planet icon 艦長室にて。




CHAPTER-02 (001) (084) (003) (083) (078) (082) (082・2)



83. 【プライヴェート・コール】



 「艦長――いらっしゃらないんですか? ご相談が」
生活班長・森ユキの声がして、艦長室でうつらうつらしていた古代進は、はっと起
き上がった。
 先ほど島と話して、大きな声ではいえないが。候補はどんどん絞り込まれ、減っ
ていく。もはや残された可能性とタイムリミットは、わずか。

ヤマトが最も遠く、最も銀河系中央に向かっている。
半年近く遅れてスタートした他の艦隊は、
星の数のただでさえ少ない地域に、そして航行能力も
その解析・情報量も桁違いに少ない。
――人類がまるごと移行できる星を探すのは、
海岸にひしめく砂の中から一粒を探すのに等しい。

ヤマト、お前だけが頼りだ、と……長官からもまた連絡があったばかり。
 心根はわかる――俺だけではない。
乗組員たちは、それぞれの精一杯で、それに努めているのだ。
中でも、島をはじめとする航海班、そしてその直下にある通信班と、調査分析を担当
する技術班の面々は……それこそこの星の海の中から、砂粒ひとつ見落とすまい、
と努力を続ける。

 「光学分析してみると、可能性のある恒星系はさほど多くないんですよ――」
ほのかに想う人を地球に待たせている相原義一は、絶望の色を声に込めないように
務めながら、報告に来た。
「島さんたちの分析と、僕たちの分析を合わせると、振り落とす方向へいくしかなく
て――この間の星が80%というのなら、70%程度にまで下げるか。惑星改造も辞さ
ないというところまで下げたとしても、あまりこのあたりには…」

 完全を求め前へ進み続けるか……条件を広げて、探索の手を広げるか。
 島も、相原も、太田も。迷っている。――艦長。判断を。

 地球人類すべてを救うか――それとも一部の選ばれた者たちを? それをどう
やって、選ぶ?
 あらゆることを判断しなければならない時期に来ていた。
 「艦長――俺たちは進言することと、データを上げることしかできない。辛いだ
ろうが、人知で及ばないこともあるんだ。どうなっても、お前のせいばかりではな
いんだぞ」
島がそれを慮って、そう言ってくれたのは、少しでも、判断の負担を軽くしようと
思ってくれてのことなのだろう。
島も、そして真田さんも。
 そんなことを思いながら、いつの間にか……そういえばここしばらくほとんど眠
れていなかったのだ。

 われながら情けない、のかもしれない。
 ユキ――と、その鮮やかな笑顔を思い出していた処へ、本人の、柔らかく優しい
声がした。

「艦長? ――お休みでしたの?」
 弱みを見せたいと思ったわけではない。
だけれど。
ユキに何も隠せないのは、もう自明の理で。
だけれども――ここは、ヤマトで。俺は艦長だ。
 「艦長?」
「あ、生活班長。――大丈夫だ。何だ? 相談って」
次の探査に、自分も降りようと思う。少々集めてきたい食料や素材もあるから、
という。
探査の方法と効率は、旅の初期の頃に比べれば圧倒的に良くなってきていた。こん
なものに慣れ習熟していくのも問題ではあるんだけれど。…あぁいいさ。必要なら、
許可しよう。コスモ・ハウンドで出るんだろ?
「はい。そうしたいと思います。揚羽隊員か土門が同行しますので」
「そうだな…」
古代のやり取りは上の空で、ユキは違和感を感じていた。
 (艦長……元気がない。大丈夫かしら)
 ふとそんな想いが無意識に出てしまったのだろう。
ふだんは厳しく自分を律しているが、つ、と手が伸びた。どうしようと思ったわけ
ではない。自分を正面からとらえず、どこか心が他所にさまよっている感じの艦長。
疲れているんだろうと、予想はできたけれど。
 伸ばしかけた手は、途中で絡め取られた。
それまでまったく動作を見せなかった手が、手首を素早い動きで掴み、ユキはバラ
ンスを崩して手に持ったファイルをばらばら、と床に落としてしまった。
 「あ、か、艦長――」

crecsent icon

 何も言わずに、古代はユキを抱きこむと、その首筋に唇を寄せた。
熱い息が頬にかかり、ぎゅ、と抱きしめられた体が密着する。

 「艦長――何なさるんですかっ! だめっ。……いやっ」
白衣の短い裾を手が割り込み、その足の付け根に直接触れた。
片腕は上半身を拘束していて、すでに舌が耳の根元を弄る。
「ユキ――」そう呼んで。
「艦長――ふざけないでください、いやっ」「ふざけてなんか、ない――」
 やめてくださいっ。
いくら……だからといっても。あんまり。ひどいわ。

