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79. 【やきもち】

 「ねぇ、父さん」
ん? と南部康雄は、休日でくつろいでいたリビングで、雑誌を広げていたソファから顔
を上げ、娘の顔を見た。
娘はダイニングテーブルの椅子に着き、何やら書類に取り組んでいる。
そこそこの豪邸――といってもよいだろう家なのだから、それぞれの快適で電子機器も揃
っている部屋で、ゆったりすればよいのだと凡人なら思うだろうが、そこはそれ。
めったに会えない親子だけに、休日揃えば、なんとなくリビングに集まってしまう。
用事があっても皆の姿の見えるところでやりがちなのは、この末っ子の瑞希に特有だった
かもしれなかったが。
 そんな風が実は嬉しい父親は、目を細めるようにして、どうやら自分が見れば内容まで
わかってしまうにちがいない、彼女が先ほどから取り組んでいるペーパーに目をやった。
「――あら、違うのよ」
父親の意図に気づいたのか娘が言った。
「これがわかんなくて訊きたいわけじゃないの」
パタンと鉛筆は置いてしまって――どうやら何かのシミュレーションのようだった。
配置図らしきものが描かれており、やたらにラインが引かれている。携帯端末でやればい
いと思うのだが、実は「紙と鉛筆で」などという宿題が時々出る――相変わらずの母校だ
なと南部元砲術長は思うのだった。
 「じゃぁ、なにかな。――お父さんのお膝で抱っこされたい、というのなら、まだ歓迎だぞ」
茶化すように言う。
訓練学校に入学してバリバリに戦闘員を目指しているとはいえ、瑞希はまだ15歳だ。末娘
でもあり、可愛いことに変わりは無い。
「そんなんじゃ、ない」
けっこう気が強くて乱暴者である。おまけに学校へ行ってからは体術も仕込まれているば
かりか、本人も興味があるらしくて、物騒なことこの上の無い娘である。

 「ねぇ――父さまと古代司令って、同期だったんでしょ」
首をかしげて訊ねる様子は、相変わらずかわいいなと思う父。
 むしろ男っぽいことを自負していたような女子高時代に比べて、ツッパリが取れたのか、
素直になったような気もする。一つには余裕が無いというのもあるのかもしれない。学校
に居れば、全寮制、昼も夜も、日々決められた日程スケジュールの中で、 教練と学習に費やす日々
は、余分なものを削ぎ落とし、強さと自身の本質を突き詰めていかざるを得ない日々で
ある。本来この娘は、素直で真っ直ぐな子なのだ。――南部の家から、ただ1人、地球
を守る父の後を継ごうというほどに。
 「あぁ。同期で、科も同じ。――下級生の時はクラスは違ったがな。よくつるんで遊んで
た仲だ」 「そう」問われなければ父がその時代の話をするのは珍しかった。
「専科に分かれてからはね、同じ砲術だったし。しかも士官コースで特別に選ばれて共に
学んだ……最後はちょっと違ったけどな」と微笑む。
 「――ヤマトでは父さまの上官だったのよね」
「あぁ……古代の方が少し若いのは知ってるか?」こくりと瑞希は頷いた。
「あいつは早生まれでね。ヤマトに乗った時はひとつ年下だったんだ。だが、すでに凄ま
じい闘気とうきの持ち主だったさ。――最後の数か月は、島と一緒に 火星で特別訓練を受け
てたからな」
「そう――」何か物思う風情の娘。
「父さまも幹部乗組員だったわよね」
「――あぁ。戦闘班でいえば副班長、砲術ではリーダーだった。それも荷が重かったけ
どな……まぁ人にはというものがあるし。お前もわかるだろうが、 人に指図する立場
は……我が家の人間なら違和感はない」
「そうね」娘は少し考え込む姿勢で顎を引いた。
 「実力ちからは、互角だった、って教官せんせいも 仰ってたし――」
残された記録を見たのよ。優等のシミュレーションの結果やパターンって記録に残った
りトレースして勉強したりするでしょ。いまだに第四期――父さまたちのを超えるのは、
あまりなくて……第九期の土門参謀たちのがわずかに塗り替えたくらい。
未だに時々使うんだ。
 そう言われて、それも周知の父である。
 「人の上に立つ――特に、戦場での資質がそれだけじゃない、というのはわかるな」
少し真面目な表情になり、目を細めて南部康雄は娘を見た。
こくりとまた頷く、娘。

 「あたし――私ね。伊達にこういう家に生まれたんじゃないな、と思う」
何を言うのかと父はいぶかしんだ。
「わかるんだ……抜けていく人っていうか。人の上に立つべき人。実力。才能のある人」
彼は頷き、彼女の話を促した。――このは何か、大切なことを言おうとしている。
専科の訓練がすでに始まっていた。
「来週からチームでの特別演習があるんだけど――1人、気になる人がいる」
「男か?」――南部が訊ねたのは、咄嗟に違う意味だったが、娘はそう思わなかったらし
い。ううん、と首を振って。「――女よ。同期で、さして仲良くもなかったんだけど」
 ある日、シミュレーションで組んだのだという。
成績順に上から組まされたから、初めてチームを組んだ。息が合い、そして、何を考えて
いるか、どうすればよいのか読めたのだという。戦いやすかった。
相手チームは男のペアだったが、普段苦手なシーンもこなし、フォローし合え、圧勝した。
 それは、誰と組んでもそこそこの成績を収めることはできる。自身の力さえあれば、そ
うやって生き残っていくのが、あぁいう場である。すべてが数値に表れる場だけに、皆、
必死なのだ。だが、それだけではない何か。
「――それから、気になって」
成績をチェックするようになったのだという。
 2人とも、一番を争うというようなものではなかったが、女の優等生は砲術では多くない。
抜きつ抜かれつ、凄まじい争いを展開した――親しく口を利くこともなかったし、一緒に
雑談することもない。だが、組ませれば相手方を圧倒した。
――ライバルでしかないわ。友だちじゃない、仲間でもない。
不思議な存在。でも私を高めてくれる。

 南部は少し嬉しそうにこっそり笑った。
そうか――彼女も日々大人になっているのだ。それは、善き出会いが引き上げてくれる。
「――でね。叶わないと思った」
ねぇ、父さま。古代さんの下で、しかも直属の上司として。年下で、同期で、同級生で。
しかも友だちで、ずっと横にいた人が。少しのきっかけで自分の命を握って、しかもイス
カンダルまで、あんな切羽詰った中で。
――悔しくなかった? ……いえ。納得できなかったんじゃないの。父さまはしかも、南
部の総帥になる立場の方だった。庶政のただの孤児。何の力も無い、ただ戦いの技術
だけ身に付けた若者。そう、思ったことはなかったの?





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