planet icon 兄と弟- brothers

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15. 【兄と弟】

 すいっとコスモタイガーが着艦口へ戻ってきた。
自身もコスモ・ゼロから飛び降り、ヘルメットとグローブを外してハンガーから
格納庫へ降り立つ。
「よっ、加藤。ご苦労さん」
「艦長も――」
ぽん、と肩叩かれてそのまま第一艦橋へ向かう後姿を見送る。
(艦長、か――)

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 「兄さん、おかえりっ!」
訓練学校の短い休み。
月基地に居た兄・三郎がちょっとしたお土産を手に、元気に自宅へ帰ってきた。
「ようっ、四郎。お前の方はどうだ、がんばってるみたいだな」
兄三郎が4年の時に1年生に入学し、そこで、それまで友だちのように親しみ仲
の良かった兄が、どんな存在だか、末っ子四郎は痛切に知らされることになった。
高校〜大学を経てパイロットになろうとしていた兄は、ガミラスの来襲が激しく
なると急遽転学し、宇宙戦士訓練学校の飛行科へ編入学した。めきめきと頭角を
現し、ヤマトの戦闘機隊長に選ばれ、イスカンダルへの長征を成し遂げた兄。
その兄も、月基地の艦載機隊長として、人々を教え、また統べる立場にある。
自宅へ――繁栄を続ける地球へは、めったに帰ってこなかった。
 加藤四郎は、その実際を体験した兄に会いたくて、話も聞きたくてたまらなか
ったが、訓練学校での外出は厳しく制限されていたし、上級生になろうとしてい
た現在、そのような余裕があるわけはなかった。
 誇るべき兄。
 親しく、また慕わしい兄に――数か月ぶりの邂逅だ。

 「ヤマトの話を聞かせてよ」
弟が目を輝かせて、久しぶりに会う、しかも現場経験バリバリの兄にそう聞くの
は当然のことだっただろう。世間では苦しい時代を忘れたいという人々の本能と
繁栄の陰に、廃艦まで噂されているヤマトだが、
訓練学校の学生たちにとってそれは憧れの艦であり人である。
「あぁ…」
家族の前では、誰の家の子がどうしたとか、同居している長兄の甥の小学校での
話やどこの家で誰かが怪我したとかそんな話ばかりで、口重くあまり話したがら
ない。いつも明るくて一緒にいるだけで楽しい兄は、戻ってくれば家族の中心で
はあったが、ヤマトや月基地での話が語られることはなかった。
 レポートだけは済ませてしまわなければ、と部屋にこもり、
夜になってリビングに下りていくと、父と兄が話し込んでいる声が聞こえた。
そっと階段を下りようとすると 「四郎か? こっちへ来るか」と言われ、
「じゃな、父さんはもう寝るから」
と早朝勤務を抱えている父はそういって寝室へ消えた。

 「四郎――がんばっているようだな」
昼間とはうって変わって静かな口調で焼酎などっている兄。
「お前はまだダメだぞ、未成年なんだからな」
と言いつつ、手は反対の動作をしていて、ま、一杯、と薦められるままに
受け取って、乾杯、といった。
「お前らもどうせやってんだろ」と言われ「まぁね」と下を向く。
優等生だった、トップエースだった、という評判とともに、校長室に呼び出し何回だとか、
酒やタバコで宴会をやって戒告受けたとか、上級生に仲間が襲われて返り討ちにしたとか、
他校の女に追っかけられて女同士乱闘になったとか…相当に
悪戯ものだったらしい兄の仲間たちは、知ってみれば皆、
ヤマトのメインスタッフとしてイスカンダルへの往復を成し遂げていた。
それに比べれば俺たちは真面目だよな――。
 平和なことは良いことだ。これからあんな戦いがあるとは思えない…つまり、
自分たちの存在価値は。「いざという時の要員でいいんだよ」と兄は言う。
兄は平和な時代だったらそのまま航空機のパイロットになり
小型機で宇宙や地球の大気圏を飛んでいただろう。
長兄や次兄と違って、軍人になるつもりはなかったという。
「俺はそら飛べれば何でもいい――大気圏だろうが、
月の空気のない空間だろうが」
そういう三郎兄は、敵の砲弾降る中でも先頭切って飛び出し、
誰よりも美しく飛ぶのだ、と弟は知っている。
その兄に憧れて最初から“戦闘機”を目指した自分。

 「お前らも卒業したらやっぱり月に来るんだろうからな…」
卒業生であり、艦載機隊パイロットの地位としては上の方にいる三郎は、当然の
ことながら四郎たちの成績や目立つ訓練生についての情報も持っている。
月に配属される、ということはそれなりに実力ちからがある、ということでもあった。
 しばらくそうやって訓練学校の情報や、月基地でのことを交換し、四郎は軽い
興奮を味わっていた。現役の士官――それが憧れの兄であって。生の声と様子を
聞けるのだから。


