去りゆく者

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−−『宇宙戦艦ヤマト3』より
   
【去りゆく者】〜女性班員退艦

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 バーナード星を出発することになった。
 ガミラス戦のあと、夢を追って移民に出発した一家が、新しい子を宿して地
球へ向かう。
 ところが。地球圏を出た途端に白兵戦になり、食堂を守っていた生活班を
中心に多くの犠牲者を出した。古代艦長はそれを悔やみ、激しい戦闘に巻き
込まれる可能性がある――という理由で女性班員を下ろすことに決定した。
生活班員や医療従事者、その他非戦闘員を中心に、迎えの駆逐艦に隊員た
ちを送り込み、彼らはヤマトに別れを告げる。――はずだった。

 しかし。
 「女だってだけで、なぜ降りなければならないんですかっ!」
大作戦室(ミーティングルーム)に集められた女性班員一同。
前に立つ副長二人に噛み付いているのが数名。
20人はいるだろう女性陣のうしろで、壁際に立って腕組みをしながら黙って
いるのは、戦闘班員たちだ。
コスモタイガー隊の岡本、兵頭、砲術の山下、土居、三鷹。
ひととおりの説明が終わり、航海班を中心に女性陣が抗議を始めると、
「行ってもよろしいでしょうか」岡本が島副長に言った。
副長がうなずくと、5人ともに部屋を退去する。――女性といえど戦闘士官
が降りる理由はない。
南部砲術長と加藤戦闘機隊長の揮下残留、古代艦長もそれを認めている。
それと。
 「私たちも、よろしいでしょうか」
申し出たのは、青い制服――工作班の二人だった。結城、大槻。
「あぁ」と真田副長が島副長に目線を向け、うなずいた。
 が、え、と振り返ったのは航海班で、現在、島副長にかみついている川井
里美である。
「コスモタイガーと砲術はわかります。‥‥でも、なぜ結城や大槻が良くて、
私たちはダメなんですかっ」

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 ここまでたどり着く間に、女性班員たちはいくつかの傾向を示していた。
艦長古代が心配したように、生活班の新人たちを中心に、神経が参り、倒れ
たりする者。仕事場や生活空間がいつ戦場になるかわからないしかも閉ざさ
れた戦艦において、一人のパニックは他への影響も及ぼす。それでも、気力
を振り絞り、努力はしていたが早くも限界の見えていた者たちも少なからず
いた。
そして戦闘士官たち。戦闘を前提にしない旅であり、経験者が少ないハンディ
はあったが、初めての実戦を経験しつつその職務をこなしていくだけ。
そして。川井たちのように、淡々と職務をこなす技術者たちがいる。
イスカンダルへの旅と同様、そこが戦場であろうが、平和な空間であろうが。
自らの任務を、この航海の目的をしっかり捉え、まい進する者たちだった。
 川井里美と深田祐が、泣きそうな顔をして、島副長に詰め寄る。
その後ろではキッと唇を結んで黙っている山之内朋美が、全身に拒否の心持
を表して睨んでいた。
島大介はじっと黙ったまま、腕組みをして、静かに立っているのみだ。
「いやです!」なおも川井が言い募るのに、「ダメだ」と静かに切り返して。
 川井は、こういった時の島を知っている。
大声を出すわけではないが、静かに、だが絶対に自説を曲げない。――長い
付き合いだ。
でも。何故。イスカンダルへの往復だって、戦いに次ぐ戦いの旅だった
ではないか。その中で、航路を探り、航路を作り、共に、旅をしたでは
ないか――そう言いたかった。
が。それは後ろにいる航海班員の女性たちをも、残留させるに十分な理由
にはならない。また、そういう情緒的な思いで翻意できる上官でもない。
ふだんはその印象の軟らかさで忘れていることだが――こういった時、
嫌でも彼も軍人だと感じる。

