旅立ち -depature

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03.【旅立ち】



 夕陽の中に浮かぶふねの姿を、古代進は静かに見上げていた。
威容を誇るヤマト――。
雪深い山中に、隠されるように秘されているが、その姿はいつみても頼もしい。
完成まであと20%――そうして自分はまた新たな使命を帯び、宇宙うみへ出る。
重い、重い、使命だ――。
 風は冷たくなりはじめていたが、オレンジ色に染まるヤマトは、それを跳ね返す
ように赤く燃え上がり、古代の不安を静かに包んでくれるような気がした。
甲板にはわずかに人の姿があり、砲塔の整備をしているらしい姿も見える。
静かに見えても、人々は懸命にこの艦のために働いているのだ――。

 「艦長――」
よく響く柔らかな声が背から追いかけた。
ふと物思いから引きずり戻されて振り返ると、加藤四郎がいた。
「よう。着任したのか――」「はい」と敬礼した。
「……いよいよ、“艦長”ですね」
四郎の目には苦難を共にした古代を頼もしくもあり慕わしくもあり。そしてその内
側にあるに違いない迷いも見えている。
「よろしく、お願いしますよ」励ますつもりもあって。
「――今度の若いのは、けっこうイケるぞ」
戦闘機隊の面々のことをいっているのだと四郎にはわかっていた。 「そうですね。評判だけは
聞いていますよ――まぁ、お任せください」
ふっと古代は笑った。
自信ありげに――だが緊張でこわばった顔を隠そうともしないで第一艦橋に挨拶にきた、
最初の旅の時のこいつの兄貴を思い出す。
目の前にいる弟は、静かな表情で、一緒に夕陽を浴びて。自信ありげな顔は同じだ
が穏やかに微笑んでいた。
――共に戦う男だ。命を預けられる部下で、友。

 「あのっ」
突然、若い声が二人に割り込んだ。
は、と振り返ると、すでにコスモタイガーの制服を着けた若い姿。精悍な顔つきの
少年は
「揚羽か」古代の声に、え、と加藤四郎は部下になる男を見た。
「はいっ。戦闘機隊に配属されました、揚羽武ですっ」
古代は訓練学校の卒業式ですでに面識がある。渡された名簿の中から選んだのも古
代自身。
緊張してぴりっと敬礼を。直属の上官となるはずの2人に向けて。
その、加藤四郎を見る目はまっすぐで、曇りがない。
「揚羽、武か――評判はきいている。あてにしてるぞ、がんばれよ」
もちろん四郎にした処で、今期訓練学校を卒業して部下になる者を含め、この旅の
コスモタイガーメンバーは頭に入っていた。
四郎がそう言うのに、また緊張してはいっと答えた。 「じゃぁ艦長――俺は中のチェックに行ってますんで」
「あぁ」と古代は目を上げる。
「もう、引越しか?」「はい。今日から入りますよ」
軽く後ろ手に手をかざして、去っていく隊長。
よろしく、頼むなと目顔で追いかけた。――続々と集まってくる。信頼すべき、ヤ
マトの仲間たちだ。
 まだまっすぐに自分を見つめている若者を見返ると
「どうした――何か話でもあるのか」と言った。
「は…はい」「まだ着任前だ。――気軽に話してみろよ」
訓練学校の後輩……数々の経験を経て、揚羽にしてみればまるで雲の上の人のよう
な古代ではあるが、古代からしてみればまだわずか6期の後輩。
だが若い。
この航海に乗り込むメンバーでも最年少の揚羽。繰上げ卒業して配属されているた
め、新卒のメンバーより1学年年下だ。『訓練航海と太陽系外辺部調査』
――この航海が名目どおりなら、配属されるはずのない者たちだ。
現在の訓練学校生の中で最優秀の戦闘機乗り――古代はそう知っている。敢えて
望んだ数名の者の一人。
 「俺……乗れないかもしれないんです」
希望に輝く瞳の中に、押し隠せぬ絶望を秘めて。
「ヤマトに――乗りたいと思ってきました。古代艦長や、皆さんと。共に働くのは、私の
願いです。コスモタイガーに乗り、加藤隊長の下で働くのは、私の長い間の夢でした…」
あぁ、と古代はうなずく。
陽は少しずつかげり、その赤い大きな姿を山の裾にさらしていた。
 「――ご実家が、許さない、と?」
静かに古代はその言葉をさえぎった。
はっとして、微かにこくり、と頷く若者。
 揚羽武の事情など、想像すれば簡単である。ガミラス復興後に急激にしてきた
新興。惣領・揚羽蝶人のワンマン経営、すぐれた能力で南部重工公社をはじめ3大
産業といわれた財閥系の一角に食い込み、一大軍需産業を形成している。
軍需だけではない、生活フードなどあらゆる快適を提供する……という若者向けのコ
ンセプトで、NAMBUより一般的にはおしゃれなイメージがあり、人気があった。
その惣領息子で一人っ子だということは、資料からも知れている。
(よくこんな男が宇宙戦士訓練学校なんかに居たな――)
訓練学校で資料を見、実際にその演習の記録を見せてもらって古代は驚いた。
(飛ぶために生まれてきた男だーー)
古代の脳裏に山本明の姿がよみがえる。
生まれた場所がいけなかったのか……地上に留まり、企業を率いていく者ではなく。
宇宙そら女神かみに選ばれ、星の海を駆ける者だ――。
ふと古代は予感に彼を見返し、絶句した。
リーダーシップもあるという。生まれ付いてのものと環境……跡を継いでもよい線
を行くのだろうな。だが。――彼はすでに自身、選んでいるのだ。あの、南部と同
じように。
 だが南部康雄は砲術士官である。
星の宇宙うみを飛びすさぶ戦闘機隊員とは違う。――戦艦を守り、敵を叩き、
生きて帰り、そして人を牽引する。誰よりも力強い俺の相棒でもある。
 古代の口から出たのは、一言だった。
「揚羽――」はい、と見返す若者。「良いんだな」はい、と力強く頷く。
良いのだな、命の瀬戸際を飛ぶことになっても。
良いのだな、二度と帰れないかもしれない出撃があっても。
良いのだな、俺に命預け、常に死線を行くヤマトに命預けても――。
 “ヤマトに乗れば帰れない”――艦載機隊員たちの間ではそう囁かれているとい
う。四郎が教えてくれた。それでも、あいつらは俺や、ヤマトに命を預け、飛ぼう
としてついてきてくれるのだ。
 そして、この旅は本当は。――訓練航海ではない。再び地球の危機に、俺たちは
未知の空間へ派遣されようとしている。

