air icon そののち

CHAPTER-17 (086) (073) (038) (087: 1 /2 /3) (061) (099)





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 「本当にお久しぶりね。ご活躍は拝見していたけれども――この処は本部に居なか
ったようですけど。どうしてらしたの」
 一通りの業務打ち合わせを終え、ユキの方から誘ってカフェに出た。食事でも? と
言ったのを固辞されて、その恐縮したり照れる様子は、新人の頃の“生意気な若造”
の様子は影も無い。古代の艦に抜擢され研修を受けてから再び本部に短い期間いた
ことまでは知っていても、その後はいくつかの部署を転じたことくらいしか知らなかっ
た。古代の下に就くことも多いと本人こだいから聞いてはいたが――軽い 驚きをもって眺め
るユキである。
 「はい。いろいろと……しばらく辺境におりまして。連絡員のようなことも勤めさせて
いただいていたものですから――ご無沙汰しておりました」
硬い口調だが、けっして慇懃ではない。人懐こい秀麗な容貌もあの頃のまま、10年
分年齢を経て、その姿は宇宙戦士士官らしく精悍としていた。
 「そういえばゼータに?」
「はい」ユキの親友であり、現在は古代の部下でもある佐々葉子が息子を連れて赴
任していたのが30,000光年の彼方での開拓惑星ゼータである。
「先行投入のメンバーでした。現場にはさほど長くはいなかったのですが」
士官として企画に入り、あとは何度か往復して調査隊として監視の役割を果たしたと
いう。
「――つまり、ずっと古代の下にいたわけ」
「はっ――それが自分の希望でもありましたし」
「まぁ…」
 戦艦アクエリアス就航の時には固定メンバーには組み込まれなかった。
「乗ったり乗らなかったり、でしょうか。――ようやく現在は艦長の下に就くことになり
まして。今後は、お世話になります」ぺこりと頭を下げる。
――古代に心服している若い士官はたくさんいる。しかし、この風間巳希は、当初は
その反対……古代進には強い反感を持っていたうちの一人だった。何かと自分にア
プローチして来たのも、(当人は気づいてないまでも)その一環でもあったろうか。
またエリートとしてそれに見合うだけの成績の持ち主として入庁してきたのである。