「兄さんと一緒に飛びたい」
唐突に言った言葉の意味は伝わっただろうか。
「あぁ……それでもやっぱり宇宙を飛ぶのは気持ちいいさ」
目を上げ、うっとりした表情になって三郎は言った。
「地球に戻ってきてもな……次の瞬間には帰りたくなる。乗れないんじゃないか、
って不安がつきまとってな……特に」
彼は顔を落とした。「それが、戦闘機だと特別だから、罪なもんだ」
自嘲気味にそう言った。
 「だが俺は後悔しちゃいないさ。……昔は飛ぶことが目標だったけどな。今は、違う」
え? と四郎は顔を上げた。
じゃぁ、何なの――。
 ふ、と笑って兄は四郎の顔を見た。「お前も、そのうちわかるさ――」
答えはしなかった。

一緒に飛べたらいいな。
俺もそう思うよ――星の海に出て……地球も、馴染んだ太陽系も遥か彼方に置
いていった時。何もない銀河と銀河の間の空漠の海を――艦は孤独に走ったさ。
俺たちは時折哨戒で外へ出て、その艦をどれだけ温かく、慕わしく思ったか。
艦があるから飛び立てるのさ――またそこへ帰る。
帰る場所があるから、飛ぶんだ――わかるか。
 ヤマトには、仲間がいた。
どんな戦いの中でも、どんな苦しい状況でも――あいつらが背後に控えてくれて
いると思えば、それを守るためなら何でもできた。それが俺たちの誇りだ。
そして背中は守ってくれるんだからな――安心して飛び立てた。
 星の海の中の絶対的な孤独――絶対零度の冷たさがお前、わかるか?
「いや…」
四郎はそう答えるしかない。だが、そこへの強烈な憧れがあった。
「いつかお前も行くだろうよ――その時は俺もきっと一緒だ」

 そう語る兄。
それから、堰を切ったように語り始めたのは、バカな仲間たちのこと。
戦闘機隊の連中――山本先任さんや鶴見先任さんや、宮本先輩。
そして、誰よりも熱く語ったのが、艦長代理・古代進という人のこと。
もちろん俺たちにとっても憧れの人で、地球の英雄だった――だけど。
兄さんの口から出るのは、まるで弟のように。シャイで、無鉄砲で、それでいて
上官としては皆の尊敬を集めていた姿。いざとなったらあいつに命賭けるっ
ていわないブラックタイガー隊はいなかったさ。
 その視線の先に見えているであろう“古代進”という人に、僕は嫉妬さえした。
兄が、どれだけ大切に思っている仲間か、わかってしまったから。
「あいつは指揮官のくせに、砲術専門のくせにな。誰よりも速く、誰よりもキレイに
飛ぶ。それに、いざ戦闘になった時の動きや、冷静さはな、真似できないな。
――ふだんあんなにガキで鈍なヤツなのによぉ」
いつの間にか周りに人がいる、そんなひとなんだという。
助けてやらなきゃ、そう思わせる。優しくてシャイで、正義感が強くて、いつも
一生懸命前を向いて走っている。仲間を絶対に見捨てない――。
そう言って、最初に火星でワープに入ろうとした時の山本さんの事故のことや、
宇宙要塞で真田さんと2人、マグネトロンウェーブ攻略に行った時のことを話してくれた。
どちらも、共に行った山本さんや真田さんから、聞いた話だという。
「あいつは仲間が1人でもられるのは耐えられないのさ。仲間だけじゃ
ない。物言わぬ生物でも、敵ですら、そう思っている処がある。――天才だが。
軍人なんかには向かねぇんだよ本当は」
それは、天才的な上官を評価している仲間というだけではない。本当に兄は古代さん
という人が好きなんだろうな、と思わせた。
もちろん、訓練学校時代には一緒にバカやった。
誰よりも先頭に立ってバカやって、怒られてたのも古代と――島だ。
今は2人とも大人しく任務についてるが……本当は愉快なヤツだよ。
そう言って笑い、「だがな四郎」――
一緒に飛ぶのは気持ちいいぞ…あれも、飛行機バカだからな。
機会があれば見られるといいな。
 そう言った兄の笑顔がいつまでも僕の目に残った。

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「加藤。どうした?」
 その兄の目線が追っていた男が、紙コップに珈琲を持ち、背後に立っていた。
「一杯どうだ? …といってもマズい自販機の珈琲だけどな」
「艦長――」
ありがたくいただきます、といって2人、展望室に並んで星を眺めた。
「今日の戦闘は大変だったな――」
「あんなもの……艦長こそ」
短い戦闘で敵味方ともに犠牲が少なくて済んだのは、古代の素早い決断に負う
処が大きい。不要な戦闘は避けたい処なのが第二の地球探しをメインにするこの
航海の理念でもある。
ただ、戦闘機隊はちょっと酷使された――でもたいしたことではない。