 ガミラスの時は、行くも残るも死の選択だった。
どちらが可能性が高いかだけの――少しでも可能性の高い方へ、その能力の持てる
ままに選ばれただけだ。
だが今回の旅は。
「後悔、しないか――お前を求めている者は地上にもいる」
まだ少年の面影を色濃く残す揚羽は、だがその熱心な純粋さで言った。
「俺は――私は。コスモタイガーに乗る時だけが、命です」
 空駆ける者――。
山本も、加藤も、鶴見も、工藤も――。
亡くなっていった者の顔がよみがえる。皆、そうだったな。
そして、加藤四郎や、宮本。
佐々――あいつらだって同じだ。この俺自身も、本当は。 「だが。人には分というものがあるぞ――」
古代だとて、本当は宇宙そら駆けていたい。
艦長などいう重責を負い艦長室から指令を発するよりは――コスモ・ゼロに乗り、
天駆ける方が俺の望みだ。
古代は続けた。
「お前の生まれは、誰でもが持てるものではない。宇宙そら駆けて、敵を倒すだけが
人の道ではないし、お前の引き受けるべき社員や、家族、多くの命を預かるのも
また、人の道であり、ご両親の希みなのではないのか」
――それを振り切ってまで飛ぶのだろうか、この若者は。
彼は首を振った。
「母は、理解してくれています――」「揚羽」
「お父様が、反対なのだな」こくりと頷く。
それはそうだろう。成績も優秀で、見栄えも良い若者。頭もよく健康で、能力の高
い息子、しかも一人息子である。一代で財を築き上げた総帥が、その能力を持つ息
子を跡継ぎにし、また自分の作り上げたものを守りたいと考えてもそれは当然のこ
とだ。
ましてや命の明日もわからない途を選ぶなど――。
「それは、私の家の中の問題なのですが……もしかすると。何かご迷惑をおかけす
るのではないかと」
あの父ならやりかねないから、と悔しそうに彼は言った。

 実際はもう、話はあった。
「揚羽武を下ろせ――」と。
最初は、問い合わせの形を借りて。次に、打診として。
その段階で問い合わせを入れ――本人の意思が固いことは確認してからの辞令だっ
たはずだ。だからこそ。
揚羽本人にはまったく迷いは、ない――。
 だがしかし。


