不安


CHAPTER-09 (081) (047) (045) (098) (027) (010)



【10. 不安】


 焦ることはない……走るだに、動悸が速くなり、その分、不安が増すだけだ。

 そうわかっているのに、頭と裏腹に、体は駆け出そうとする。
そしてその気になれば、それほど長距離の走行も、別段苦にならないのは、商売柄
当たり前といえるだろう。
 遅くなった。今日は戻っているはずだと、昼日中は思わないようにしている。
 そうでなければ、もはや自分は、一瞬も彼女の姿を探さずに一日を暮らすことなど
できないのではなかろうか――そんな。不安というよりも、確実に。
何度かの、彼女を失ったと感じた喪失感は、それほどまでに彼の奥深く、本質に近い
処を蝕んでいる。

 呼び鈴を鳴らすことも思い描けないまま、三重になっているセキュリティを解除
し、がたん、と扉を開け、中に飛び込んだ。
さすがにドアを一歩入った途端、深呼吸をして整えなければならなかった。

――息せき切って駆け込む、そんな姿を見せてしまえば、彼女はまた不安になるだろう。
あの美しい瞳が、心配と困ったように曇ってしまえば、その不安はまた彼にとって
何倍にもなって返ってしまう。
それがまた彼女を不安にする。
互いの瞳を覗き込みながら、その合わせ鏡のように不安の鏡像が写り込み、移っていく
のが悲しくて情けなくて。
彼はそんな時、言葉を無くして彼女をただ抱きしめることしかできないのだ。
折れそうなほどに強く。


 リビングにはスポットのライトだけが点り、人の気配はない。
 何よりもたった今まで人が居たという温度がなかった。
(ユキ……どこだ)

 そこを横切り、寝室のドアを乱暴に開け、そしてそこにも姿も気配もない。
やおら広くはない官舎(いえ)中の扉を開けて、まるで子どものように彼女の姿を
探し回り、そして。――本当に泣きそうな気分になって。
(俺は何をやっているんだ……?)
呆然と部屋の中心――リビングのソファの背で立ち尽くす。

 頭が真っ白になって、何も考えられなかった。

 有事の対処は歴戦の戦士の名を辱めない。咄嗟の対応、そして、悲しいことだが、
最初のイスカンダルからの旅の成功以来、たびたびの個人的破壊的主義者のターゲット
にされてきた古代である。
そういった時のセオリーも、心身のとるべき行動も、慣れていた、といってしまっても
よかったかもしれない。
 だが。
 仲間たちも言うように――古代が冷静を失うことが一つだけある。
それは。
“森ユキがかかわっている時――”
 これはユキにした処で、同じことだといわれている。
古代よりさらに過激な行動に走ることもあるわけだし、現に、過去のヤマトの旅における
華々しい(?)ユキの戦歴は、すべて「古代を守ろうとして」が根にある。
 古代とて大人らしく。そしてその地位らしく振舞うことはできるし、内心の動揺や
自分自身を押し隠すことは得意分野だ。
それだけに、その外見において彼は“ヤマトの艦長代理”であり、“救国の英雄”である
ことに何ら支障を見せない。
もちろん、そのヤマトの仲間うちにおいて以外では、という注釈付きではあるが。
だが古代は。

 実際は、ユキがタイヘンな目に遭った時、たとえばそれがヤマトの中なら。動揺は
しても、比較的冷静に対応する。それは共にあり、状況も把握でき、信頼できる仲間
とのリレーションや、自分自身も含めてすぐ対応に動けるという絶対感あってのこと。
ただそれが地上で、となると。または他の惑星基地などでは――。
森ユキは、次第に、古代の弱点――唯一のといってよいほどの弱点ウィークポイントになりつつあった。

だがこれは古代にとって、森ユキだけがそうではない。
量の多寡はあったとしても、例えばそれが島大介だったり真田志朗だったりした場合
にも、恐らくは似たような反応を起こすであろうが。
だがその感情や状況への想像が先走って、感情が麻痺し、自分自身を深い処で失って
いくほどの恐怖感を感じることはない。

 ただ1人、ユキだけが。古代を絶望の渕へ突き落とすことができた。

 (ユキ――)
 月の光が微かに差すリビングは、青く――処によっては、緩やかに闇に向かい、
濃紺に染まっていた。
「ユキっ! どこだ――いるのかっ!?」
 震えるような、まるで自分のものでないような、声。




