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CHAPTER-11  (025) (089) (060) (033) (036) (035)



(3)


 庭から微かな風が部屋に流れ込む。
気持ちよさげに目を閉じて、まずはシャンプーよね。
「――それにしても、古代はそこまでよく放りっぱなしにするなぁ」
横の椅子に四郎と並んで腰掛けていた佐々が、呆れたようにそう言った。
「いいだろ? 男っぽくて」古代がふざけて言う。
「まぁったくね、この人ったら、航海の間中、散髪もしてもらわないで。1か月なら1か月
中、3か月なら3か月中、伸ばしっぱなし」
とユキがシャワーを頭に浴びせながら髪をかき回してそう言う。
「――触られるの、苦手なんだよ」小さな声で反論すると
「黙って――口にお湯が入るわよ?」
顔に温かいタオルが乗せられていて気持ちよい。葉子と四郎はふふっと顔を見合わせた。
「放っておくとすぐ伸びちゃうからなぁ」四郎が頭に手をやっていう。
「伸ばしておくと案外伸びないもんだぜ?」古代の口は減らない。
「……もうっ、いいから黙ってってば」がしがしと頭をかき回し、ユキはシャンプーを洗い
落とした。
古代の散髪は髪を整え、微妙に前髪を切っていく。癖っ毛の古代の髪を扱うのは見かけより
難しいのだが、ユキは慣れたもので、さっさと切ってすぐに終わった。
襟足、耳の上、前髪。そして肝心なのは梳くこと。
――ふぅん、いい男ぶり、30%アップってとこ? 葉子が言うと皆が笑った。
 「俺も伸ばそうかなぁ――」四郎がかわって専用椅子に座りながら頭を撫でた。
「文句言わないのよ。戦闘機乗りがこんな髪してたら禿げになるわ」
自分はどうなんだよ、という科白は飲み込んで、素直に目を閉じ、シャンプー台に頭を持た
せかける四郎だった。
「――加藤くんて頭の格好、いいのねぇ」ユキが珍しいものでも見る様に言った。
「え゛」――は、恥ずかしいから見ないでくださいよ。
髪を洗ってるのは葉子である。――頭、おっきいわよ? 彼女も笑いながら言って、古代も
小さい方じゃないけどな、そう言うと「脳みそ詰まってんだ」と、言い返された。
 そういや、山本は髪長かったけどな。
あいつけっこう構わないみたいでいてお洒落だったからな、自分でカットしてたみたいだ
ぜ? 古代がそう言って、佐々は内心(違うと思う)とつぶやいたが、口には出さなかった。
ジョキジョキ切ったりはしてたかもしれないけど、それもきっと、てきとーだろうと。
 「兄さんがやってたと思うよ」
突然、四郎がそう言った。え? という皆。
「うちさ――兄貴ってけっこうマメなやつで。家族多いだろ? 散髪代も莫迦になんないか
ら、昔からけっこうお互いに切りあいっこしてて。最初は母親がやってたんだけど、そのう
ち桂義姉さんにバトンタッチ。でも、子育て真っ最中だろ? で、なんでだか三郎兄さんが
やるようになったんだ。中学生くらいでもうまかったよ? 昔っから刃物とか得意だったん
だな、今思えば。ぶ」
――最後の「ぶ」は泡が口に入った音である。
げぼ。――あ〜あ、しゃべってるから。
乱暴者の葉子さんはあまり気にしなかった。
(ひ、ひどい……)と思う四郎である。

 「いたたたっ。もうちょっと優しくやってくれよ」
「うるっさい。文句言わないのっ」
なんともダイナミックに縦横無尽にバリカンを使う葉子である。
「この髪型に繊細さなんて要求されないでしょ? 角だけちょっと残せばいいのよね?」
「そ、それはないよ〜」泣き顔の四郎。「あぁ……俺もユキさんがいいっ」
 「なにっ!? もう、やってあげないわよっ。その格好で街歩きなさい」
頭半分剃った状態になっていて、みっともないことこの上ない。
(もう。後先考えずに始めるから――いくら最後にまとまってればいいっていったって)
半泣きの四郎である。
古代はお腹を抱えて笑っているし、葉子は、ぶす。
ユキは吹き出しそうなのを抑えるのに困っている様子。
 「とっととやるからね」
さすがにこのままではマズいと思ったのか、葉子はさっさと続きにかかった。
「い、いてってっ。――皮削がないでくれよっ」
「わかってますって。ミクロン以下の標的を落とす葉子さんの腕前、信用してないのっ?」
「俺の頭は戦闘機じゃないっ」
妙に煩いペアである。

