season icon気になるひと



(1) (2)
    


・・・当直の夜・・・


(2)
 
 ……俺、には。
 俺は、ふさわしく、ない――。


 暗い宇宙空間に、そんな洞察が降って沸いた気がして、古代ははっと目を見
開き、小さな窓から外を見た――古代らチーフクラスの部屋には外を見られる窓
のある部屋が多い。
(……森――ユキ。…か…)
なぜあんなに彼女のことが気になるんだろう。
――わかっている。惹かれてるんだ。恋、してるといっても良い。
だが、今俺たちはイスカンダルへコスモクリーナーを受け取りに行く最中で、
ガミラスとの戦闘の最中。地球では、俺たちのために死力を尽くして送り出して
くれた人たちが、われわれの成功だけを、ただひたすら待っている。
そんな中で――俺は、まだたった18で。力なんて不足なのは承知してるさっ。
艦長代理なんて言ったって、同い年の南部や相原や太田に比べたって、どうせ
ガキだ。ましてや島と比べたら――。

 
 古代は、島大介への感情きもちが変化したのがいつごろからだったか 意識してい
ない。14の年に出会い、同室で、同じクラスで、仲間で、熾烈な成績争いを
繰り返しながら来たとはいえ、あいつは親友で、誰よりも心を分かち合える友
だった――はずだ。
 それがヤマトに搭乗し、それぞれが班を――崇高な使命は同じだが、相反す
る利害を代表する班長として――代表する立場になり、数十人の部下を抱える
身になり、立場が変わった。…その頃から、古代と島の間には、“友人”“同志”
で測り切れない、なんらかの対立構造が生まれたには違いなかった。

 格納庫で加藤たちと談笑していたユキの姿を思い出した。
 そういえば、加藤とは仲良いみたいだったな。兄貴分の加藤には、俺だって
随分助けられている。戦闘機隊は皆、年上が多くて――俺みたいなぺーぺー
でも勤めていられるのは加藤や山本が、ベテランたちをうまく取りまとめていて
くれるお蔭だ。
……古代の裡には、それには自分の圧倒的な戦闘における高い能力と、チー
ムを統べる、ある種のカリスマもあることを自覚していない。それでも、比較的
上手うまく行っているのは、自分も率先してあいつらの中に入り、一緒に過ごす
時間が多いことくらいは関係してると思っている。
 加藤三郎は、人としてだって――イイ男だしな。森もなんだかよく相談して
いるみたいで。あんな屈託の無い笑顔、俺には見せないもんな――。
 だけど。
 古代は、ガバとベッドの中で体を起こした。
(本当に、彼女――誰か、好きな人でもいるんだろうか? この中に…)
 地球との通信をした時に、「お見合い写真見せられちゃった」なんて言ってた
と徳川機関長が言ってたっけ。
――良い家のお嬢様なんだらしいのは聞いている。
大学に行って医療技術も持った総合科学者を目指そうかとも思ったけれど、
少しでも早く役に立つ立場に立ちたくて看護師を選び現場に出た、と。
そんな話をしてくれたのは島で、島になら話したというのが、ちょっぴり意外で
悔しかった。――俺には仕事上の文きり型のやり取りか、にくまれ口しか利か
ないっていうのに……。
……案外、島とはお似合いだ。家庭環境も似ているし、次郎くんもユキになら
懐くだろう。
(――オレ、何考えてるんだ?)

 クロノメータを見ると、すでに夜半直は近い。
(眠らないと、明日に差し支える。それにあと、当直まで30分――)
加藤からはシフトの変更は来ていなかった。明日も突発戦闘でも起こらない限
りは、通常哨戒と訓練だろう。…俺は、訓練だけ済ませれば艦長代理の任務
に専念できる。
 これから、第一艦橋の当直。朝明けて、それからまた明日が始まるのだ。

 だが。もう一眠りするはずの目は、冴えてしまっていた――。

 するりと廊下へ滑り出ると、夜時間に入っているため照明を抑えてある通路
へ出た。


 

 ぷらぷらと、通路に沿って、星の希薄な空間を眺めながら歩く。
硬化テクタイトの窓に、自分の顔が写った。
どん、と突くともなしに拳を窓に当てる。――その顔が、森ユキの表情に変わっ
た。
(――ユキ…)

 誰かに譲る――?
いや、譲るも譲らないも。
彼女は俺のこと、ぶっきらぼうで付き合いにくい班長あいてだとしか 思っていないに
違いないんだ――。
…時折見せるふとした柔らかさや、ふと振り返った時に合うことのある視線。
その、戸惑ったような様子に――もしかして? と思うことも無いではなかった。
(くそっ――そんなわけは、ない)
違うだろう。彼女が俺を――俺が思っているような気持ちで思ってくれている
ことなんか。

