ふたり -together
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「宇宙戦艦ヤマト3」の後の時代です。
地球はまた平安を取り戻し、ヤマトはメンテナンスから戻ってきました。
「完結編」にはまだ間がある、ある時期の...話です。


26. 【ふたり】

 閃光が目の前を貫いたような気がして、佐々葉子は、がばと跳ね起きた。
(加藤――!)と、もしかしたら叫んだかもしれない。
実際はそうではなかったのだけれど、彼が機体ごと光に焼かれたように見えて。自機
の風防からそれを目視してしまったように感じたのだ。

陽光が差すとはいえ、朝まだ早い時間。
いつも……温かい体温と体重のある傍らに、今朝は誰もいなくて、独り、冷えた空気
の中で目覚める。――彼が戻ってくるのは今夜だ。
……間に合わなかったか。
 とはいえ、彼自身はその日、まだ学生で、守られる立場に居た者。
共に戦ったわけではなかった。
カーテンを開け、そのまま起きてしまうと、シャワーを浴び、身支度をする。
今日一日は。
あの人のことだけを考えて過ごそう――そして。失われた時間と、最初の時を。思い出そう。
休日だが――佐々葉子は、制服を着けると、官舎いえを出た。

 風が、静かに上ってくる丘の道。
まだ午前中の早い時間――小さな花束を持って1歩ずつその途を上がる。
三度の戦いと一度の災厄で疲弊し、作り直されたメガロポリスの町と、目の前に見下
ろせる西宙港。
遺体のない墓に眠る多くの魂――だが彼女の目的とする墓には、その亡骸が納められ
ている。わずか数人、地球へ帰還した体の一つ。そして彼らの属する戦闘機隊員とし
ては、ただ一人。
 英雄たちの並ぶレリーフの一角に、その墓はあった。

 (加藤――)
星の海を飛ぶ時に――ヤマトの艦内で格納庫を歩くときに。
よりその魂を身近に感じる。
いつも、一緒に居てくれると、最近ではより強く感じることがある。
だから。こんな処に魂はないんだろうと思うけれど――。
(今日くらいは連中に逢いに戻ってきてるだろうし。たまには休まないとね)
自分の想像にくすりと微笑んで、葉子は持ってきた白い花束を足許に置くと、ペット
ボトルの水をかけ、手を合わせてしばらく黙祷した。
優しい、明るい笑顔が脳裏によみがえり、涙が瞼のうちに浮かぶ。
 加藤三郎を想って、涙を流すことができるようになったのは、いつのことだったろ
うか――。
(あれからまた。たくさんの戦いがあったんだよ、ねぇ、三郎)
いつの間にか、葉子は彼を、「三郎」と呼ぶようになっていた。
 それはそうだ。――今の恋人は、彼の弟だから。「加藤」ってわけにいかないだろ?
苦笑するような心持で。


 「…すまん。俺を、真田さんを守って……ヤマトを守って」
「……」
退院直後に人払いをして古代進は告げた。
「俺は、守れなかったんだ……お前の大事な人も。俺自身の、大事な人間も……」
「古代――」
 佐々葉子は、その彼の握り締めた拳に熱い涙が落ちるのを見た時に、思わず腕に飛
び込んでいた。共に――同じ痛みをわかちあい……共に熱い涙を流していた。
戦友の死――誰よりも大切な人間の命が消えたことも。ただそれもこの戦いの中では、
歴史の一つ、ただ一つのできごとしかないにしても。
2人にとって、それは、自身が失われるよりも辛い。
 静かな時間が流れた――。
 人の体温が、ゆるりと互いを癒す。
髪を撫でる不器用な仕草は、馴染んだ男のものとは違っていて。
その戦友も直前の戦いで失われ――2人ともに、泣くことすら許されなかった。
親友同士、2人。いまごろ星の海で酒でも飲んでるだろうか。
山本のことだから「おっせぇよ、お前」と言ってるか「あいつ残して来やがったのか? 
まったく。任せたのによ」と憎まれ口叩かれているか。
 耐えるように、体を震わせている古代も愛しくて。
 なによりも。仲間、だった。共に飛び、駆け、戦った――。どんなにか。残された
身が辛かったか――。