 「ユキもやってやろうか?」
大騒ぎの末、なんとか四郎の頭も外へ出て笑われない程度には仕上がり――本当は葉子は
わりあい器用で、センスもある。要するに途中の過程をかなり乱暴にすっ飛ばしただけ――
ホッとしたところで、古代がそう言った。
「あら」と目を上げるユキ。――そんな様子はとても美しいな、と思う外野である。
 「古代も散髪なんかするのか?」
葉子が不思議そうに言うのに
「生活班の乗ってるふねばかりじゃないからな。探査艇レベルだと全部自分でやんないと
いけないから。けっこう皆、なんとかできるんだぜ?」と言う。
「――そうね。島くんも古代くんも器用だったから。手が足りないと佐渡先生によく引っ張
り出されて」「手伝わされたな」と笑う。
「戦闘班の子たちは想いっきり嫌がってたけど?」
「そりゃそうだろ。上官に髪の毛いじられたい男はいない」
「島はやらなかったぞ」葉子が笑った。「男の髪をいじるのなんて絶対イヤだ、だろ?」
「あぁそうさ……きっぱり女の髪しかイヤだって言って」
「でも、女の子の方は触られるのイヤよねぇ」とユキが言った。
「あぁ…イヤがるやつとドキドキしてダメってやつと両方いてな」吹き出すように。「結局、
島がカットしたのってあったか?」
首を横に。−−佐渡先生よね、やっぱり。

 ユキの髪も案外手をかけていない。先を揃えて切るだけ。自然にまとまりのよい髪を古代の
大きくてしなやかな手が器用にカットしていくのを見る。
他の人間が触ったりしたらコスモガンで撃ち抜かれそうだなと四郎は思う。
少し栗色の髪は昔から変わらず、とても綺麗だ。
――「なにボケらっと見惚れてんのよ」つん、と葉子につつかれた。
「え? ……ひまだから」
「そだね、ひま。――ひまもいいな」
ごろん、とまたソファに背を持たせかけて。
 「葉子もやってもらえば?」はい、おしまい、とカバーを取ってユキが立ち上がると、
「へぇ、やっぱりきれいだね」と葉子にそう言われた。
「スッキリするわ。進さん器用で助かる」「いつもはどうしてるの?」
「ん〜、美容院とかかしら。時間ない時は放りっぱなし」
案外、似たもの夫婦だ、と思った2人である。
 次は。と皆で葉子を見るのに、
「――あ、あたしは良いよ」後じさり気味。
後ろで揃えて肩先でカットするだけだが、少し長めだから前髪も斜めに揃えて目に入らない
ように……素人には難しいのである。「時間みて、美容院に行く」そう言って。

 平和な休日の、午後。
なんとなくすっきりした頭になった3人と、そんなこんなでリフレッシュした残りの1人。
ぽかぽかとした陽を浴びながら、旅の間のあれこれを話したり、留守中の噂話。
やっぱり主には仲間たちの去就。真田さんと一緒に働いている四郎、アクエリアスでの新人
たちのことを面白おかしく話す進と葉子、地上に残っている者たちのあれこれはユキが。
中でも、挙式が間近に迫った相原と藤堂晶子のドタバタは微笑ましく写った。
「南部の抜け駆けは驚いたよなぁ」と進が言えば、「ほんと。帰ったら“結婚しました”通知
だもんな」と葉子。
「星間ハイパー通信で送るだろ、普通。古式豊かに金縁の折りたたみ葉書入り封書だぜ?
しかも封緘付きで」と進。「あの日は宇宙中に、ニュースメール飛び交ったわね」葉子が
おかしそうに。「ほんとほんと、きっとアルファ・ケンタウリあたりまで飛んだと思う」と四郎。
「――真田さん、知らんふりして通信に紛れ込ませてたもんな」
「あの人も、案外、なところあるわよね」ユキが笑う。
「相原、悔しがってたもんなぁ」
「――『僕に黙って、ひどいっ』でしょ?」くすくすと。
「しばらく欠勤してたと思ったら――」
「新婚旅行兼、逃避行だったみたいですよ、マスコミとかお偉いさんたちからの」と、四郎。
「どこ行ってたんだ?」「さぁ」
「明日、相原さんにでも聞いてみたら」
「藪をつついて蛇を出すのはいやだ」と進。