 川井には別の想いもある−−本当は。
島と別れて地上に戻る――それが、いやだ。待っているだけは、いやだ。
選ばれてこの艦に乗った時。もう命など、貴方に預けているのだから。
もし、最後の時を迎えることがあったなら――できるだけ、同じ艦で、
一緒に居たい――。
 「理由を教えてください――」深田が島をまっすぐに見てそう言った。
「君らは、戦闘訓練を受けていない」島が言う。
「――訓練校で基礎は身につけています」二人が口々に。
「自分が、護れるか?」と島。優しいとも聞こえる口調。
「なんとかしてみせます」
「ふざけるなっ!」島の目がかっと見開いて、女性たちは思わずひるんだ。

 「俺たちには使命があるのは承知しているはずだ。それを遂行しながら、
戦いの中を行くんだ。護ってやることは、できない。自分が護れないヤツ
が居れば、それだけ戦える人間の手間が増える――足手まといだ」
「なん――」彼女たちの目に涙が浮かんだ。
冷酷な、言い方。――島が班員たちを心配しているのはわかる。
艦橋にあって、戦いに慣れない者たちを、直接護ることもできず。
だが戦闘員たちをそこに回すこともできない。自分の身を自分で護りなが
ら、戦いの中、探査を続けなければならない航海班員たち。
それでも。半分泣き声になりながらでも。
「――なら何故、大槻たちは」
工作班がよくて航海班はダメなんですか、と。
 「彼女たちは専門家でな」と真田副長が口を開いた。「居てもらわない
と、困るんだ」と穏やかな口調で諭すように言った。
「そんな理由――」
確かに、地球一の頭脳、といわれる真田技術長の周りにいるから目立たな
いものの、並みの人たちの中に入れば “天才”と呼ばれても違和感のない
2人ではある。
だが、それは島副長の言う理由には、当てはまらないはずではないか。
「それとな」と真田が続けた。「俺の部下だ。全員、敵相手に交戦くらいで
きるんだよ」と、言わずもがなだろうという口調で言い切った。
「え‥‥」と押し黙る川井。

 「そういうことだ」島の声がかぶるに。
「工作班の方針は知っているだろう?」と島。
全員にシミュレーションで戦闘士官並みの点数取得を義務づけられている。
時には真田副長自らが相手をして、訓練を行うこともあるそうだ。
――工作班員の職場を含めたエリアは独特の空間で、他班員はあまり出
入りしないため、そこで何が行われているかは、あまり知られていない。
噂で聞くだけだ。
「戦闘の合間の艦外作業も多い。危険の中で、自分を護りながら無防備に
修理を行うのだ。自分の身くらい護れないでどうする――というのが、俺の
方針だ」
それぞれが、一刻を争う担当での作業に追われている。誰かが助けに行く
のも間に合わないかもしれない。そうして多くの部下を失ってきた。
ガミラス戦以来の知恵でねと真田。
悪く思うなよ。――言外に、艦内に居ればよいだけでは、ヤマトの工作班は
務まらないのだと、言われたようで。
「男女の区別をしている余裕なんかないからな。女だからって敵砲は避けちゃ
くれない――もちろん、本人たちの希望は聞いたがね」と真田。

 それだけではないだろうと思う。真田副長に、全員が心酔している。
この人のためなら、工作班員は誰でも、命がけで働き、助け、動くのだろう。
戦闘のたびのあのチームワークの良さは、この人あってのものだろうとわか
る。だが航海班だって。
――皆、島航海長のためなら、どこまでもついていきたいと思っているのだ。
だがしかし。――そのための訓練を積んでこなかったことを、今ほど悔やんだ
ことはなかった。
確かに――私たちを護ろうとすれば、それだけの手が削がれる。それは、ヤマ
トの戦力を後退させ、より危険の大きい場に放り込むだろうことは、非戦闘員
である自分たちにも理解できた。

 
背景画像 by トリスの市場 様
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