天使 −運命のとき−


(1) (2) (3) (4) (5) (6)
    
   
   
【天使・2 −運命のとき−】

−−A.D.2192、地球
:お題2006-No.55 【天使・2】

−−このお話は、宇宙戦艦ヤマトの二次創作小説ではありますが、
当ウェッブのオリジナル設定で進行します。
登場人物はほとんどがオリジナル・キャラクターです。
詳しくは 三日月小箱・NOVEL「YAMATO2199」をご覧ください。
作品およびキャラクターのイメージを壊されたく無いという方は、
お読みにならず、ページを閉じてお帰りください。
この警告を無視してお読みになった場合、責任は取れません。
−−なお、原作の著作権を侵害する意図はありませんが、
パロディおよびオリジナルとして掲載された作品
およびデザイン等の著作権は放棄しません。
無断転載・転売・設定の勝手な持ち出しその他はお断り申し上げます。




= 1 =

 西暦2192年――、地球。

 ふんぎゃ、ふんぎゃ、ふんぎゃっ!

 部屋の中に赤ん坊の泣き声が響き渡る。
陽はゆったりと照っており、その部屋に差し込んでいた。
狭いとはいえないリビングにはミルクやおしめや…要するに赤ん坊がいる家庭の
独特の匂いが漂っている。半地下に掘ってあるとはいえ小さな庭には、なかなか
綺麗に花が咲き並んでいた。いや、住まう人の趣味だろうか、花というよりもむしろ
草木の方が多いかもしれない。
 「よしよしよし〜。ひろく〜ん、いいこでちゅね〜♪」
リビングの真ん中に立って赤ん坊を抱え、あやしているのは制服を着たままのこの
家の主人――防衛軍本部情報部機動部隊勤務、伊勢祥太郎いせ しょうたろう中尉 であった。
 陽の当たる午後。その日は出張明けで、少し定時より早めに帰ってきたばかり。
バタバタと準備に追われる母親が手が離せないから、というので着替える間も無
く、わが子を抱き上げてゆすぶっている23歳――若い父親である。
 「なぁ、おい〜。お腹空いてんじゃないのか? ミルクやろうか?」
奥の部屋から声が返った。「――大丈夫。さっきあげたところだからぁ……パパが
帰ってきたから、はしゃいでるだけだから」
確かに、御機嫌が悪いわけではないらしい。
立ち上がって揺さぶっているとすぐに泣き止み、きゃっきゃと笑うかニコニコしている
子だが、自分もソファに座って膝抱えするとまた泣き出す。
まったく、と思いながらも、その顔を見つめている目は優しい。ちょん、と鼻先をつつ
いてみるとまたきゃらきゃらと笑う様子に、思わず自分も笑顔になった。

 「着替えてらっしゃいよ」
奥の部屋から大柄な、だがほっそりした姿が現れて、肩ごしに背伸びするように
覗き込むと、赤ん坊は母親の方に手を伸ばすようにしてニコニコと笑った。
「あぁ、そうだな――」赤ん坊を渡しがてら、母親の方にもちゅ、とキスをして。
まぁ、と咎める目になった妻・佳子にまた、にこ、と微笑んで奥の寝室へ消えた。
 「ねぇ? あんたのパパは優しいでちゅねぇ? ね? お帰りなさい、した?」
幸せそうに微笑む横顔には“ペガサスのケイ”と呼ばれていた頃の逞しさの痕跡
は、無い。どこから見ても幸せそうな家庭の女であった。
ただその顔立ちは鋭利で、目に力がある。生命力こそ彼女の本質で――今は
夫となった祥太郎が惚れたのも、そういったことだったのかもしれなかった。

 
 「どうだった? 今回も大変だったんでしょ?」
赤ん坊を横に寝かせてソファにすわり、カラリと氷の入ったグラスを置いて言う。
「あ、ビールの方が良かったかな」
いや、と祥太郎は答えた。
「――今回は、調査だけだからそうでもないさ。……だがね」
夫の顔には言おうか言うまいか、という迷いが現れていた。しかめツラをするとい
うわけではない。無表情のような、人に心を読ませない顔になる時は、たいてい、
聞かない方が良いと判断している。いくら宇宙に詳しく、いざとなれば大抵のこと
はやってのける実力者とはいえ民間人である妻、には軍人が話せないことは、
いくらでもあった。
 うふ、と佳子は微笑む。
「別に無理して言わなくてもいいのよ。――私はもう毎日、尋が笑ったとか泣いた
とか、うんちしたとかミルクたくさん飲んだとか。そんなので精一杯なんだから」
「あぁ……家へ帰るってのはいいもんだな」
それを聞いて祥太郎はそう言うと、ソファに深く背をもたせかけた。
静かにつぶやくように、言った。
「――なにも、ないと。いいんだけどね」
え? その様子に、ただならぬものを感じた佳子である。彼は特に深く悩んでる
ようにも見えない。だがその一言は、聞き流してもよいようなものではなかった。
「……平和。いつまで続くだろう」そうつぶやくと、次の瞬間は目を上げて、その、
男のくせに天使みたいだといわれた笑顔を全開に向けて言った。
「おいで」
腰を浮かせて手首をつかみ、赤ん坊の横から自分の横へ引っ張る。
腕の中に抱きとめるようにして、ぎゅ、と力を入れ、そのまま首に顔を埋めた。
 「――愛してるよ。……僕は、幸せだ」
「祥――」
そのまま、ゆっくりと佳子は祥太郎の背に腕を伸ばし、抱きしめた。

 西暦2192年――宇宙から地球を見つめる不穏な影。それが少しずつ、不気味
な姿を現しはじめた頃のことである。


 
 
背景画像 by 「Little Eden」様 

Copyright ©  Neumond,2005-08./Ayano FUJIWARA All rights reserved.


←tales・index  ↑[天使・1]  ↓次へ  →TOPへ
inserted by FC2 system