 涙がぽろぽろとわいてきて、それを見た古代はふと我に返った。
「ご、ごめん……」
 体を離し、両腕で肩を持ち、顔を伏せると、ユキはそのまましゃくりあげている。
「艦長、……艦長。あんまりです……」
古代は顔を上げた。
そしてまた抱き込む。「いや……」
 艦長――森君。
もしそう言いあっていたとしたら、完全なセクハラである。
古代の中の理性はそう告げた。――が、ユキは俺の恋人で、相棒だ。
「ごめん……俺が全部いけない。だけど」
そう言って、こんどは柔らかく頬にキスをした。涙のあとを唇でふき取るように。
ごめん……ユキが好きだよ。傷つけたくない。だけれど。
 なら…どうすれば、いい? ユキ……君が、欲しい。今だけ…。
「……だめです……そう、おっしゃったのは、艦長じゃありませんか」
まだ涙を流しながらも、やさしいついばむようなキスと声に、声はだんだん小さく
なっていく。
 「いや……触らないで」
言葉はそう言っていたが、最初微かに見せた力任せの抵抗は失われていた。
かたくなにガードしていた手はすべりおち、肩を抱きとっていた方の古代の手は胸
の内側へ滑り込んでいる。しなやかな指先が胸の尖端を探り当て、やわらかくつい
ばみはじめ、そのまま掌がそれを支える柔らかな土台をもみしだいた。
 わずかに顎をそらせた横顔が、凄絶に美しいなと思いながら、そのあどけなさの
のこる首筋に舌を這わせ、またさらに手の動きは微妙になった。

 あっ……。

 微かな吐息が漏れて、抵抗ではないあらがいが、古代の腕に伝わった。
すかさず耳元に囁いた。
「ユキ…」と。

crecsent icon

 その声が耳に届いた。
(いや……古代くん。……なにするの。)
そう、口から漏れそうになって、は、と古代の体の先に床に零れ落ちた光が目に入った。
−−恒星の、光。
それが、なんだったというわけではない。
 体は熱く揺れ、愛する相手−−求め合い睦み合う相手の腕の中で、熱を持って
いた。ユキの方も……求めていた、ということに気づく。
だが、その瞬間。

 パシ、と小さな音がして、
古代の意識が現実に還ってきた。
するどい痛みが頬に差し、ユキの指がそれを叩いたからだ。

 はっと胸の前を合わせ、体を引くと、古代はバツが悪そうにその場に座り込んだ。
「−−すまん、俺は…」
森ユキは、息を吐いて、立ち上がると古代の肩に手を置いた。
艦長……。
 そしてまるで少年のような目を上げた顔を覗き込む。
 そんな顔されると……何かしてあげたくなっちゃう。
罪の意識と、我を失い呆然とする24歳の青年。
「古代くん……いえ、進さん」
顔をゆるりと近づけて、ちゅ、と優しく額にそれを触れた。
 「口説きたいなら、時間を選んでください」
にっこりと笑みを見せて、それは慈愛を含んで古代の心にするりと光を投げかける。
「島くんたちも心配してるわ……それに」
ユキは少し赤みの差した頬をして、目を伏せた。
「−−いろいろ、あの。…気遣って、くれるんだけど」
暗に。傍に居てやれとか。夜は別に一緒に居たって誰も責めない、どころか、頼む
からあいつを力づけてやってくれとか。…まぁそんな直截なこと言うのは南部くん
くらいだけど。
 「ユキ……ごめん。俺、どうかしてた……艦長失格だな」
本来ならセクハラで降格処分だ。
「そうね」
ゆっくりと立ち上がってユキは微笑む。
「−−だけど。人には時々、お薬も必要。…でしょ?」
古代は、何を言うのかとまだ無表情のままユキを見返した。

 はい、これ。
 手許に小さなポケベルのようなものを乗せられ、それを手で包み込まれる。
「ナース用の緊急通信カード」「ユキ……」
「“プライヴェート・コール”なら、お受けしますわよ? 適用は勤務時間外のみ、
ということで」くすり、と笑う。
 ユキにしても。
 あのまま終わるの? ……それもちょっと。せっかくの機会だし。
あら、私ってけっこう×××。
「ユキ−−」
あっけに取られた顔で古代進はいる。
 「いいのか?」
「貴方次第です−−」
頑なに、避けるだけが強さでも規律でもない。
自分の意思と、望みと。義務と自分らしくあることと・・・自分の手の内にしてこその
艦長じゃないかしら。ヤマトの。