 あの時のことは何度も思い返した。
 自身まだぼろぼろの体と――心を抱えて。
戦没者の遺族を、1軒1軒、訪ねて歩いた古代。それを支えたユキ。
コスモタイガーの隊員たちは、そのトップが3人とも戦死していたし、その数のあま
りの多さに悄然としながらも。――古代の、その辛さは想像に余りある。
行く先々で、顔を逸らされ、泣かれ――沈黙に迎えられ。だが多くは古代を励まし、
そのあまりに若い姿に感じ入り涙をこぼしたという。自身の悲しみを抑え思い遣る者
たちのなんと多かったことかーーそして加藤の両親もまたその一組だったといい、そ
の様子については詳しく語ってくれた古代。


 ひるを過ぎれば、ヤマトの代表者たちとしてのセレモニーを終えた仲間たち
がやってくるだろう。
また顔を上げ、買ってきた食べ物を開いた。
悲しみは尽きない――。
失われた命は帰ってこず、二度と、あの人には逢えないのだ。
 佐々の頬を涙が伝う――空を見上げながら。
 だけれど。
その横顔は悲しみばかりではなかった。
(そういえば、あんなこともあったな…)
戦いは過去のもの。残された者はそこから新たな日々を歩き出さなければならず、
また彼女自身も、仲間たちもそうして歩いてきたはずだ――。
幸い――その辛い経験を分け合った仲間もいれば、まだ心も朽ちてはいない。
笑顔が浮かんだ。

 最初の旅で。艦内で「告白ブーム」が起こった時に。
自分は気づかなかったけど、あとで考えたら加藤のあれってもしかして、と思わない
でもない。
格納庫で。向き合ってマジに、“第3位”なんかに選ばれてしまった私をからかって。
古代を私が好きだったって? ――冗談じゃない。あの頃は、ブラックタイガーが恋
人だった。それで。
あんたのことはもう好きだったんだよ、おあいにく様、
山本には随分邪魔されたっけ――。何だったんろうな、あいつらってば。
 月基地でも、同じ部隊にいたというのに。
 ちっとも進展しなかったし――ちょっと腑抜けになってたのかもしれない。
半年以上もあったのに。何も言ってこないから。望みなんかないんだろうなってその
うち忘れてしまったっけ。間抜けな私たち――。
あの頃の方が辛くて――寂しくて。
――ただひたすら日々を生きることを取り戻そうとして。
戦いがない、平和な地球。
どこへ行けばよいのか、わからない私――仲間たちも皆。
恋なんかしてしまえば、どこまで堕ちていくかわからない、不安。
だから皆。
身を寄せ合って月で、青くよみがえっていく地球を眺めながら、暮らした。
思えば一番幸せだったのかもね――あの頃。

 二度目の戦い。
悲惨で――苦しかった戦い。
斉藤始に会って、ちょっぴり興味を惹かれて。
体も、心も、デカくて、優しい男だったよなぁ。
 加藤以外で、唯一、心惹かれた男。
でも、加藤の気持ちをわかったのもそのせいだったんだから、笑える話よね。
ヤキモチ妬かれるのって、良い気分なんだ、なんていけなかったかな。
それが彼のヤキモチだったって、後から気づいたんだけれど――。 あっちで仲良くやってんのかな、2人とも。

 次々と被弾しては闇へ消えていくコスモタイガー。
その命の瀬戸際を、共に飛ぶ時に――
私自身もあっちへ行くのだと、半ば信じていた。
三郎(あいつ)の後を追って。ひたすら彼について。――そして、ヤマトだけは。
古代だけは、と思いながら飛んで。
山本を、失った――ほかの多くの仲間たちと共に。
 火炎の中に浮き上がったあいつの優しい瞳を憶えている。
 出撃の前に、「救命艇で、皆を救ってくれ、な」と、血と埃でべたべたの髪に手を置いて、
くしゃっと撫でてくれた。頬を触ったグローブの固い感触を憶えている。
あれがしばらくの間――忘れられなくて。ずいぶん苦しんだ。

 (三郎――)
見上げる空を飛行機雲が横切った。
民間の航空機だろうけれども――それとも、誰か帰ってきたのかな。
 ゆっくりと、また頬に涙が伝う。
 懐かしいのか、哀しいのか――もう、二度と会えないんだね。
いつもそばにいると、いつも私を支えてくれると信じていても、本当はどうだったん
だろうか。愛してくれてると思っていたのが、誤解だったら哀しいな。
古代も――島も――四郎ですら。
三郎が私を愛していた、と言うけれども。そんなの……一言でいいから、何か残して
くれればよかったのに。溢れるばかりの気持ちだけ受け取って、そしてコスモタイガー
の存続を。貴方たちの魂を受け継ぐもの育てるのに必死で。
そして・・・出逢ったのが、貴方の大切な弟だなんてね。不思議。

