planet icon 帰りたい…
CHAPTER-11 (025) (089) (060) (033) (036) (035)



No.25

 「帰りたい…」

一つの戦いが終わった後、山本明がそう言った。
薄暗くなった食堂の隅。――戦闘を終え、やっと人心地のつく食事を……丸2日ぶ
りにして、多くの者たちが引き上げたあと。静かになった食堂に一人遅れてやって
きたやつは、片隅のテーブルに肘を付いて、固まっていた。
その長い髪がテーブルに垂れ表情を隠していたから、近付いた加藤三郎が注意して
いなかったらその言葉も聞き逃していたかもしれなかった。

「――なに? お前、何て言った」
 言ってはならない科白。聞いてはならない言葉。
ましてや、俺は隊長――そして、こいつは。副官だ。

 今日の戦闘は酷かった。もはや相手も人間と知れた空間で。
戦艦と戦艦の戦いの時はまだ、いい。
俺たちBT隊は一対一。
相手と対峙することも増えてきて、視認することさえあった。
データが増え、互いが振り切るのが難しくなってきている。
艦載機戦のたび――俺たちは敵の、個そのものと対峙する。
その、やりきれなさは、俺たちから冷静さと目的へ向かう毅さを奪っていった。
 山本よ――お前もか。
 俺は今日、恐怖で目を見開く相手に向かい、正面から砲弾を撃ち込んだ。
そうしなければ、二度と俺は操縦かんを握れない。このスイッチを押せない、そう
思ったからだ。そんな風に対峙することはめったになかったが――まだ若いだろう、
相手の叫びが聞こえてしまった――そういう時は翻訳機を呪う。
相手も人間、俺たちも、そう。
だから俺たちは、相手――ガミラスが地球を狙ってきたのは、ただの侵略ではない
のではないか、そんな気がし始めていた。これはブラックタイガー隊特有の勘とい
うのだろうか。
相手と、生身で対するのは俺たちだけだ。その、肌で感じる感触、とでもいうのか。

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 「山本――俺の、聞き違いだな」
横に付き、こちらを向かせようとしながら俺は言った。
はっと気づき、ヤツが顔を上げる。
はらりと前髪が落ち、その両眼がまっすぐに俺を捉えたが――その目はガラス球の
ようで。何も写していない表情をしていた。
それでも、やつはやっとのことで口を開いたように言った。
「……あぁ。――聞き違い、だ」唇を引き結び、くらい目をして。
 「山本――俺たちは。行かなきゃならん」「加藤――」
「誰も皆。同じだ」「あぁ…」
そうしてそのまままた顔を伏せた。
「――助けられたんだ。地球上なら…大気圏内なら。不時着して、生き延びたかも」
「山本…」
俺はやつの胸倉を掴み上げるとぱしん、と頬を叩いていた。
驚いて見返される。
「情をかけると、死ぬぞ?」

 「とどめ差して歩いてくれた隊長のお言葉とは思えませんねぇ」
後ろに鶴見が立っていた。からかうような口調だが――こいつとは長い付き合いだ。
真剣なのがわかる。
「なにっ」山本が顔越しににらみつけた。
「鶴見」俺は振り向いてやつに言う。
「余計、むごい。――次からは直接、手に掛けろ」
そうだ。確かに宇宙空間では相手の機体に穴を開けるだけでいい。
パイロットの見える風防を叩くか、翼の付け根を砕くか、後尾のコントロールを
失わせるか、装甲をぶち抜くか…。
エネルギー効率を考えても、その方がコストパフォーマンスが良いのだ。
たくさんの相手を一度に掃討する時にも使える方法。鶴見はそれを得意としていた。
だが。
 パイロットの苦しみが長引く。
地上なら撃墜されて不時着し、助かるかもしれない。すぐに手を差し伸べれば今日
の相手だって捕虜となって生き延びただろう。――だが。装甲が剥がれ空気が漏れ
…場合により怪我をして生き延びてもあたりは真空の闇の中。時間の問題。
宇宙空間では、あり得なかった。

