銀河の中で−in the Galaxy−

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【銀河の中で−in the Galaxy】

−−A.D.2205
:お題2006-No.89「天の川」B

 
(1)
 
 「副隊長。ここにいらしたんですか」
佐々葉子大尉が振り返ると、部下で宮本の副官を務める桜井が立っていた。
「あぁ…何か」「宮本隊長さんがお呼びです」
「――あぁ」はらりと顔の半分をふさいでいた髪をかき上げて、佐々は言った。
「今、行く――」
はっ、と敬礼する様子があって、のろのろと体を窓の手すりから引き剥がし、
通路へ出ようとした処で。
「佐々大尉さん――」
呼び止められた。
ん、と足を止め、横を見ると。桜井は敬礼したまま、言いよどんだ。
「――いえ、何でもありません。失礼をいたしました」
佐々は前を向いて。「隊長は?」
「――指揮室に」「そう。……ご苦労でした」
小さく、そっけなくそうだけ残して。
 振り返りもせずにその姿は通路の向こうへ小さくなった。

 振り返りもしない――単なる隊長の副官と、その副隊長。地位にして大尉と
少尉、たいして違うとは、思われない――年齢は。三つ、年下。
つまりこの桜井は、坂本茂たちの代の生き残りである。
 ヤマトには一度、訓練航海で乗っただけだ。その時――同期の星だった坂本
隊長の下で、先任たちとの、あまりの差異を見せ付けられ、そしてその後、まだ
何者でもない自分に嫌気が差していたまま、各所に配置され――そしてすぐに
上官と仰がれ隊長、副隊長と呼ばれる身分になり――焦りと、虚構と。そして
それを見せないがための空回り。
――暗黒星団帝国が攻めて来、防衛軍解体…そしてパルチザン時代になり。
やっとホッと深呼吸のできた自分。
 そのヤマトの栄光を背負い、一身に駆け抜けてきた女性おんな
女戦闘員、ただ1人の生き残りを見つめる目は複雑だった……。

 
 「佐々副隊長? なに調べ回ってんの、お前」
先任の平野につつかれた。「はぁん、惚れたな?」
「ちがっ――そんなんじゃありません。ご一緒させていただくのは初めてです
しっ。隊長の副官としては、それとコンビ組まれる相手を見極めておくことは、
職務のうちです」
「女だから信用ならん、なんて思ってんじゃねーだろうな?」
ニヤニヤというような風情で溝田隊員が言う。――こいつは二期下だが、階位
は俺よりも上だ。何故ならその後、ヤマトの隊員として活躍した……俺たちに
いわせれば、狭間の、ラッキーな世代に当たる。
月基地の司令補とたしか同期だ――いつもへらへらしているが、油断のなら
ないヤツ。だが確かに実力はある。
 「ま、まさか…」
そういう気持ちがないわけではなかったから、冷や汗をかいた。
「ふざけない方がよろしくってよ」溝田はからかうように言った。「撃墜リスト作
らせりゃ、隊長より上行かぁ――古代艦長といい勝負だっていうぜ? 俺だっ
て、戦場であのヒトとやり合うのはお断りだぁな」
ふざけた口調の中にも、棘のある言い方で彼は言った。
 「七期生の言うこたぁ当てにならんな」ベテランの吉村が混ぜ返す。
「お前らの代、副隊長に絞られた組だろ? 教官せんせいってな皆、 凄く見えるもんだ」
と笑う。
「まぁ、言ってなさい、そのうちわかるって」
言葉を荒らげて受けて立ったりはしないのが溝田である。

 「――佐々の悪口なら、俺がいつでも相手になるぜ」壁に寄りかかって会話
に加わらずあさっての方向を向いていた古河次官が、凄みのある目つきを向
けてそう言った。普段はいるかいないかわからないような(体が小さいという
こともある)ひとだが、殺気のあることにかけては右に出る者もない。
宮本隊長や佐々副隊長とのコンビネーションは、入り込めない雰囲気がある。
――なにせ、白色彗星戦、ただ3人の生き残りの1人。
佐々葉子のシンパであることを隠そうともしない。惚れてるっていう噂もある。
副隊長も彼にだけは親しみを見せた。だが、それ以上、近い距離にいるとも
見えなかった−−少なくとも、宮本隊長ほどには。
 なんで古河先輩さんがこんな処で平隊員やってんだ、という話に なったことが
あった。そのくらいの実績の持ち主なのだ。
望んでいるのだそうだ――宮本か、佐々の下に。そして、古代のもとに。
彼の望みはそれだけで、ほかのどんな条件にも首を縦に振らないと言われて
いた。「尉官も、地位も、要らない。報酬も、喰えるだけあれば十分だ――」
独身。係累なし――その点では宮本隊長さんも似たようなものだが、彼は
もっとひょうひょうとしていて、世の楽しみや快楽も好きだ。ざっくばらんで、俺
たちと同じ場所に立ってるなって感じさせてくれる――ただし本性はクールだ
ろう。絶対にそれ以上に人を近づけない。一匹狼、というのがあのひとほど 似
合う男もいない。――男が憧れる生き方。できるかどうかは別として。
だが、例外もある。彼が近づけるのは古代艦長と――佐々葉子だけだ。
……それがまず自分――桜井章人さくらい あきとの、興味を 引いた理由だった。

   
背景画像 by「深夜恒星談義」様

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