 今の佐々葉子は、加藤四郎を愛していた。
三郎はたとえ、その兄だといっても、過去とともに去っていった者だ。
だけれども。
 それでもなお、忘れえぬ想い――忘れてはならぬものも背負っている。

 (私たちは、どれほどの者を、この手で葬っただろうーー)
三郎だとて、そのうちの一人なのではないか。
直接、手にかけたわけではないにせよ。
愛しい男の血――それに全身まみれて、まだそれでも戦いの宇宙うみにいる。

(ヤマトはまた、行くんだよ)
顔を目線に戻し、葉子は語りかけた。
(今度は、古代がやっぱりそのまま預かることになってね――通常任務に就くんだ)
太陽制御、地球環境の復興、資材の調達、そしてシステムの構築が急激に進められて
いる。また何か災厄が起こらぬうちに。
当面ヤマトは、古代の手にそのまま預けられ、地球一若い艦長として、そのままの任務
に就く。
(皆、一緒だ――)
 南部も島も、四郎も、太田も、相原も。

……貴方達の姿のない艦内にも、もう随分慣れたけどね。
1年間のヤマトでの旅は、もはや昔日のヤマトではなかった。
――変わっていくのは、良いことなんだろう、と思っている。
今、自分だって。
新しい恋人の腕の中にいるのだから。

(四郎はイイ男よ――もしかしたら、貴方よりも、いい男かもね)
くすりと、葉子は笑って、もう一度その兄に語りかけた。

 もうじき連中が来るだろう。
デートはもう、終わりだ。

 だけれど、できることなら一度。
2人で語り合いたかったな。
出逢ったのが戦場でなければ、相会わなかったかもしれない2人だというのに。
――いつだったか、一度だけコスモタイガーで遠出して、旅したことを思い出した。
あの時、幸せだったなぁ……微かな、遠い、思い出。
(いいよね、いつでも貴方は、いる)
 彼を忘れる日は来るのだろうか?
また、忘れなければいけないだろうか?
いつか、星の海を離れるのだろうか? そして、四郎と私は。

幸せだな――葉子はそう思う。
 そう、思えることが、幸福だった。

 陽が中天に上り、遠くからかすかに汽笛の音が聞こえてきていた。
 仲間たちがもうじき、丘の麓から上ってくるだろう、一人、また一人と。

Fin

綾乃
――「宇宙戦艦ヤマト」 A.D.2200
Count015−−18 Nov,2006

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古代進&森雪100のお題−−新月ver index     
あとがき、のようなもの
現在のデータ
Cont001 No.57 コスモゼロ(改題「コスモ・ゼロ」)、Cont002 No.100 誕生、Count003 No.15 兄と弟、Count004 No.41 ヤマト艦長、Count005 No.21 再び…、Count006 No.53 復活
Count007 No.01 一目惚れ、Count009 No.82 夢、Count011 No.84 First Kiss
Count012 No.09 もう、我慢できない、Count013 No.18 ありがとう、Count014 No.20 告白、Count15 No.26 ふたり
「旅立ち」「温泉」は未完。「プライベートーコール」はボツ原稿

Count026 −−ふたり
  「三日月小箱百之御題」でやはり「ふたり」というお題があり、「ヤマト3」での古代艦長と島副長の友情について短い話を書きました。この時、“ヤマトで2人、っていったら誰と誰かな”という感想を寄せてくださった方がずいぶんいらして、とても楽しく読ませていただいたのです。
  この「100」では基本的に古代くんとユキちゃんにしようと思っていたのですが、連続して2人のGrowing Up話を書いていた処、「三郎と葉子をぜひ」というご意見をけっこういただきまして。…書きたかったんですけどね★
  葉子ちゃんは幸せです。少し寂しくて、懐かしく。まだ彼女は三郎くんを忘れておらず、その、過ごしてきたふたりの時間をとても幸せに感じている。それにこの晩、優しい恋人は地球へ帰還するんですもん。
  まだ「ヤマト3」の時期だから、2人で兄ちゃんに挨拶に行ったりはしてませんから(2人の関係が決定的になるのは「完結編」後、古代とユキに長男・守くんが生まれてからの話です−−気の長い弟だ(笑)。
  「三日月…」の方に、もう一本、葉子と三郎の話を上げるつもりです。お楽しみください。

  佐々葉子、山本明、古代進、森ユキらの設定や関係は、三日月小箱−新月world=「小箱辞典」 を参照。
  この物語は、NOVEL 「宙駆ける魚・2」 が背景になっております。

  ご感想などいただければ、幸いです。

Novmber 2006、綾乃・拝 
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