 そうして、想像は始まれば重く、暗いほうへ向かって行く。
(――彼女に相応しい男なんて、いくらでもいる。地球へ帰れば――ヤマトを
降りれば、立派な人がいくらでも。いや、この艦の中でだって…)
 島大介――を想像したわけではなかった。
そいつの顔ははっきりしなかったが、頭に妄想が湧く。
 ユキが誰かの腕に抱かれているだ。…そいつにキレイな微笑を向けて
いる。
その途端――。
(嘘だっ! イヤ、だっ!!)
 ユキ! と心の中で叫んで、走り出した。
古代は突然、わかったのだ。そんなのは、耐えられない――。想像するのも、
苦しいのだ、と。矢も立ても堪らなくなり、艦内を走り、展望室へ来た。

 中から笑い声がした。
え? と立ちすくむ古代に、彼らは振り向いた――そこには、島や南部と楽
しそうに談笑しているユキが居た。
(何故――?)
当直の交代時間だということに気づかぬほど、古代の頭は沸騰していた。
――呆然と立ちすくむ。
 え? きょとんとした目で入口を振り返り、古代を見つけ目を丸くするユキ。
その表情が徐々に硬くなり――顔に赤みが差した。
古代はまっすぐにユキを――ユキだけを見詰めていた。
(ユキ――俺は君が好きだ。誰にもやらないっ)
心の中での叫びと確信は、目の前に仲間と彼女自身を見た途端、口の端に
乗る前に固まってしまい、言葉にはならなかった。
想像の中で古代は、ユキに飛びつくように近付き、その腕を掴んで抱き取っ
ているはずだった。彼らの間から自分の方へ。――だが、実際は、少し上げ
た拳を握り締め、硬い表情でただ突っ立っていただけ。
 「古代、どうしたんだ?」
明るい目をして問い返す島。その島がふっと笑い、南部と顔を見合わせた。
俺たちはもう、寝るよ。あと20分だからな――そう言って肩をぽん、と叩き去
っていく。
 ユキと古代はそこへ取り残された。

 体を引き寄せ、ぐっと抱きしめる……それで、誰にもやらない。俺のものに
したい、そう告げて――と思ったのはイメージの中だけのこと。
実際の古代は、まだ固まったまま、呆然と目の前の森ユキに相対している
だけだ。
「どうしたの? 古代くん――?」
ちょっと恥ずかしげに見つめてくる。
 「い、いや……」
 まさか、君の××や▼▼を想像して、慌てて飛んできた――とは言えない
古代である。
そして、改めて見つめる。
(――ユキ。君が好きだ。――愛してる)
その目に宿った真剣な光は、意図を読み間違えた相手なら、怖いと感じた
かもしれない。
ユキは正確に読み取りはしなかったものの、誤解もしなかった。
 ふ、と表情を緩めると。
「どうしたの? 古代くん、ヘンよ」と小首をかしげた。そういった処は子ども
っぽくて、かわいいのだ。「――あぁ、わかった」楽しそうな目になる。
「お夕飯、Bメニュー食べたでしょ。古代くん、お豆腐ニガテだったものね」
(……い!?)
何故、俺が食事でBメニュー選んだことや、豆腐があまり得意じゃないこと
を知っているんだ? 彼女は。

誰にもやりたくない。
 誰かとユキが抱き合っている様子なんて――想像しただけで嫉妬で体が
熱くなる。下半身が硬直して、コスモ・ガンでも抜いてしまいそうだ。
……俺は君に相応しくない――わかっている。
だけど、譲れないことも――知ってしまった。
愛している。
だったら、どうすれば良いんだ――。誰にも、渡さない。

 心の中でだんだんに大きくなる声に翻弄されて、古代進はもがいていた。

 そんな古代の心中の嵐も知らぬげに、ユキはあっさりと背を向けると。
「当直、行かないと真田さんの雷が落ちるわよ? ――行きましょう? 戦
闘班長さま」
にっこりそう笑うと、先に立って第一艦橋へ向かった。
「あぁ……」

 今はまだ。言えない――言うまい、と古代は思う。
ドメル艦隊を破ったとはいえ、ガミラスはまだ行く手を阻み、イスカンダルは、
遠いのだ。
(今は――だが、俺は)。

 愛してる。

 ユキ。
誰にも、やらない。

 心の中でだけ、そう誓うと、古代進はその意識を振り切るように、第一艦
橋へ向かった。
――2人が互いの気持ちを確かめ合うのは、イスカンダルへ到着して、のち
のことになる。

Fin

 
綾乃
――6 Mar, 2008/14 Sep 修正
 
背景画像&イラスト by 「Little Eden」様 

Copyright ©  Neumond,2005-08./Ayano FUJIWARA All rights reserved.


←tales・index  ←古代進&ユキの100題 index  ↑前へ  ↓後述  ↓感想を送る →TOPへ
inserted by FC2 system