったり。
古代について現場へ行くこともあれば、そのままデータをまとめるため内勤
することもある。人と逢うことも多いが――。
珍しくも何もなくて定時に退庁しようとした日、かな、それは。
 そして、すぐに思い出した。そうだ――しまと逢った日だ。

 うん? と目を見て。
 四郎とでなくとも、男と逢ったりくらいはするし、同期や、職場の仲間、ま
た昔馴染みが帰還していれば逢って飲んだりしないわけではない。
佐々の以前まえを知らない四郎は、そんなこともけっこう気になるようで。
それとなく訊かれたりはするのだが。――なんか妙な感じだな、と思いつ
つ、別にやましいことはないから、正直に話したり、でもやっぱりそこまで
報告する義務はないので、適当に誤魔化したり。
これまでも。
 「帰らなかったでしょう――」
思い切り直球を、投げられた。
え、と引いて――少し、後ろめたくなくも、ない。
……というか、思いっきり後ろめたいことがあるわけだから、気にも、する。
「うん――そういえば」そうだった、と言って。
仕方なく。まぁいろいろあってね、と。
誰かと一緒だった? と、四郎がきく。
まぁねと答えて。一人でも、誰かといても、貴方に言う義務はないよと。
冷たく聞こえないように――それでもいいわけがましく聞こえないように。
――一人になりたいことだってある。誰かと夜中語り合いたいことだって。
それに。少し、腹も立って。
貴方は私の、そんなところまで何か言う権利はない。
 相手は、男の人でしょう、と。
それでもメゲずに四郎は言い募った。怒ったような表情は変わらないまま、
少し哀しそうな目になってそう言う。
 言いたくない――。
 言いたくないことだってあるわ、と彼女は答える。プライヴァシーよ、と。

 どうやってそれを四郎が知ったのか、どこまで知っているのか、少し寒い
気がした。気持ち悪いとまでは言わないまでも、監視されているようで、気
分は、良くない。そんなことを言い続けるなら、しばらく放っておいてくれ
ない――体の芯から、少しばかり怒りの火がゆらめいて――私は私。
貴方は私の夫でもなければ、何でも、ない。たぶん。
何の約束もしていない――ただ、今この時愛していると、その気持ちがある
間は、共に居られると、それだけ。
それが信じられないのなら――それは終わりなのかもしれない。

 
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