 ゆっくりとした時間が過ぎていた。



(4)


 「じゃぁね」「また」
「……っていっても明日また防衛軍かいしゃで会うんだしな」
んふ、と笑って、四郎と葉子を送り出すと。
通路を出るまで、なんだかまた口げんかしている風の声が聞こえていた。
「――まぁったく、子どもみたいなんだからな」
かわいい連中だ、というように進が言うのに、
「あら」とユキは扉を閉めながら傍らの夫を見た。「――他人ひとのこと、言えます?」
進の目がいたずらめいて動き、肩をすくめた。

 「――お夕飯も食べていけばいいのに。もっと話したかったわぁ」
毎日多忙なスケジュールに追われるユキは、心置きなく打ち解けられる相手と話をするのは
一番のストレス解消なのである。ましてや、親友たち。
進はくす、っと笑った。
「――まぁ、でも、ね」ん? とユキ。
「四郎だってな――男のキモチ、ってのもあるさ」え?
「昨日戻ったばかりだろ――佐々とゆっくりもしたいだろうし」
じっと見つめられてユキは、ぽっと頬を染めた。
「あ、あら……そ、そうね。私、…四郎くんだって、そんなに一緒にいられないですもんね」
「ユキ…」
きゅ、と後ろから肩を包まれる。「あ……」
ちゅ、と頬にキスされて、そのまま腕にふんわり包まれる。
 目を上げて見ると――あぁん、この笑顔に弱い。
私、何回この人に恋したらいいのかしら?

 じっと見ていたら相手が、照れた。
「ゆ、ユキ――夕飯はどうする? 何かとろうか?」
「うん……何か作るわよ」「あぁ……でも簡単でいい。昼ご馳走食ったしな」
「え、えぇ――なら、残り物で良いかしらね、お昼のもあるし」
ふっと見詰め合って。
 「ユキ……」
またぎゅ、と包まれた。
「いいのかな――」
その手を取って、ユキは問う。進が言いたいことはわかっている。
「なに?」
「――いつも君を待たせてばかりだ」
「……そうね。好きで待ってるわよ?」
「ユキ――佐々が言ってた」
座ろうか、といってソファに並んで。その胸に肩をもたせかけながら、ゆるりと包まれて。
「『――私は待つのなんか耐えられないから……いつも、どこか飛んでいきたい。だから、四
郎にはいつも済まないと思っているから。ユキは、強いね――古代も、偉いよ』って」
「――加藤くんは、彼女のためなら、幾らだって待つでしょう」
進はゆっくりと頷いた。
「そうなんだろうな……だけど、佐々はそれは辛いからって。自由にしてなさいっていつも
言ってるんだそうだ」「そんな――」
 だから、毎回戻って、会えると奇跡のような気がするって言ってる。
だから、毎回別れて、毎回会うんだって――そんなことも言ってた。
「――葉子……」
「でも、僕も同じだよ?」
「進さん?」
 いや――君が待っててくれることは知っているさ。俺が帰ってくるのは地球じゃなくて、
 此処――ユキの処だろ。えぇ……進さん。
「「生きて――元気でいてくれさえしたら、善い」」
 声が重なった。
離れ離れでも――会えないのは辛い。だけど、生きてさえいてくれればいいと、互いに思っ
たような戦いを潜り抜けて。
 だから。
何があっても平気よね? 2人はまた見詰め合うと、ゆっくりと唇を近づけた。

 ――愛してるよ?
 ――愛してるわ

 愛って何だろうね。
相手を想うこと――相手の命を大切に想うこと。
 確かに、星の宇宙うみを見上げると懐かしくて――ちょっと寂しい。そんなこともあるわ。
 ユキ…。
 でもね、帰ってくるふねを待っているのは好きよ――貴方が、遠くから……天王星の果て
やアルファ・ケンタウリの海から、私に向かって近づいてくる。そう思うと、空の星にも感謝
したくなるわ……。
それで、言うの――守ってね? 土星を通る頃には、土方さんや、あの時亡くなった多くの
人たちに。木星を通る頃には、火星の近くでは、そして月では……沖田艦長。加藤くん。
山本くん、鶴見くん、って。ヤマトで一緒に戦って一緒に通った道筋で、皆が守ってくれる。
そう思うの。
「ユキ……」

