緑の風


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【緑の風−新しき日々へ】

−−A.D. 2203、地球
:二字No.41「同志」
NOVEL「試練を越えて」外伝


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 「おぅい〜っ!」
 遠くから呼びかける声がして、苫牧地佳子とまいち けいこがそちらを見やると、 少し高くなった
対岸の岸壁から声がする。
(そろそろ来る頃だな)と思っていた。
そのまま高台に続き、後ろは高原が続いて山に連なる切り立った崖になってい
る其処の手前に、手を振る騎乗の姿があった。
 「ここだっ!! ゆっくり廻って来いよ〜っ」
こちらも手でらっぱを作って答えると、頷いたように見えた顔はそのまま手綱を
引き上げると方向を変え、岬の影に消えた。

 ややもして、ひづめの音も軽やかに、佐々葉子ささ ようこの姿が現れた。
とん、と。まるでブラックタイガーから飛び降りる時のように身軽に馬の背から
降りると、すっと敬礼をして、次の瞬間、懐かしそうに笑顔になった。
 敬礼を返し、苫牧地も「元気そうだな――会えて嬉しいよ、佐々」そう言うと、
「伊勢さんも――あ。いえ、今は苫牧地大尉、でしたよね」慌てたように言うの
を、相変わらずだなとも微笑ましくて。
 乗ってきた馬を苫牧地付きの武官に預けて、2人はゆっくりとその開放ドッグ
を桟橋に沿って歩いた。

 「貴女がまた(軍に)戻って来られて、嬉しいです」佐々が言う。
「――そうだな、成り行きでそういうことになっちまったが」
苫牧地は苦笑するように言った。その口調がなんだか懐かしい。
「人手不足の折だから仕方ないかと再就職したが、案外にこういう生き方も良い
のかもしれない。今の地球にも、私にも――」
「また、ご謙遜を…」佐々の口調は同僚に向けるというよりも、この年長で、ヤマ
トの最初の旅を共にした相手に従順である。……尊敬、ということなのかもしれ
ない。
 イスカンダルから戻ってのち、苫牧地佳子――当時は伊勢佳子、は退官してい
た。自分の役割は終わったとも思ったし、結婚生活から始まった復讐戦も含め、
すべてのことに区切りがついて、地球の復興とともに様々なことをリセットしよう
と思ったこともある。墓前に詣で、夫と子どもとゆっくり語り合ってから、結婚前
の姓に戻した。――時代が変わり、ガミラス以前とは地球も社会も、完全に異
なってしまったこともあって、伊勢の家とも和解した上でのことだ。
《――佳子さんもね、またお好きな方でもできた時に、いつまでも伊勢の家に
縛られていることもありませんでしょう?》
義母にあたる厳格だった相手も、息子の死後、戦火に身を投じてまでそれを貫
いた嫁を信じ、認めていた。その功績が少し眩しかったこともあるだろう。
そうして持てる技術を生かして、地方のローカル便のパイロットを勤めながら、
静かに暮らし始めた処である。白色彗星の悲惨な戦いが起こり、成す術もなくそ
れが終わってから、デザリウムの突然の占拠による地球の暗黒時代。その時パ
ルチザンに身を投じ、坂本たちと共に戦ってきたのだった。それに宮本も合流し
――苫牧地(伊勢)の実績が知られたこともある。実戦経験のある戦闘員が、ど
れだけ皆を力づけたかわからなかった。森ユキの奪還にも、数々のゲリラ活動に
も、その果敢な性格と多くの経験値が、兵たちを助けた。
そして戦後。請われて士官として服務している。
 「――こんなドッグの管理者なんて」佐々が言うと、
「まぁね。リハビリしろってことなんでしょう。この部門のプロジェクトが終わ
ると、どっか出されるみたいだよ」
その時は指揮官待遇になると言われている。
中堅クラスの現場指揮官が壊滅的な打撃を受けたとはいえ、破格の出世である
ことには違いなかった。
 「――私みたいな出戻りがこれじゃぁ、防衛軍の人手不足も本格的ってことさ」
「古代参謀が亡くなられたって聞きました――さぞかし」
「あぁ。古代――弟の進の方だけど。古代は辛かったろうな」
「そうですね……軍にとっても。私たちにとっても、すごく痛手」
長官も真田さんも――そして教えを受けたという四郎も、辛かったろうな、と
佐々は思う。