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 「おう、ここに居たのか」
つかつかと大またに歩み寄った声に振り仰ぐと――「艦長!」
「進さん……いえ、中佐」
あたりの雰囲気がふわりと変わる。ざわついていたカフェ内の空気が一瞬変化したよ
うな気がして、2人はその制服姿の将校を見上げた。
そのまま座ると、「飲み物を」と風間が立ち上がる様子を見せた。古代進は少し手を
上げて、物慣れた様子の2人のやり取りをユキは感じた。風間はととっと立つと、すぐ
に紅茶を持って現れた。
 「――森秘書官は、口説けたかな?」
悪戯っぽい目をして、ストローでアイスティに口を付けながら古代は風間に言った。
「ばっ――まさかっ! 艦長、そんな昔のことを…」
本気で困惑している様子に、ユキは「あら。口説いてなんかいただいてませんけど?」
と口車に乗って、夫を見返した。
「もう、勘弁してください。艦長も、奥様も――あれは私の――何も知らなかった新人
の不遜でしたから。お忘れいただければ、ありがたいです」
真赤になりながら言う様子はむしろ可愛いと見えて、ユキと進は風間の頭の上でこっ
そりと微笑を交わした。
「はは、嘘だ嘘だ。君の忠誠はよくわかっているし……頼りにもしてるよ。長官もそう
仰らなかったか?」
「は、はい…」風間は古代の方を向いてその視線が合うと、恐縮した様子を見せる。
「……本当に、あの折は。申し訳ありませんでした」律儀にユキに頭を下げる。
 「あ、あら……あれはあれでお礼を言わなければならないのに。そういうこともあっ
たわね、という思い出よ、ね?」古代の方を見ると、古代も頷いた。
「風間。冗談だ――まったく。うちの艦には慣れたようだが相変わらず妙なとこ真面目
だな、お前」
「はぁ……センパイがたにもそう言われるんですが」
本気で反抗するから面白がられてるんだと古代は内心おかしかったが、現場の人気
も悪くないだろうこの青年士官を気に入っていることはユキの目にもよくわかった。
 「演習プランはこの男のアイデアだ。なかなか大掛かりでな――こっちは真田さん
まで巻き込んで大騒ぎさ」びっくりしたような目で風間は古代の顔を見た。「も、申し
訳…」
あはは、と古代はまた楽しそうに笑った。「な、真面目だろ?」ユキにウインクして。
「え。ご冗談なんですか?」困った顔をして、その笑い顔がまたなんとも魅力的な青
年になったなとユキは思う。
「当たり前だ、莫迦」
 彼は古代を見て目を丸くすると初めて少し砕けた様子を見せた。
「艦長。お人が悪いですよ――それ、演習の時だけにしてください」
口調も緩み、ようやくユキを前にしての緊張が少し、普段の上官下士官の関係を垣間
見せる様子になる。「……あぁ。お前もだが人のことは言えまい? この間、新人連中
泣いてたぞ? 『中尉は鬼ですっ――何とかしてくださいぃ』ってな。何やったんだ? 
お前」
可笑しそうに古代は笑うのに、彼も苦笑して。「艦長の真似しただけですよ――成績良
かったヤツ引っ張り出して軽く4時間ほどね……シミュレーションさせただけです」
「ほぉ」“良かったやつ”をね。――叩けば伸びる相手を余計にシゴく、か。このへん
はオリジナルだな。「――だいったい、俺も一緒にやったんですから。若いくせにノビ
ちまうなんて情けないですよ」親指立てていまいましそうに怒るのだから、本人もま
だ若いのであった。
「……お前、現場苦手、は卒業したらしいな」
「――今でも現場は苦手ですよ。私はあくまで机上の男でいいんです」
「そうか?」ニヤりと古代は笑って、頼もしく育ちつつある部下を見た。
 「まぁいい……根回しは俺がしてやるから、当日は頼むぞ」
「はい――私は補佐ですから、あくまで艦長がPRに出ていただくのが目的ですので。
凛々しくやってください」
「PRねぇ……」ちょいと顔をしかめたがまぁいいさと。
「プランの緻密さは相変わらずね――さすがだわ。風間くん」
ユキが言って、情報部の新人時代を示唆した。
は、とユキを見返してその顔にチラりと昔の表情が過ぎった。そう…それには自負も
ある。短い期間だったが、情報部時代にも結構な実績を上げたのだ。それをもってこ
の平和な時代に順当に階位を昇進しての今がある。――古代やユキの時代ならいざ
知らず、この年代においてこの年齢での中尉は早い昇進といえた。
「――こんど…そうね。演習が無事に終わったら。一度、家へ食事にでもいらっしゃ
い。歓迎するわ」ね、と古代を見つめてユキが言うのに、古代進は頷いた。
「そうだな。いままでも何度か声かけてたんだがな。こいつは君に逢うのが怖かった
らしくて、絶対に来ようとしないのさ。――こうなったからには来るだろうな?」
少し悪戯めいて古代が言うのに、風間は「そ、そんなことありません。喜んで伺いま
す」と生真面目に答える。その様子がまたユキの微笑を誘った。
「ぜひね。――GFがいらっしゃるならご一緒にお連れになってね。これからお世話
になるんですから」ウインクするようにユキが言うのに、「は、はぁ…」と風間は答え、
古代はまた可笑しそうに。「――今は誰なんだ? なぁユキ。こいつはこんな顔してて
モテるくせに、いまだに彼女の1人もいないんだ。俺は未だに君に未練があるんじゃ
ないかと思ってたんだけどね?」これは明らかに古代のいじわるである。
「こ、古代さん……」風間は本気で焦ったようだった。「そ、そんなことは絶対に、あ
りませんっ! 奥様は奥様で、自分は。艦長の部下ですから」ムキになるのだ。
古代夫妻は目を見合わせると、「本気にするやつがあるか。……それにしても、本当
に、いないのか? ステディな相手は。男でも構わんけどな?」
「ばっ……それ、ないです、俺」思わずの口調。
 「ま、いいさ。ともかく一度来い、な」
ハイと言いつつ、ふぅ、と息を吐いてイスに凭れる。
「古代さん――いじわるですって、それ」思わず本音が漏れて、それは昔のままの
風間と見えないでもなかった。

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