planet icon 誕生- He had just been born
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100. 【誕生】

 「艦長、いいかげんそういう風にうろつくのやめたらいかがですか」
吹き出しそうな顔をして副官が言うまで、古代進は自分が艦長席から立ち上がり、
そうやって艦橋をうろついていることに気づかなかった。

「古代艦長さん、気づかないんだからなぁ」
と通信士の相原が、可笑しくてたまらない、という風に振り返っていう。
見守る艦橋の連中も微笑んでいた。

「まぁ、初めての時は心配で仕方ないものですよ――心中、お察し申し上げます」
古代よりは10近く年長の副官は、それでも可笑しいのだろう、声が笑っている。

「間に合うんだから良いじゃないですか――だいたい、初産は遅れるってのが相
場ですし。予定日まではまだ丸1日あるんでしょ」
何故、相原がそこまで知っているのかはかなり疑問だが、古代は、は、と顔を上げると
「あ…あぁすまん。――こ、航路は予定通りだな」
と、とんちんかんなことを言って、部下たちの苦笑を買った。
(まったくもぉ。わかりやすすぎるのは相変わらずなんだからなぁ)
相原が肩をすくめて、隣に座る航海士やオペレーターと目を見合わせる。
 けっして皆がそれを疎ましく思っているわけではなく、大恋愛の末、結ばれた
古代進と森ユキ――その第一子誕生を待ちわびる気持ちも祝う気持ちも十分に持
ち合わせていた。

 「月軌道に入ります――侵入経路確認!」
航海士の声が響き、「了解――入管経路示せ」と相原がそれを引き取った。
古代進が艦長を務める駆逐艦「テラ」は、地球への侵入軌道を取った。
(もうすぐ、帰るからな――ユキ。がんばれっ)
何をがんばるのかは知らないが、また宇宙に浮かんでいる新米パパ予備軍として
は、そう心の中で応援をつぶやくことしかできないのだ。
早く病院へ行って――。
乗艦している時に私情に走ったことなど、これまで一度もないのが自慢(?)の
古代進である。だが。この時ばかりは。
 ヤマトの時代からの仲間――相原が居て、それ以外にもいろいろな艦で苦労を
共にしてきた仲間たち。皆、艦長のそんな戸惑いを、温かく見守ってくれている。
「鬼艦長」「冷血漢」――そういわれてきた古代が。
裏メールが飛び交うのは目に見えていた。が。……そんなことはどうでも良い。
 「ようし、月の衛星軌道に乗ったぞ」
航海士が告げ、いつものように、下艦の準備にモードが切り替わる。
大気圏突入前に、ひととおりの伝達。
そして、艦は地球の濃密な大気の中へ降りていく。



 「ユ、ユキは――」
防衛軍中央病院の廊下で、まだ艦長服に身を包んだままの青年が、息をはずませ
て近づいてきた。院内で走ってはいけないーーそれを守ってせいぜい早足だが、
息があがっているのは焦っているせい。
「古代――間に合ったか」「進さん、よく来れたわね」
「あ、お義母かあさん。ただいま戻りました」
立ち上がって会釈する雪の母と、廊下に座っていた元ヤマトの同僚――佐々葉子
に挨拶して。「まだ時間かかると思うよ――着替えてきたら?」
古代の心境としては、そんなことしている場合ではないっ、という感じである。
「今から立会いは無理だからね」
衛生上――それにまだ古代自身宇宙から戻ったばかり。着艦手続きを上の空で済
ませ、宙港から直接ここへ来てしまった。だが鉄壁の検疫を抜けてくるだけでけ
っこうな時間がかかってしまった。
「さっきまで雪の看護仲間がいたけど…私なんざ居てもあまり役に立たないんだ
けどね」とちょっと首をかしげて笑う佐々。
「でもさ。せっかく地上にいるんだし――」
ヤマトの仲間を代表して。
男より女の方がいいだろ、くらいのつもり、と彼女は言う。
「徹夜になるかもしれないわよ」雪の母がそう言ったが、「まぁ、お座りなさいな、
進さんも」と言われて、古代ははぁ、と腰を下ろした。
だが。とても落ち着いていられる気分じゃない。
 「ゆ、ユキは――大丈夫なんでしょうか」
「お産で死ぬ人はいませんっ」
それはそうだ(正確には1%くらいはいるそうだが、あとの99%は子どもを産
んで元気に生きている)。
「貴方もパパになるんだからね、しゃんとして。ここで待っててね」
急に弱い立場になる古代であった。

 時はゆっくりと移り――外の景色の色が変わる。
 3人の交わす言葉も途切れがちになり、疲れもあって。うつら、うつら…。
突然、「ほぎゃっ、ほぎゃっ!」という声が壁の向こう側から聞こえた。



 「赤ちゃん、ほぉら、お父さんですよ…」
そういって、白い衣にくるまれた、ほこほこの物体を腕に渡してくれる。
それを覗き込みながら(…なんだかヒトじゃないみたい)と思ったというのは内
緒だ。
だがその柔らかいものを腕に抱き、そしてベッドの上に青白い顔をして、やつれ
て。でも幸せそうに微笑んでいる若い母親を見た時に。
「……ありがとう」
静かに、そんな言葉が口から漏れた。
 少し涙ぐんでいたに違いない。誇らしげに、いままでで一番美しいと思ったユ
キの顔。その、口から出た自分の言葉が耳に届いた時に――なんだか実感がわい
て、ユキ、と言い。もう一度「ありがとう」とつぶやいた。
「進さん……」ユキの目から大きな涙がひとつ、零れた。
 赤ん坊を腕に見つめあう。
「名前、考えなきゃね――」そう、ゆっくりユキが柔らかい声で言った。
「もう、決めてあるんだ…君が賛成してくれればだけど」
にっこりと微笑む妻。
「守――まもる」「古代、守?」「そう……」
 古代進の、最後に残された唯一の肉親だった兄・守。最初の絶滅の危機に手を
差し伸べ、地球を救ったイスカンダルの女王スターシア。その夫で、ユキの上官
でもあった。地球を守って――古代くんを守って。この人には誰よりも大切だっ
たお兄さん…。
「素敵な、名前ね」
「いいのか……」「えぇもちろん」ユキはゆっくりと微笑んだ。
 ヤマトの最初の子だ。

 その時、古代進の胸にあったものは、小さくて暖かな、幸せ。
だけれども、それは、逝ってしまったすべての人の希み。
「ありがとう――」
古代進は、最愛の妻に、もう一度囁いた。


――Fin
   「完結編」後、A.D.2205年

綾乃
Count002−−23 Oct,2006

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古代進&森雪100のお題−−新月ver index     
あとがき、のようなもの
現在のデータ
Cont 001 No.57 コスモゼロ (「コスモ・ゼロ」に改題)
Cont 002 No.100 誕生

count002−−誕生。
感動的なシーンは、拙作 「Спасйбо」 でやっちまっているので、
     ヤマトの子として最初に生まれる守くんをどう書こうか、など考えたら。
     やっぱり、新米パパさんのほのぼの短編、になりました。−−かどうか。

     次は、うちのコの加藤四郎くんが登場予定(^_^)。
     時々覗いてみてやってください。

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