 古代は座り込んだまま、ふ、はは、と笑いを漏らした。
それがあはは、と大きな声に変わる。子どものように顔を上げて。
久しぶりに腹の底から笑った、とでもいうように。
 「参ったな−−キミは大したひとだ」
 すい、と立って、ありがとう。預かる、そう言ってふいと肩に手を置くと、ちゅ、
とキスしてくれた。
素早くて、避けるヒマもない。
 古代の瞳から縋るような色は、消えていた。

 森ユキ、退出します。
あぁ。
そう言って片手を上げて見送る古代に、軽く小首を傾げ(呼んでね)
と声に出さずに告げて。

 何も考えずに互いの温もりを求め合う時間があってもよいかもしれない。
 こんな風にではなく、ね。

 扉の閉まる音がして、ユキが去った後も、しばらく古代は手の中のカードを
見つめていた。
数時間後−−おそらく自分はこれをコールしているだろう。
助けを求めるため、だけではなく。
より、自分の望みを知るために。自分が此処にいることを確かめるために。

crecsent icon

 深夜に届こうとする艦内時間。
熱い息を交わしながら、耳元に古代が囁く。
潤んだ声と、
声にならないかすかな息で、ユキが応える。
そのピンク色の愛らしい唇が微かに開き、甘い吐息と共に囁く。

 こだい、くん――愛しているわ。
 私の、貴方――。
 悩まないで…。みんな、貴方を愛しているの。
迷わないで――貴方なら大丈夫だから。

 ゆき――。

愛しさは増して、そのありったけをそそぎたくなる、
抱きしめ、顔に頬寄せて、古代も囁く。

 ゆき――愛してる。今だけは……俺のものだ。

星の海の中で――ヤマトは自動航行で静かな銀河の海を行く。
明日からはまた激しい戦いと、厳しい任務の中だ。
束の間の、愛を。
そしてその想いこそが、2人をたすけ、人々に希望を授けるものだ。

――Fin
   「宇宙戦艦ヤマト3」 A.D.2203年

window clip

綾乃
Count 018−−14 Nov, 2006/22 Sep, 2008

←新月の館annex  ↑進&雪100 indexへ戻る  ↓ご感想やご連絡   →三日月MENUへ
背景画像 by「Silverry moon light」様

Copyright ©  Neumond,2005-08./Ayano FUJIWARA All rights reserved.


古代進&森雪100のお題−−新月ver index
   
あとがきのようなもの

count018−−「プライヴェート・コール」

   カウンタや日付でわかるように、この話はもの凄く初期の短編です。コンセプトは「古代進と森ユキのエロを書こう」(笑)で、いちおう、それなりに成功した話でした…駄菓子菓子。やっぱ違うだろう、とか思ってしまって。パラレルにするなら良いけど、本編に組み込むとこのユキはどうも違う。古代艦長もだいぶ違う(^_^;)…迷ったまま、放置。2年間(<をい)。
  何度か書き直しは試みたのですが、もともと進くんとユキはラブラブで、傍から見てると莫迦莫迦しいくらい熱いんですな。だから、あまりエロっぽくないし、そこまでやっちゃうと“艦内”ってどうよ? になってしまう。今回、出すに当たって相棒の紗月に読んでもらったところ、やっぱ同じ意見だった。で、思い切って大改定しました。…最初の部分の島くんや相原くんをどうしても出したかったんですね。彼らが置かれた状況、というのと、彼らのオシゴトぶりも、今みたら短いのによく書けてるぢゃないか(<だめじゃん、私)。
  本当は、このままなだれ込んで、イヤがるユキちゃんを…でそのままお泊りしちゃって、その後も“艦長権限”とかで、双方が望んでいないソレに溺れていく…(笑)とかなると強烈に色っぽいのですが(爆)。それって、『3』の世界じゃなくなっちゃうだろー。ということで、こういう風になりました。
  勤務中「今日は鳴るかしら」とソワソワして部下に不審がられ、南部にからかわれ、土門には疑いの目で見られ、翌日はツヤツヤして元気でまたからかわれ(ばればれ)、土門くんはあまりの色っぽさに悩殺され…なんて考えるとばかばかしいですが、楽しいかも。

 綾乃・拝

inserted by FC2 system