 「お前は、ヤマトに乗るんだろ?」
こくりと佐々は頷いた。そのための本部召還だったのだ。
ロシア――極東支部から一度、中東へ派遣された。そして、ヤマトへの任官を
近々受けるだろう、そう聞いている。――佐々の意思次第だったのだ。
「デザリウムん時は大変だったんだってな――よく、あっちで頑張れたね。
でも、本当に(捕虜にならなくて)良かった」
「ヤマトの人間は探されていたらしいですね。バレなかったのは偶然でしたが、
お互い、運が良かった」「あぁ」
…その幸運に恵まれなかった者もいる。古河大地のことは、苫牧地は知らない
ことだったろうが。

 
 苫牧地佳子も馬に乗れる。この時代、乗馬はけっして日本人にとって一般的な
ことではなかったし、軍でも騎馬を取り入れている部隊はほとんどない。地球軍
(以前の軍隊)の一部、陸軍には騎馬部隊もあったが、馬の生育そのものが非
常に限られている時代、宇宙軍では乗るどころか、実物を見たこともない者がほ
とんどである。
苫牧地や佐々が乗馬をこなせたのには、別の理由があった。

 その日は2人で遠駆けに出かけようということになっていたのだ。
 苫牧地の現在の任地からはそのまま馬を走らせても問題のない場所だったし
(当然、市街地に無許可で入ることはできない。馬自体も完全な登録制で、時々
乗せてもらっている佐々が乗ってきた馬――相模さがみも当然、佐々の持ち馬
ではない)、馬場も遠くなかったからだ。
 「風が、気持ちいいですね」
早がけでしばらく高原を走らせてから、並足で緑化地区へ向かいながら佐々は
苫牧地にそう言った。
 馬の背に乗り肩を並べていくのは気持ちが良い。
2人とも軍服のままなので、すれ違う人(特別区の中なので多くはないが)が驚い
て見惚れることはあっても、見咎める人もいなかったからだ。
「……そうだな――こんなのは久しぶりだ」
 聞いて知ってたけど、一緒に馬に乗れるとは思わなかったな。そう苫牧地が言
うと、佐々はくすりと笑って。
「うちも、そういう家だったから――母の方がね」自嘲気味に。
 佐々は言う。
 母の実家とはほとんど付き合いがありませんが……この間、病院でたまたま
大叔母に会いまして。祖母の妹、にあたるんですが、ほとんど会ったこともない
女性ひとです。
――谷津柳(やつやなぎ)家、ってわかりますか。
――あぁ。伊勢の家の行事で集まる時に、名前くらいは見たかな。
――そういうことです……母方の実家で。父は血筋のよさが欲しかったし、母の
実家はお金が欲しかった……まぁ、よくある政略結婚ですね。
――ふうん。
 佐々の根っこにある育ちの良さは、そういうことか。
苫牧地はそう腑に落ちた。縁は切っているみたいだから、付き合いはないのだろ
うが、そういう教育も母上から受けたんだな、きっと。
「あれこれ、ややこしいばかりで、と思ってたんですけどね」佐々は言う。
「――こういう特典があると、悪いばかりとも思えないです」馬に乗れることや、
礼儀作法、ダンスや音楽の素養。…まぁ、今になっては、ということですが、とも。
 2人とも、普通の女よりはよほど柄の悪い戦争屋で。砲弾の中潜って、閃光の
洗礼を浴びながら血だらけになって生き延びて……今さら、“お嬢様”でも“若奥
様”でも無かろう。自嘲が漏れそうだ――でもな。平和になったんだな。

 「ヤマトの幹部連中はけっこう乗れるヤツ多いんですよ、知ってました?」
佐々が訊いた。
「いいや。ブリッジクルーとはほとんど付き合いはないからね……あぁ、南部だけ
は、やっぱりそっち・・・の関係で昔から知ってたけど。最初は あそこの坊っちゃんだ
とは気づかなかったけどね」思い出すかのように表情が緩む。
「島とか相原も乗れるはずですよ。古代は島との付き合いで覚えたらしい――運
動神経の塊みたいな男ですからね、訓練学校時代にって言ってました」
「そうか」

   
背景画像 by 「Littel Eden」様 

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