air icon 放熱−迷惑なその日



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【放熱−−迷惑なその日】

−−A.D.2205頃
:二字熟語題−No.25「放熱」


 

・・・出張つづき・・・


(1)
 
 「はぁん? 皆、お目当てがあるってことかな」
すらりとしたプロポーション抜群の肢体を白衣に包んだブロンドの少佐はそう
言って、部屋にたむろっていた事務官たちのデスクに肘をついた。
「あ、あら」くるりと振り向いたのはそのデスクのオペレータである。
「お、お急ぎですか」
いいや、と彼女は首を振って、彼女たちが覗き込んでいたチョコレートの電子
カタログを見やった。「だってねぇ、これから注文してギリギリってとこで」
「そうなんです、だから」
「少佐ほどなら引く手あまたでしょうけど? 私たち凡人にはねぇ」
ふうん、と面白そうに目を細めた彼女は伸び上がって、色のついたフレームが
ファッションだろうと思われる眼鏡をす、としなやかな手で持ち上げた。
「…それにしても、妙な習慣が流れ込んだものね」軽くため息をつくように
言って。
「あぁら、行事が増えることは悪いことじゃありませんわ。それにいくら、今は
人口バランスからいって女の方が告白するのが主流だからっていっても」
「そうですよ。女性はいつも、夢見る乙女、でいたいんですも〜ん」
別の方からも明るい声が上がって、部屋は穏やかな雰囲気に包まれた。
 「それにしても」と最初に声をかけられたオペレータ――ビバル軍曹は、大き
な目をくるりんといたずらっぽく輝かせながら白衣の女性に尋ねる。「少佐はご
興味おありじゃないんですかぁ?」
厳しすぎるほど厳しい処はあるが、無駄口を叩くのを厭うほどではない。この
天才ともいわれる美女は(多少、変わり者という噂があったとしても)、若い女
性軍団の憧れでもある。ふっと彼女は目を細めて、
「そうね。な・い・しょ。…とでも言っておこうかしら」
嫣然と微笑んだため、きゃぁぁ、という卒倒しそうなミーハーな声が部屋に満
ちた。

 「それより――この資料頼むよ、ビバルちゃん」
そう呼ばれたオペレータは、ちょっと頬を赤くするとすっと真面目な表情に戻っ
て手許の資料を受け取り、はいと頷いた。「え、これ…」
「あぁ。許可済みだ。来週には来るから、ちょうど、バレンタイン当日は此処で
過ごしてもらうことになるな」
目を上げてアガタ少佐を見上げた目に宿っていた光に気づいただろうか?


 

 「え? 北米支部ですか?」
直立不動――の姿勢は崩していない。だがなんとなく脱力してしまったに違い
ない空気をまとわりつけて、佐々葉子中尉は久しぶりにまともに生で拝む直属
の上司の顔を見た。
……いや、見たい顔っていうわけではない。仕方ない、上司だし。
内心の声はこうである。
(――またなんで、いまさら北米なんだよぉ…)
苦々しい思いを顔に出さない程度には、彼女の“アイスドール”ぶりは健在、軍
務忠実・規律遵守のかがみのような女士官殿は、表情を動かさない。
「あぁ――帰ってきたばかりで悪いな」
(悪いと思ったら、別のヤツ寄越してくれ…)内心、拗ね傾向の葉子である。
 「何か言いたそうだな」
無表情のキャリアはあっても、それ以上に長い付き合いの上官・結城一意参謀
の目を欺くには、まだ人生経験が足りないとでもいうように、この人の悪い上官
は佐々の内心を読み取った。――というよりも、その佐々の苦い表情の理由ま
で、もしかしたら知っていてのことなのかもしれない。
 「ご命令なら…」文句を言う筋合いではないのである。なにせ、此処は軍だ。
「いいぞ? 意見くらい聞いてやる。本来なら戦闘行為の含まれる遠距離出張
のあとは3日から1週間のオフが義務づけられている。だから監査院に上梓す
れば1回の出張拒否くらいはできるぞ」
くっく、と笑うのを抑えたように、目が泳いでいた。
(ちっくしょ、先回りしやがったな…)
葉子はこの結城という参謀の人の悪さを知る−−毎度のことではあるが。
そういわれてしまうと、断れないじゃないか。
 だいたい、出張が多すぎる。いくら本部の特務室勤務だといっても、機動隊に
も所属しているのだ。本業は艦載機乗りなのだから、なんだかんだで呼ばれて
“便利屋”させられるのは勘弁してほしのだが。
 「言いたいことを顔で言うのも結構だが」また結城がおかしそうに笑った。
「所属のふねが無いのだから、勘弁したまえ。数少ない実戦経験参戦章持ちの
優秀な人材を遊ばせておけるほど、人材が豊富なわけではないんでね」
「お言葉ですが」葉子は遮った。「ふねなら、あります」
あぁ、建造中のものがな――所属は決まっているというだけだろう。あの艦が
出来るのは早くても半年後、それからテストに2か月、試験航海をして、就航で
きるのは1年後だ、と。
わかってますってばもぉ、の佐々である。
 で? と結城に見返されて。
「そういうことではありません。管轄区域外ではないかと」
ほぉ、と結城は面白そうに声を返した。
「確かにな。お前の担当区域は地球外なら月・火星・木星まで。地球上では南
支部と北ロシア地域および元の北欧だ」
「ならばなぜ」
結城は急に表情を引き締めて佐々に向き直った。自然、部下も背筋を伸ばすこと
になる。
「……特命で、極秘だ。そして、指名があったんでな…呼ぶ方と、派遣する方と
両方から」
「え…」
「真田中佐からのメッセージもあるよ。是非お前に行って欲しいということで、
このあと任命書と装備一式を受け取ったら科学技術省へ回ってくれたまえ」
「真田さんに?」
「あぁ――それと」
パサリと結城は一枚のプリントを目の前にひらひらさせてみせた。
「これは渡したチップの中に入っているが、今回キミをお召しなのは、このかただ」
見た佐々の目がキツくなる。
(――やっぱり。……マリアンヌ、か)
ロクな任務じゃなかろう、と内心でため息をつき、そしてその通りだった。


 


 
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