 んふ。でもね。
腕の中から体を起こして、ユキはちょっといたずらっぽくそう囁いた。
毎回毎回――会うたびに、何回、恋してるかしら。
――あんまり、素敵になりすぎないでね。私の旦那さま。
――ユキ……それは、僕だって。

 このあと、夕ご飯を2人がきちんと食べたかどうかは、月だけが知っていた。

Fin



綾乃
――「宇宙戦艦ヤマト」 A.D.2205

Count061/Chapter 11−−28 July/02 Sep/08 Oct, 2007

 

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あとがきのようなもの

count061−−「愛」
   「愛」ね…。ヤマトのテーマそのものっちゃそのものなのですが。古代進とユキで、このテーマとゆわれましても、の作者であります。
   日常生活を繰り返せる、というのは平和な証拠でしょう。戦いというのは非日常、日常を破壊する行為。だから。昔、ご家庭のカットセットとか流行しませんでしたか? びんぼーだった綾乃家は、使っていました(いや、最初に結婚した時です)。だから、けっこう。実話だったりなんかして・・・いやこんなに甘くはありませんが。この2組を一緒に並べてみるのは面白くて好きなんですよ。個性の違いとか、立場の違いとかがよく現れるでしょう? で、この4人揃うと、一番“おこちゃま”になるのは葉子ちゃんです。一番大人なふりするのが、ユキ。でも、何かやるときに、この4人がスクラム組んだら何でもできそうじゃないですか?
   戦闘員の葉子、看護師で秘書のユキ。2人が選んだ立場の違いが、「愛」ということにおける表現の違いにもなります。この段階ではまだ24歳、戦後1年の葉子は自分のことまで考えていません。古代夫妻に長男・守が生まれ、相原や太田が結婚し…そうして、彼女の迷える魂もやっと傍らの止まり木に気づく、そんな時期です。あとは、「お月様になって」ユキちゃんたちの熱い夜でもご堪能ください。ではまたどこかでお会いしましょう。
  葉子&四郎の帰り道を知りたい方々には、短いエピローグ を…。

 

    Count/No. 100_title Count/No. 100_title Count/No. 100_title Count/No. 100_title Count/No. 100_title
古代進&森雪100のお題−−新月ver index     
CHAPTER-01                    
01-No.57 コスモ・ゼロ 02-No.100 誕生 03-No.15 兄と弟

04-No.41

ヤマト艦長 05-No.21 再び… 06-No.53 復活
CHAPTER-02                    
07-No.01 一目惚れ 08-No.78 温泉(未) 09-No.82 10-No.03 旅立ち 11-No.84 First Kiss 18-No.83 プライベートコール
CHAPTER-03     12-No.09 もう、我慢できない   13-No.18 ありがとう    
14-No.20 告白 15-No.26 ふたり 25-No.14 記念写真         26-No.80 自棄酒(未)
CHAPTER-04 16-No.29 My Sweet Home   17-No.70 冬木立 22-No.22 エンゲージリング  
28-No.08 願い星                 58-No.31 新入り(未)
CHAPTER-05
parallel・A
19-No.06 心の変化 20-No.95 ラブシュープリーム      
43-No.96 約束(未) 21-No.75 旅行(未) 35-No.58 さよなら(未 42-No.35 再会        
CHAPTER-06                    
23-No.48 若い人 29-No.02 片思い 30-No.04 メッセージ 25-No.14 記念写真 33-No.62 チョコレート 27-No.43 三つ巴(未)
CHAPTER-08                    
37-No.50 忘れない 40-No.19 ただいま 41-No.16 イスカンダル 46-No.30 おままごと 39-No.05 氷の惑星 37-No.11a ライバル
CHAPTER-09 48-No.27 永遠の誓い 49-No.28 いつまでも 50-No.13 帰ってきて! 45-No.10 不安 31-No.45 たったひとり(未)
CHAPTER-10 51-No.07 孤独(b) 52-No.32 もののふ         47-No.63 クッキー(未)
CHAPTER-11 57-No.25 帰りたい… 62-No.89 けんか 61-No.60 39-No.33 叶わぬ恋 60-No.35 再会

 

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