 「いいか――鬼んなれよ。相手の身体、撃ち抜けよ。それが確実だ」
どうせ、俺たちは人殺しだ。――この手で。この生身で、相手の身体の感触すら
感じながら1機ずつ、たたき落としているのだ。――相手も人間だと知れた今は。
 時には戦艦ごと吹き飛ばす砲塔の連中とは違う
(『――それもまた“大量殺戮”ってんですか? わかってやってますよ、おれ』
南部がそう言ってたが。――あいつは強いな。だからこそリーダーたれる)。
俺たちは常に1対1だ――相手の動きが読め、表情すらわかり、生身を殺した実感
は自分に返ってくる。だからこそ、だ。
(苦しませる時間は短い方がいい――)
ある時から俺は方法を変えた。だからこそ。
 相手が、人だからこそ。

 動物だって生きるためには相手を倒し、食う。
食うためではなく相手を殺すのは人間だけだそうだが――そういった意味でも、
やっぱり俺たちの敵も、人間なんだろう。
どちらも――食うためではない。だが、生きるためだ。

 「もう、言わねぇ…」
両の拳を握り締めながら、小さいが山本のはっきりした声が聞こえた。
「寝言言って悪かったよ」
そう上げた顔は、いつものクールで、ちょいと皮肉な笑みを浮かべたあいつだ。
鶴見も俺の肩、手かけたままニヤりとそれを眺めている。
 「ジュースでなんだけどな、一杯やろうぜ」
そう言ってトマトジュース、オレンジジュース、アイスグリーンティ、と持ってきた。
――冴えねぇな。
だが、まだ油断はできない。酒飲むわけにはいかないから。

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 ヤマトはまだ、中間地点を過ぎたばかり。
通過してきたバラン星が本当に“中間地点”なのか――その先に本当に“目的地”
があるのか。
俺たちは――俺は考えない。
ただ、進路の先を塞ぐものがあれば、なぎ払い、叩き落すだけだ。
それが、俺たちの仕事だし……できる、ただ一つのことだから。
 そうさ。
帰りたいよ。――家族の処へ。恋人の許へ。あの蒼い地球ふるさとへ。
だけれど……帰るべき場所は、俺たちがこの手で作らなければ、無いんだ。今は。
 トマトジュースのカップごしにふと山本と目が合うと、あいつも見返してきた。
誰もがおかしくなる――早く、気づけ。おかしくなって、乗り越えて。そして迷わ
ず前を走ろう。それが俺たちの役割だからな。


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――Fin
   「宇宙戦艦ヤマト」A.D.2199年

綾乃
Count057−−28 July,2007


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あとがきのようなもの

count057−−「帰りたい…」
つい、BT隊の話になってしまいました。常に1対1−−それ、書きたかったんですな。最初は、うちの山本はこういうこと言うかな? らしくないな…。ずいぶん悩んだ話です。ですが、三郎と明の覚悟みたいなもの、それと鶴見。彼らの胸の裡。たまには弱み見せたい時もありますよね、そんな話。
 というので、副官になったばかりの山本くん。一歩ずつヤマトで戦闘機隊を率いる覚悟を決めつつ…いや最初から彼は“わかって”はいるのです。1人になって、思ってみたところ、親友・加藤に聞かれてしまったというところ、か。まだ戦闘空域なので、やっとゆっくり休めたとはいえ、お酒は厳禁、の3人でした。

 はや第11期に入ったんですが、積み残しがあるなぁ(-_-)。
 ご感想などいただければ嬉しいです。

 

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CHAPTER-01                    
01-No.57 コスモ・ゼロ 02-No.100 誕生 03-No.15 兄と弟

04-No.41

ヤマト艦長 05-No.21 再び… 06-No.53 復活
CHAPTER-02 07-No.01 一目惚れ 09-No.82 10-No.03 旅立ち 11-No.84 First Kiss 18-No.83 プライベートコール
CHAPTER-03 12-No.09 我慢不可 13-No.18 ありがとう 14-No.20 告白 15-No.26 ふたり 25-No.14 記念写真
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parallel・A
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23-No.48 若い人 29-No.02 片思い 30-No.04 メッセージ 25-No.14 記念写真 33-No.62 チョコレート 27-No.43 三つ巴(未)
CHAPTER-08                    
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CHAPTER-10 51-No.07 孤独(b) 52-No.32 もののふ         47-No.63 クッキー(未)
CHAPTER-11 57-No.25 帰りたい… 62-No.89 けんか 61-No.60 39-No.33 叶わぬ恋 60-No.35 再会

 

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