 この探査の旅に出てから古代はさすがにゼロで飛び出すことはなくなった。
艦長という重責に耐え、自分を抑えているように思える。
「兄を思い出していたんですよ――」
兄が守った命。その意思を受け継いだ自分。
――最初は恨んだこともあったけど……いつの間にか、その感情は摺り替わり。
「加藤、三郎か…」
こくりと四郎はうなずいた。
 古代だけではなく。初期からのヤマトの先任たちが、自分を不思議な目で見る
ことはよくある。一度や二度ではない……死んでいった仲間に外見そとみそっくり
な弟。同じ地位で、同じ役割を担って。――デザリウムへの旅の間、それが
重いと感じたことも多く、特にこの人の視線は、辛く、痛かった。
俺は兄を超えられるのだろうか……。
 いつしか役割としてだけでなく。
加藤四郎、自分自身として、この人に惹かれ――本当に自分を見てほしく、認め
てほしいと思うようになって。
「どうした? なんだ気持ち悪いな」
じっと見つめていたのに気づかなかった、朱くなった。
「す、すいません……」
「変なやつ」
古代はくしゃっと笑って。
 だがその瞳に久しぶりに懐かしいという思いが浮かんだ。

「そうしてみると、やっぱり、加藤に似てるよなぁ…」
古代の発言の意味に気づいて、四郎は驚いて振り返る。
 ふっと笑った艦長は言った。
「あいつは大切な……というような言葉では表せないくらいの仲間だった。だが」
言葉を切って隣にならぶ古代進。
「今お前にそれを重ねているわけじゃない――加藤四郎は加藤四郎だから」
言わなくてもわかってるだろ、と言って。
「古代……」
 兄の相棒だった男。そしてイカルスで出会い、共に戦い――同じ辛さを分かち合った。
いつの間にか、その古代をこそ三郎の代わりに兄のように慕っていた四郎である。
だけれども、今は。
「――お前で、よかったよ」
二度の戦いで総てが滅したCT隊。旅立つたびに総入れ替えに近い配置をしなけ
ればならない商売。――そう割り切ることなど、彼にはできないのだ。
古代が言う。ヤマトの戦闘機隊長を任せられるのが、お前でよかった。
 兄と共に飛ぶことは叶わなかったけれども。この人と共に宙駆けた時。今もまた。
「だけれどな、加藤」
はい? と四郎は古代進を見た。
「お前は、死ぬなよ――」
「古代……」
まるで宇宙のように深い、といわれた古代進の瞳。幾多の星を内包したように、
その想いが伝わってきて、加藤四郎は涙ぐみそうになった。
――おい、泣くなよ。兄貴に笑われるぞ。
「泣いてなんかないっ」
普段冷静と言われる。そういう処は兄とは似てないな、なんていわれているのは
知っている。
だけれど。
お前、やっぱ末っ子だよな、と言われて。
うるさいっ。お前だってブラコンの末っ子じゃないか――言い返すのは、ほとんど
じゃれ合いの世界だ。

 「ヤマトがある限り――仲間たちがいる限り、大丈夫さ」
加藤四郎はそう言った。
「その“仲間”の1人だぞ、お前だって」隣にいる、男が言う。
「あぁ――わかっている」
年齢の差も、経験キャリアの差も超えて――結ばれた新しい絆。
 (兄さん――見えるかな)
いつも自分を導いていたような強い存在を思い返す。
俺も今、ヤマトに乗って、宇宙へ出ている――。今、幸せか?
ヤマトの航海はまだ遠く、未来は見えない。



――Fin
   「ヤマト3」第二の地球探索の旅 A.D.2203年

綾乃
Count003−−30 Oct,2006
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古代進&森雪100のお題−−新月ver index  
現在(2006年10月)のデータ
1: No.57 コスモ・ゼロ(001) No.100 誕生(002) No.15 兄と弟(003)
No.41 ヤマト艦長(004) No.21 再び…(005) No.53 復活(006)
2 No.001 一目惚れ(007) No.78 温泉(未) No.82 夢(009)
No.03 旅立ち(010) No.84 First Kiss(011) No.83 プライベートコール(未

 

古代進&森雪100のお題−−新月ver index     
◆あとがき◆ のようなもの

count003−−「兄と弟」

 とても書きたい話だったのですが、時間がかかってしまいました。
 兄と弟、というのは加藤兄弟のことでもあり、古代進と加藤四郎のことでもあります。
この2人は、間に加藤三郎という存在を置いて知るようになるのですが、そのうち 互いの成長と共に戦ううち、同志となり、親友となり、ヤマト無きあとの地球でも 数少ない生き残りとして(わがworldでは)手を携え歩んでいくことになるのです。
 最初は遥かな英雄で、それから上官。そして兄のような人から、対等に戦える相手へ。 加藤四郎の中で古代の位置づけは−−また古代進の中で加藤四郎の位置づけは、徐々に 変化していったと思います。(TV「ヤマト3」の中ではタメ口きいてましたしね)
そんな中でも、四郎の、進への憧れは生涯変わることはなかったでしょう。ずっと 憧れの戦士であり先輩であり、男であり続けたと思うのです。
 これがお気に召したら、古代進と加藤四郎を描いた戦闘機隊主役の拙作短編 「撃墜/還らぬ人〜Soldiers」 もお読みいただければ、嬉しいです。
もちろん、オリジナルなネタですが。

 次の6本に何を書くか、まだ決めていませんが、唐突に更新されると思います。
 時々覗いてみてやってください。
 お気に召しましたら、ご感想などいただければ、幸いです(_ _)。

綾乃・拝

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