 「AGEHAの長男坊は難しいですよ」
同僚で友人の南部康雄が言っていた。太陽観光船の事故で、メーカーの情報が必要
となった時に、いろいろとその業界図式について訊ねたのだ。
「お前だって同じ立場だろうに」古代が言えば
「うちはぁ。親父がアレですからね――時代も違うし」
 残っても生き残れる可能性は低かった。ならば。能力があり、選ばれた息子なら、
共に行け――そして、自分の造ったものへの信頼を。息子(あいつ)なら自らの手で
律してくれるだろうという期待。
そんな時代もあったが――南部の総帥は見かけこそ下町工場の親父みたいな豪放磊
落なおっさんだったが、世間知と教養に秀で、政治力と広い心を持った大きな人物。
古代自身もヤマト以降、ずいぶんまみえる機会があった。
それに南部には姉と妹がいる――。妹はまだわからないが、姉はそういう才を持ち、
また婿である義兄も優れた人だったために。
(だから俺は好きにやっていられるんです――まぁでもうちの連中は。俺のこと、
軍の中にいる“出先機関”くらいに思ってるみたいですけどね)そう言っていたが。

 目の前の若者は真っ直ぐ自分を見つめているのみだ。
「私は――選ばれたからには、この機会を逃したくありません」
うん、と古代はうなずいた。
「君の決心はわかった――できる限りのことはしてみよう」
「ありがとうございますっ!」
勇躍、という表現にふさわしい動きで、彼はきびきび敬礼をすると去っていった。


 「艦長――」
おやおや、千客万来だな。
その声の主はわかっていたので、古代はふりかえらず、ゆっくりと答えた。
「もう、準備は終わったのかい――」
こっくりとうなずく気配。
「生活班長、着任いたしました――本日の搬入分のチェックも、終わりましたわ」
「いよいよ、だな」
また、うなずく気配があって。ユキの体温が側に感じられた。
夕陽の落ちる時の放射熱と――いくぶんそれが強いような気がするのは、昼間聞いた
話の所為か、もしかして本当にすでにそういう影響があるのだろうか、と想いながら。
 「艦長――」
「大丈夫だ。……僕は、やれるよ」
自分に言い聞かせるように、古代は微かに上をむいて、つぶやいた。
「行こうか」「えぇ」
2人、夕陽を背に踵を返し、艦に近づく。古代は先に立ち、ゆっくりと甲板へのは
しごを上がっていった。

 宇宙戦艦ヤマト第3代目艦長、古代進。
続々と人が集まる。
――出発の時は近づいていた。
振り返るとそこにいつもと変わらぬ、ユキの姿がある。
彼女もきりっとした表情は崩さなかったが、その目は変わらず微かに笑みをたたえ
ている。
(大丈夫よ――古代くん。皆、いるわ)
古代はうなずくと、また艦上を見上げ、こんどは振り返らず一歩ずつ上っていった。

ヤマト、発進まであと5日。

Fin


綾乃
――「宇宙戦艦ヤマト」 A.D.2203
Count010−−22 Nov,2006


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古代進&森雪100のお題−−新月ver index  
現在(2006年11月)のデータ
1: No.57 コスモ・ゼロ(001) No.57 コスモ・ゼロ(001) No.15 兄と弟(003)
No.41 ヤマト艦長(004) No.21 再び…(005) No.53 復活(006)
2 No.001 一目惚れ(007) No.78 温泉(未) No.82 夢(009)
No.03 旅立ち(010) No.84 First Kiss(011) No.83 プライベートコール(未
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古代進&森雪100のお題−−新月ver index     
あとがき、のようなもの

Count010 −−旅立ち
  古代くんは「大丈夫だ、僕はやれる」と言ってますが、不安でいっぱいです(笑)。ですがすでに艦の前にいて艦長服なぞ着とりますので、間違っても口に弱音など出せません。ユキなら……わかってくれるよね、ってな話でございます。
  揚羽の話は昔から書きたい書きたいと思ってきました。ようやく出せたのが(本人は出てきませんが)、御題の「放課後」だけ。この先、ルダ王女とのあれこれ(2か月くらいは“王女付き護衛”をやってたらしいし)なんか書けるだろうか? 空飛ぶ護衛艦? 一旦下ろされるけど、その復帰に艦長・古代は何か努力したんだろうか、とまぁこういうようなことを。で、財界だし同じ政府と密着してる軍需産業ってことで南部と揚羽は(年が違うので直接の接触はなかったにせよ)互いを見知っていたと思われます。
  しかしやっぱり加藤四郎くんが登場。ともあれ、ヤマトはお出かけするのであった。
  発進シーン、、、書くとそれだけで1話終わってしまうからやめました(<航海班のサガ)。

  佐々葉子、山本明、古代進、森ユキらの設定や関係は、三日月小箱−新月world=「小箱辞典」 を参照。

  で、案の定、あまり甘くありませんね。

Novmber 2006、綾乃・拝 
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