 コトリと微かな音がした。

こだい、くん? ……
 その月光の差す先から、微かな声と。そしてゆるやかに振り向いた白い姿。
栗色の髪が光をはじいて、白く淡く浮かび出た。
「ユキっ――」
からりと中庭への窓を開けて、古代はそのまま飛びこんでいた。
背から手を回し、首を抱きしめて
「ユキ…ユキ。居たんだな、大丈夫だったんだな…」
「古代くん……」
ほぉと息をつくおうに森ユキは少し笑って、その古代の自分の体に回された腕に白い
指を乗せると、彼の顔を見上げた。
「――私は。……大丈夫、よ?」
長い睫がけぶるように揺らめいて、古代の手の中に確かな温もりがある。
華奢だが意外に弾力性のある体と、抜群のプロポーション。少しやつれて一回り
小さくなってしまったようなのは隠せないが、古代の手の中にいるのは、確かに生きて、
温かい血を持って、動いているユキである。

 そのまま髪に顔を埋めていた古代だが、ゆっくりと体を離すとその手がユキの顎に
かかった。そっと、唇が塞ぐ。
――んん。
ゆっくりと――だんだん激しく。深く。
月の光は淡く、2人を照らし出していた。



 ユキ……ユキ。

 熱いてのひらが白い肌を這う。
唇が触れた処から発火するようで、それが全身を埋めていく――いつものように。
するとだんだんに体のあちこちからじりじりとした炎に弄られて、いつの間にかと
ろけるようにその腕の中に包まれ、逞しくて強い体が重なり、包み、貫く。

 乱暴ではなかったが――それは激しくて。
どこまでも求めつくしたいとでもいうように。
ここから逃れてどこへ行くのだろう――そして幽玄の境を2人で、越える。

やわらかな息。
ひそやかな声と、甘い囁き。切実な声――。

 月の光に当たっているのは好きだった。
 なんだか正直になれるような気がして。
人は、太古の昔――裸で生まれ、そうして暮らし。
こうやって人と人は愛し合って、この悠久の時を、この愛する地球で過ごしてきたのだ。

「ユキ――」
「進さん――」
 また激しく口付けを交わす。
激しくついばんだかと思えば、深くゆっくりと。互いの中を確かめるように、唇の柔らかさ
を感じ、またそれを感じていることを伝えるように舌で伝え…。
そんな風に、睦言のような愛を交わす。




 「島くんたち、元気だった?」
「……あぁ。今朝、発ったよ」
そう。とユキはゆっくりと体を離して、古代の腕からすべり出た。
どうした?
うん……喉が渇いちゃった。
そういえば、食事してなかったな――。
くすりと笑って、そうね。と。

 何か、作りましょうか。
・・・ん? じゃ、台所さらってみるか。一緒に、ね。
笑顔を交し合うと、2人してキッチンに立つ。

 昨日の残りのスープと、冷凍にした惣菜しかなかったけど。
「あとは、カップラーメンでもいいよ」「そうね」
と笑いあって。
 互いが、ここに居れば――。また明日ゆっくり美味しいものでも食べよう。

 古代がまた、きゅ、とユキの肩を抱きしめて、彼女はその柔らかい髪を胸に寄せる。

・・・ここに、いるわよ?

 前を向いたまま、そっとユキがつぶやいた。

 一番、古代が不安に思っていること。
私は、此処に、いるわ。
貴方がつかまえていなくても、此処へ、必ず、戻ってくるから。

 はっと彼は腕の中の彼女を見返す。
あぁ……わかっている。信じてるよ。
 またキツく抱きしめて。ゆっくりとまたその二つの影は、一つになった。




Fin
綾乃
――「永遠に…」後
Count045−−19 June,2007

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No.41 ヤマト艦長(004) No.21 再び…(005) No.53 復活(006)
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No.03 旅立ち(010) No.84 First Kiss(011) No.83 プライベートコール(未)
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No.62 チョコレート(033) No.48 若い人(023) No.14 記念写真(025)
8 No.13 帰ってきて!(050) No.16 イスカンダル(041) No.19 ただいま(040)
No.50 忘れない(038) No.05 氷の惑星(039) No.30 おままごと(046)
9 No.81 星の彼方に(078) No.47 祈りを込めて(071) No.45 たったひとり(031)
No.98 Wedding Bell(080) No.27 永遠の誓い(048) No.10 不安(045)



あとがき のようなもの

count045−−「不安」
 ずいぶん前に書き上げていたつもりになっていた。「永遠の誓い」からいくつか飛んで、古代くんの許に戻ってきたユキちゃん。重核子爆弾を解体している時期で、本編NOVELでも「Eternity2」などの時代です。
(うち設定では)古代くんは宇宙勤務をすべて断って、地上にいる。不安からまだ解消されない2人…。
 このへんの物語は、まだ書いていません
(2007年6月時点)。できてはいますが、重いし。そのうち、と思っています。エロ系路線(爆)になるか、黄昏古代くん(c)某サイト様 になるかは不明です(笑)。しかし、うちのユキちゃんは逞しいからなぁ、、、敵将を誑かそうとか試みる程度には(結果、そうはならなかったにせよ・爆)なんかやってくれそうな感じです。

 

背景画像 by 「M-Project」様

Copyright c Neumond,2005-09./Ayano FUJIWARA All rights reserved.

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